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Booksの最近のブログ記事

March 17, 2017

「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」 (ジャック・ヴァンス・トレジャリー/国書刊行会)

●先日ご紹介した「宇宙探偵マグナス・リドルフ」「奇跡なす者たち」に続いて、国書刊行会から刊行されているジャック・ヴァンスをもう一冊。これが最新刊かと思うが、「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」を読んだ。いやー、これは痛快! 自称切れ者のキューゲルを主人としたピカレスク・ロマン。ろくでもないお調子者であり憎めない小悪党であるキューゲルが、行く先々で騒動を巻き起こす。楽しさという点ではヴァンスのなかでもピカイチでは。
●舞台はヴァンスお得意の「科学が衰退し魔法が効力を持った遠未来の地球」。この一冊だけに関して言えば、特にそういう背景設定がなくても、単純に魔法世界のファンタジーとして成立している気もする。連作短篇集の形をとっており、ひとつひとつのストーリーは完結しているが、全体としては旅と復讐の物語。「宇宙探偵マグナス・リドルフ」でもそうだったんだけど、ヴァンスってイジワルな話が好きなんすよね。登場するのは、笑う魔術師、食屍鬼、ネズミ人間、絶世の美女、巡礼者たち。華麗な異世界描写と底意地の悪いユーモアはヴァンスならでは。幕切れの鮮やかさにも舌を巻く。そこそこ出来不出来のある作家だと思っていたが、この一冊に関して言えば、ぜんぶ傑作なんじゃないかな。
●キューゲルものの短篇はほかにもいくつも書かれているようだが、いずれ翻訳されることはあるのだろうか。ぜひ読みたい。過去に刊行されていたヴァンスの主要諸作品も多くは絶版状態のようだし、新訳で復活してくれないものか。まあ、昨今の出版事情的には難しいだろうけど、この渇望感をどう満たせばいいのやら。

February 17, 2017

「竜を駆る種族」(ジャック・ヴァンス著/早川文庫)

●今、自分内ジャック・ヴァンス・ブームが到来中。国書刊行会の「宇宙探偵マグナス・リドルフ」「奇跡なす者たち」に続いて、早川文庫の「竜を駆る種族」をゲット。といっても、ずいぶん古い本で、古書でしか手に入らないと思う。2006年刊行となっているが、これは1976年に刊行されたものを復刊したもの。原著は1962年。すでに半世紀以上前に書かれた古典ということになる。ヒューゴー賞受賞作。
●やはりこれも異文化異世界ものなのだが、基本設定に関するアイディアの部分はさすがヴァンス!おもしろい!と思えるのだが、プロットは弱いと思う。これは別の一冊「ノパルガース」にもいえるんだけど、これだけ秀逸なアイディアがあれば、もっと話を膨らませることができるはずなのに、なにか「長い話を書くことに対するメンドくささ」みたいな気分が漂っているというか……。でも基本設定は無茶苦茶おもしろいので、そこのところだけ紹介しちゃう。
●舞台となる惑星では人類最後の生き残りと思われる人々が住んでいる。彼らは「竜」を戦士として操っているのだが、その「竜」というのは、かつて異星から攻めてきた爬虫類型異星人を捕虜として捕え、そいつらを何世代にもわたって人工交配して品種改良した種族なんである。いろんなタイプの竜がいて、それぞれ獰猛な戦士なんだけど、人間にすっかり飼いならされている。
●ところが、爬虫類型異星人がまたこの惑星に攻めてくる。で、爬虫類型異星人もやはり捕虜としてかつて人類をとらえていたので、その人類を品種改良した者たちを奴隷として使役したり、軍隊を編成させたりしている。つまり、こっち側と同じことをやってるわけ。この発想が秀逸。だから戦闘になると、人類は爬虫類型異星人を品種改良した竜に戦わせ、爬虫類型異星人は人類を品種改良した亜人みたいなのを戦わせるという、なんとも倒錯的な状況が生まれる。
●で、人類の側は、敵の爬虫類型異星人のことを「ベイシック」って呼んでいるんすよ。つまり、自分たちの操る竜の原種であるから「ベイシック」。ってことは、先方からすれば自分たち人類だって「ベイシック」ってことになるわけで。こういう少しブラックなセンスが味わい深い。

February 7, 2017

「奇跡なす者たち」 (ジャック・ヴァンス著/国書刊行会 未来の文学)

●先日読んだジャック・ヴァンスの「宇宙探偵マグナス・リドルフ」が楽しすぎたので、読みそびれていた「奇跡なす者たち」(国書刊行会)をようやくゲット。こちらは短篇集なのだが、もうなんといったらいいのか、絢爛たる異世界描写にくらくらする。ヴァンスは出来不出来がそこそこ大きい作家だと思うが、最高到達点の高さは尋常ではなく、特にこの本では「月の蛾」(1961)と表題作「奇跡なす者たち」(1958)が突き抜けた傑作だと思う。歴史的名作といってもいい。
●音楽ファンにとりわけオススメなのは「月の蛾」。登場する架空の楽器群がもたらすイメージの豊饒さと来たら。舞台となるのは独自の文化を発展させた異世界で、人々はみな種々の小型楽器を携帯し、会話の際には必ずこれらの楽器による伴奏を添えることと定められている。どの楽器を選び、どんな調子で演奏するかは相手と自分との関係性や状況によって厳密に決まるものであり、この星に赴任してきたばかりの主人公のような外星人にとってはきわめてハードルが高い。しかもこの星では、人前に姿を見せるときは必ず仮面を付けなければならない。素顔を見せるのは恥辱とされるのだ。仮面にはそれぞれに意味があり、付ける者の位を暗示する。仮面や楽器の選択を誤って礼を失すれば命を落としかねないというほど、ハイコンテクストな文化が育まれている。文化人類学ならぬ文化異類学的な設定の妙はヴァンスならでは。おまけに幕切れが実に鮮やか。この短篇は以前、別のアンソロジーで読んだことがあるのだが、今回再読して改めてその巧妙さに唸らされた。
●「奇跡なす者たち」も抜群のおもしろさ。孤立した異世界もので、舞台設定にだけ触れると、この星では呪術が高度に発展しており、戦ではいかに卓越した呪術師を自軍に擁するかが勝敗を分ける。一方、科学やテクノロジーはすっかり退潮し、太古の昔のものとされている。この世界では呪術とは論理的で実証可能な現実であり、科学というのは理論を欠いたいかがわしい秘術とみなされているという逆転の設定が秀逸。
●ヴァンスはもう少し読んでみよう。

January 17, 2017

「宇宙探偵マグナス・リドルフ」(ジャック・ヴァンス著/国書刊行会)

●ようやく読んだ。抜群におもしろい。ジャック・ヴァンスの「宇宙探偵マグナス・リドルフ」(国書刊行会)。トラブルシュータ―であるキレ者の主人公マグナス・リドルフが宇宙各所の惑星を訪れて、次々と問題を(ときにはムチャクチャな方法で)解決するという連作短篇集。ヴァンス得意の異世界探訪もので、それぞれの惑星には多彩にして異様な風土やら習俗やら生態系やらがあって、卓越した異世界描写にホラ話のエッセンスとミステリー仕立ての筋立てが加わる。なんとも楽しく、俗っぽく、そしてカッコいい。国書刊行会の立派な装幀で出てるけど、内容的にはペーパーバックが似合うようなテイストだと思う。
●で、ぜんぶの短篇が大傑作だとは言わない。最後の「数学を少々」とか、「暗黒神降臨」みたいに、なまじSF的な趣向を凝らそうとしたものほどしっくり来ない。一方、多少強引でもミステリー仕立ての話のほうがキレがある。特にいいなと思ったのは「ココドの戦士」「禁断のマッキンチ」「盗人の王」。話の大枠もおもしろくて、ディテールも痛快。そのあたりの凸凹も含めて、一冊丸ごと思いきり楽しめる。
●この本は国書刊行会の〈ジャック・ヴァンス・トレジャリー〉全3巻の第1巻。すでに第2巻「天界の眼――切れ者キューゲルの冒険」まで刊行されているのだが、第3巻は「スペース・オペラ」っていう題なんすよ。「惑星を渡り歩く歌劇団の珍道中を描く傑作長篇」というふれこみなんだけど、いったいどんな歌劇団なんだか。ワクワク。

January 5, 2017

ゾンビとわたし その33:「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」(羽田圭介著/講談社)

●新年早々に終末感の漂う話題で恐縮であるが、久々に不定期連載「ゾンビと私」として、「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」(羽田圭介著/講談社)を下腿三頭筋にググッと力を込めつつご紹介したい。この数年、あたかもブームのようにゾンビあるいはそれに類する生命体(いや非生命体)を題材としたフィクションが次々と発表され、とてもそれらを十分に追いかけることはできていないのだが、多くの物語はこの災厄を軽々しく扱いすぎているという印象を持っていた。はやり物に乗ってみただけで、切実さが微塵も感じられないというか。その点、この一冊は違う。正しく現実の問題としてゾンビ禍をとらえている。迫りつつあるゾンビ禍に立ち向かうために必読の小説といってもいいのではないだろうか。
●主要な登場人物は大手出版社の編集者、純文学の極貧作家、女性誌などでも人気の美人作家、小説家志望の若者、福祉事務所で働くケースワーカー等々。舞台の中心となるのは文壇である。危機はひとまず古典的な枠組みにのっとって始まる。基本ルールはしっかり踏襲される。ヤツらは人を噛んだり、喰らったりする。噛まれると感染する。感染するとヤツらに変質する。ヤツらは頭を破壊されないと活動停止しない。ヤツらはゆっくりと歩く。が、2017年の現代にあって、そんな古典様式だけでゾンビを描けるはずがない。やがて走るゾンビがあらわれる。どうやら同じゾンビ化するにも、古いゾンビ観で育った年配者は歩くゾンビになるが、近年のゾンビ観になじんでいる若者たちは走るゾンビになりやすい……といったように、「ゾンビのなんたるかを(よく)知っている現代のわたしたち」が前提となっているところが秀逸。
●で、書名にあるようにこれはコンテクスト・オブ・ザ・デッド。つまり、なにが人をゾンビにしているかというと、コンテクスト依存なんである。なにを言うにもするにも、狭い集団内で共有されているコンテクストにほとんど無自覚で乗っかることでしかできない人々が、次々とゾンビになる。このテーマ設定が新しく、そして共感できる。なぜなら現実そのものだから。つまり、この本は二重の意味で現実的なんだと思う。ひとつは現代日本におけるゾンビ禍の描写として。もうひとつはゾンビ禍が暗喩するわたしたちのあり方について。このテーマは実のところワタシたちにとって取り扱い注意物件でもあって、コンテクスト依存を嘲笑うことは一見容易だが、たとえば音楽作品やそのコンサートなど、やたらとハイコンテクストなカルチャーを無条件に許容している自分たちをどう規定すべきなのかという問題をはらんでいる。グサッ。ガブッ。
●お気に入りは、出版社のパーティに作家や編集者たちが集まっているところに、ゾンビ作家たちが乱入してくる場面。そこに居合い切りの達人として知られる有名書評家がやってきて、バッサリとゾンビを斬り捨てる。次々とゾンビを斬るが、「面識もっちゃった相手に対しては、メッタ斬りもしづらいんだよね。さっき挨拶しちゃったから」とか言って、斬りかけたゾンビ作家に構えを解いて会釈して、そそくさと別のゾンビを斬ったりする。大笑い。
●著者は又吉直樹と同時に芥川賞を受賞しているが、それよりもっと以前、高校在学中に「黒冷水」で文藝賞を受賞して話題になった。これは自分も読んだ記憶あり。それから十数年が経って、こんなに秀逸なゾンビ小説が書かれることになるとは!

>> 不定期終末連載「ゾンビと私

December 22, 2016

「バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る」(アルテスパブリッシング)

●「バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る」(アルテスパブリッシング)を読んでいる。渡邊順生さんによるビルスマへのインタビューを加藤拓未さんが訳し、まとめた一冊。抜群におもしろい。アムステルダムのビルスマの自宅を訪れて一週間にわたるインタビューを敢行したものだが、インタビューで一冊の本が出来上がるほどのことを語れる音楽家は決して多くないはず。ビルスマが語る音楽論、演奏論の内容の濃密さに加えて、彼のオープンでユーモアを忘れない人柄があってこそ実現した本だと思う。未発表ライブCD付き。
●第1部「音楽活動、仲間たち、そして人生」では、ビルスマがこれまでの音楽活動が振り返る。キャリアの初期の話や、ブリュッヘン、レオンハルトらとの出会いなど、とても興味深い。ビルスマって、最初は歌劇場のオーケストラで弾いていたんすよね。今にして思うとオペラでピットに入っているビルスマというのも想像がつかないが、ネーデルラント歌劇場管弦楽団に入団して、チェロ奏者を務めた。まちがって飛び出して弾きそうになったときに先輩奏者が腕をつかんで止めてくれた話とか、「ローエングリン」を弾きに歌劇場に行ったらだれもいなくて、その日の公演はアムステルダムじゃなくてユトレヒトだったから慌てて電車に乗ったとか、そんなおかしな話も披露されている。そこから「偶然で」コンクールに優勝し、コンセルトヘボウ管弦楽団に移籍して首席奏者を務めて、傍目には理想のキャリアとも思える道を歩むんだけど、ビルスマによれば「音楽的な観点から言えば、コンセルトヘボウで弾くことは弦楽器奏者にとって、特におもしろい仕事とは思わないね。なぜなら、われわれは『個人主義者』だから」。指揮者についてはフルトヴェングラーを好み、ブーレーズへの好印象も述べられている。あと、「キャリアを気にするあまり、人生を不幸にしている人たちが大勢いる」っていう一言にも考えさせられる。
●結局、ビルスマは6年間でコンセルトヘボウに「飽きて」退団して、バロック・チェロに出会い、ブリュッヘンやレオンハルトらとの活動が本格的にスタートする。伝説の始まりだ。ビルスマの語り口がよくわかるエピソードとしては、70年代にアムステルダム音楽院で教えていた頃、同僚の権威主義的な教授と交わしたこんな会話がある。

 ある日、そのフランス人の同僚から「ビルスマ門下の学生は、なぜ、そんなみすぼらしいガット弦なんか使っているんですか?」と聞かれたんだ。そこで、私は待ってましたとばかり、「それはスティール弦が、時代遅れだからです」と答えたよ(笑)。その答えを聞いて、きっと彼は「こいつは頭がおかしい」と思っただろうけどね。

●第2章では楽器について、第3章ではバッハ「無伴奏チェロ組曲」の奏法について、具体的な話が軸となる。ボウイングの原則や、個別の曲の演奏上の問題点など実践的。第2章で目をひいたのは、ビルスマのアンナ・マクダレーナの写本に対する視点。彼はこの写本をきわめて正確で、バッハの意図に忠実なものと解し、高く評価している。「アンナ・マクダレーナの筆写譜は出来が悪いと言われていて、レオンハルトでさえもそう言っているんだけど、これにかんしては彼がまちがっていると思うね」。アンナ・マクダレーナをバッハの「奇跡的なほどにすばらしいパートナーだった」と語るビルスマの考え方、その筋道のところが刺激的だ。

December 2, 2016

「今宵は気軽に クラシックなんていかがですか?」 (楽しく学べる学研コミックエッセイ)

●お知らせをひとつ。学研のコミックエッセイ「今宵は気軽に クラシックなんていかがですか?」(著:田中マコト、監修:飯尾洋一、鈴木文雄)が刊行された。今日あたり店頭に並ぶ予定。思いっきり入門者向けのコミックで、有名曲35曲を集めたCD付(スマホでも聴ける)。これまでクラシックとはぜんぜん縁がなかったOLさんが、新しい趣味としてコンサートに足を運んでみるといった筋立てで、マンガを読みながらクラシックに親しめるという構成になっている。
●著者の田中マコトさんは、「のだめカンタービレ」の登場キャラ「音大生のマキちゃん」のモデルになった方で、音大出身の漫画家&イラストレーター。帯には二ノ宮知子さんの推薦文付き。ワタシは監修としてお手伝いさせていただいたのだが、ネタ出しには携わっていないので、中身のおもしろさはすべて田中マコトさんによるもの。編集段階でのネームやゲラを読ませてもらって、最初の読者のひとりとして楽しませてもらった。ネームを読むのってなんだか新鮮。
●本文196ページ、冒頭がカラーで、CDまで付いて本体価格1000円で収まるのってスゴい。売れますように。

September 23, 2016

「ピアニストは語る」(ヴァレリー・アファナシエフ著/講談社現代新書)

●ヴァレリー・アファナシエフ著の「ピアニストは語る」を読んでいる。表紙にはクレジットされていないが(どうして?)、青澤隆明さんのインタビュー&構成による一冊。インタビューで本一冊分ができるほど語るべき事柄を持っているピアニストは決して多くない。鬼才アファナシエフのこと、衒学的で難解な話が続くのかと思い身構えて読み始めたが、思いのほか読みやすく、おもしろい(特に前半)。
●前後半で二部構成になっていて、前半は「人生」、後半は「音楽」。前半はこれまでの生涯を振り返っているのだが、ソ連時代の逸話の数々が興味深い。そう、もうすっかり忘れていたけど、アファナシエフはソ連の教育システムで学び、コンクール(特にエリザベート王妃国際コンクール)で世に出た人だったんすよね。ハイライトはソ連からベルギーへと政治亡命するくだり。
●自由に出国することができず、国外へと出るときは国内にだれか身内を人質として置いていなければならず、モスクワにいてすら新鮮な肉が手に入らずやっとハンガリー産の冷凍肉が買えたという「なにもかも馬鹿げていた」ソ連。そこから逃れようと思ったら、外国人との結婚か亡命の二者択一しかないという状況で、いったいどうやって国を出るか。そのプロセスがなかなか強烈。エリザベート王妃国際コンクールにソ連代表として(そういう制度だった)参加できることになったところ、KGBに「アファナシエフは亡命したがっている」という匿名の告発の手紙が届く。出発前日に役所に出向いても一向にパスポートが受け取れず、文化大臣に一筆書いてもらって、それから絶望的な気分で何時間もやきもきしながら待ち続けてようやく受け取れたというあたりは印象的。結局このときは母親が病気だったため帰国するのだが、母が亡くなった後にふたたびベルギーに演奏旅行するチャンスが訪れて、アファナシエフはそのチャンスに賭けた。実のところソ連国内で迫害を受けていたわけでもない若いピアニストに政治亡命できる理由などはなかったのだが、それでも幸運と他人の助力に恵まれて、紙一重のところで亡命がかなう。ほんのささいなことで人の運命がどれだけ左右されることかを痛感する。大使館に拉致され、睡眠薬で眠らされ、目が覚めたときには精神病棟の中だったということだってあり得た、というのだから。
●アファナシエフは個人的にも恩恵を被っていたギレリスのことを敬愛する一方で、リヒテルに対してはずいぶん醒めた見方をしているのも興味深い。あと、ショスタコーヴィチに対する見方も。

「私にとってショスタコーヴィチは典型的なソ連の作曲家──ほかの作品はともかく、その交響曲たるやあまりにも素朴すぎです」
「ソ連のことを知らずには、ショスタコーヴィチの交響曲は決して理解することはできません。私はしょっちゅうコンサートに行っていましたが、それでもショスタコーヴィチの初演には行ったことがありませんでした。初演に臨席するソ連のお偉方たちに我慢がならなかったからです。ソ連の作曲家や演奏家は国家の宝だと言われていました。しかしすべてはソ連というコンテクストに則っていた以上、私は彼らを嫌悪していました」

●アファナシエフの芸術に深く共感する人にはきっと第2部が示唆に富んでいることだろう。「人生とは絶え間なくハーモニーを探求すること。そして完全なるハーモニーとは死だけです」といったアファナシエフ節が全開になっている。

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