Booksの最近のブログ記事

November 16, 2022

「英国音楽大全」(三浦淳史著/音楽之友社)

●これは驚いた。三浦淳史さんが書いたイギリス音楽に関するエッセイや楽曲解説を集めた一冊、「英国音楽大全」(音楽之友社)が刊行された。日本のイギリス音楽受容に決定的な功績を残した三浦先生(と言いたくなってしまう)だが、亡くなったのは1997年とずいぶん前の話。著書はいずれも品切で、復刊することもないだろうと思っていたら、400ページを超える堂々たるハードカバーの新刊が登場。帯に「三浦淳史没後25周年&ヴォーン・ウィリアムズ生誕150周年記念」と記されており、この機を逃すともうチャンスはないという編集者の意気込みが伝わってくる。インターネットもなにもなく、英語で書かれた情報へのアクセスが今とは比較にならないほど難しかった時代、日本にイギリス音楽の魅力を伝えるにあたってどれだけ三浦先生が頼りになる存在だったか……。ワタシ自身も大昔、「レコ芸」編集者時代にずいぶんお世話になった。一頃は毎月、原稿取りにうかがって、じっくりとお話をする機会があったのだが、駆け出しだった自分には経験が絶対的に不足しており、話し相手としても物足りない若造だったはず。にもかかわらず、とてもよくしていただいた。まだ手書き原稿の時代で、三浦先生の原稿は少しユニークだった。カクカクとした筆跡だが読みやすく、そしてときどき段落ごとにペンの色が変わっていたりして、カラフルだったような記憶がある。
●で、今回の「英国音楽大全」、エッセイをいくつか読んでみて、改めて驚嘆したのは、文章のうまさ! 当時から言われていたことではあるけど、今ならその価値がずっとよくわかる。もうむちゃくちゃうまい。とても簡明で滑らかなのに、文体に独自の味わいがある。こんな文章を書ける人、今だれかいるだろうか。内容に関して情報が古びている部分は当然あると思うが、文体はまったく古びていない。今読んでもみずみずしい。

October 13, 2022

「マクロプロスの処方箋」(カレル・チャペック著/阿部賢一訳/岩波文庫)

●最近、岩波文庫からカレル・チャペックの戯曲「マクロプロスの処方箋」が刊行されたので、さっそくゲット。こういう本は買えるときに買っておかないと。チェコの作家カレル・チャペックといえば世間的にはなんといっても「ロボット」という語の発案者だが、クラシック音楽ファンにとってはヤナーチェクのオペラ「マクロプロスの秘事」(マクロプロス事件、マクロプロスのこと)の原作者だ。
●物語のテーマは不老不死。相続を巡る長年の裁判が続いている場面に、第三者の美貌のオペラ歌手がやってきて、だれも知るはずのない遺言書のありかを教える。どうしてそんなものの存在を知っているのか、皆が困惑するが、実はこの歌手は父親が作った秘薬により300年以上にもわたって、名前を変えながら生き続けているのだった。彼女はそのマクロプロス家の秘薬の処方箋を探し求めていた。処方箋は見つかるが、人々はこれをどう扱うべきかを議論する……。不老不死が得られるとしたら、だれがその恩恵にあずかるべきなのか。そもそもそれは欲しいものなのか。晩年のヤナーチェクのカミラ(38歳年下の人妻)に対する熱愛を思い起こせば、いかにもヤナーチェク好みの題材という気もする。
●些末なことだけど、オペラのタイトルは「マクロプロス事件」と記されることも多い。が、どうもこの訳題はまるで殺人事件でも起きたかのような重々しさで、中身に合致していない。だいたい事件なんて起きてないし。直訳すれば「マクロプロスのこと」のようだが、その意味するところをもう少し具体的に訳出すれば「マクロプロスの秘事」とか「マクロプロスの秘密」になるだろうし、もっと焦点をビシッと当てるなら本書のような「マクロプロスの処方箋」がいいと思う。オペラは実演の際に訳題をアップデートすることもできるんだけど、過去に発売されたパッケージメディアの題を変えられないのが泣きどころ。

September 22, 2022

「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」(ガブリエル・ガルシア=マルケス著/野谷文昭訳/河出文庫)

●ガルシア・マルケスの中短篇10篇を年代順に並べた新訳アンソロジー「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」を読む。大半の作品は過去に読んでいるはずだが、せっかく文庫で出たので買ってみた。そもそも何十年も前に読んだ作品が多く、中身はかなり忘れているわけで。最初の一篇が名高い「大佐に手紙は来ない」。この中篇を始め、初期作はどれもリアリズムにもとづき、ラテンアメリカのやるせない現実が描かれている。後味は苦い。それが後の作品になると「巨大な翼をもつひどく年老いた男」や「エレンディラ」のように、魔術的リアリズムや神話的な要素が目立ってくる。「百年の孤独」のガルシア・マルケスは後半にいるわけだが、中短篇に限って言えば前半のほうがより味わい深い。
●「大佐に手紙は来ない」で、なんの手紙を待っているかといえば、退役軍人への恩給の支給開始を知らせる手紙。老いた主人公はかつての革命の闘士。今は妻とともに体の不調を耐えながら極貧の暮らしを送っている。家にある売れるものはすっかり売ってしまい、残るは亡き息子が残した軍鶏のみ。軍鶏の餌にもらったトウモロコシを粥にして食べるほどの窮状だが、大佐は必ず恩給がもらえるはずと信じて、毎週金曜日になると郵便局に手紙を受け取りに行く。もちろん、大佐に手紙は来ない。大佐は一本筋を通した生き方をしてきたにちがいない。そして、とうに世の中から忘れ去れているのだ。
●とても短い話だけど「ついにその日が」も忘れがたい。歯医者小説の傑作。ある日、横柄な町長が親知らずを抜いてくれと訪ねてくる。よほどの痛みに耐えかねた様子。だが、この町長はかつて歯科医の同志20人の命を奪った仇敵。歯科医は「化膿しているから」といって麻酔をせずに歯を抜く。淡々とした筆致がよい。
●一本だけ選ぶなら「この町に泥棒はいない」。無謀でマッチョな若者が出来心から町のビリヤード場に盗みに入る。しかし金目のものはなく、ボール3個だけを盗む。犯人としてよそ者の黒人が捕まる。だって、この町に泥棒はいないから。主人公の転落が描かれているのだが、弱い者は弱さゆえに愚かさから逃れられず、強い者はそれを見逃さない。町に立ち込めるヒリヒリした空気が伝わってくる。

September 7, 2022

「マリス・ヤンソンス すべては音楽のために」(マルクス・ティール著/小山田豊訳/春秋社)

●ヤンソンスが卓越した指揮者であることはまちがいない。でもエゴを押し出すタイプの人ではないし、あちこちで物議をかもす人でもない。だから、ヤンソンスの音楽はともかく、ヤンソンスの評伝はそんなにおもしろくはならないんじゃないか……と先入観を持ちながら読みはじめたら、これがずいぶんとおもしろいんである。「マリス・ヤンソンス すべては音楽のために」(春秋社)はマルクス・ティールというドイツの音楽ジャーナリストが書いた評伝で、生前のヤンソンス本人から承諾を得ているそう。この本のおもしろさはかなりのところ著者の驚異的な取材力と筆力に拠っている(それと滑らかな訳文も)。
●この本の前半は知られざるヤンソンス、後半はみんなが知っているヤンソンス。よりおもしろいのは前半。レニングラード・フィルの話とか、オスロ・フィルとの初期の関係、それと意外だったのはBBCウェールズ交響楽団との強い結びつき。毎年4週間の客演を4年間という契約だったそうだけど、特にタイトルはなかったのかな……。このオーケストラでのチャイコフスキーの交響曲全集の録音が、ヤンソンスのキャリアにおけるもっとも重要な企画のひとつになったという。さらにベートーヴェンの交響曲全曲の映像を収録して注目を浴び、ロンドンに活躍の場を広げる。BBCウェールズ交響楽団とはソ連の各都市を巡るツアーにも出かけるんだけど、レニングラード公演だけは首席指揮者の尾高忠明が指揮台に立った。なぜかというと、ヤンソンスはレニングラードに住居があり、ソ連当局の規定で自分の街で外国のオーケストラを指揮するのは禁じられていたから。尾高忠明がヤンソンスの家に泊めてもらったという話も載っている。
●ピッツバーグ交響楽団の首席指揮者時代の話も知らないことばかり。ヤンソンスはその後のバイエルン放送交響楽団とロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の兼任時代の印象が強すぎて、彼にピッツバーグ時代があったことを忘れがち。で、偶然ではあるけど、ヤンソンスはピッツバーグでもバイエルン放送交響楽団でもマゼールの後を継いだことになるんすよね。マゼールとヤンソンスはまったく対照的なキャラなので、この本ではどうしてもマゼールは悪役に描かれてしまう(才能はすごいけどエゴが……みたいなトーン)。ヤンソンスは楽員と信頼関係を結び、敬愛される。ワタシはマゼールの音楽のほうがずっと好きなんだけど、その通りだろうなあと頷きながら読んでしまった。
●後半ではベルリン・フィルのシェフ選びの話題も出てくる。著者が新しいシェフの選任をコンクラーベにたとえているのが、日本のファンと同じでおかしい。ヤンソンス側の視点からすると、自分がOKすればベルリン・フィルはすぐに受け入れてくれただろうけど、バイエルン放送交響楽団を見捨てることはできなかったという話。このあたりも興味深い話がいくつも記されている。

August 30, 2022

「魔法」(クリストファー・プリースト著/早川書房)

●夏は名作を読む季節だからという理由で、先日、クリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」を読んで空想の旅気分を味わったのだが、もう少しプリーストを読んでみたくなって手にしたのが「魔法」。予備知識なしで読んだほうがいいと思って、なにも知らないまま読みはじめたら、途中からまったく想像外の話になって唖然としてしまった。物語はまず、爆弾テロに巻き込まれて短期的な記憶を喪失した報道カメラマンの視点で描かれる。入院中のカメラマンのもとに、記憶喪失期間中の恋人だったという女性があらわれる。南仏とイギリスを舞台にふたりのラブストーリーがはじまるのだが、この女性には別れようとしても別れられない男がいることがわかってくる。どうやらこの三角関係は一筋縄ではいかないようだ……。
●って、待て待て。これはハヤカワ文庫FT(=ファンタジー)の一冊。リアリズムだけで話が進むわけがない。もう刊行から十分に年月が経っているのであまりネタバレを気にせずに書くけど、途中からある種の魔法のようなSF的な設定が出てきて、その後、巧緻なメタフィクションの仕掛けが施されていることに気づく。終盤、三人称で物語が描写されている途中で、突然一人称の「わたし」が出てくる場面がすごい。一瞬、これは登場人物のひとりが「読者」であるという話なのかと思ったけど、少し読むと「作者」なのだとわかる。ただ、すべてがきれいにまとまって着地するタイプの物語ではなく、最後は煙に巻かれたような感触も残るのだが……。読み終えてから、あちこち読み返して、自分がなにを読んだのか、確かめてしまった。
●昔、日本人作家のミステリで三人称でずっと話が進んでいたのに、ある瞬間にその光景を隠れて覗いていた「わたし」が出てくる話を読んだ記憶があるのだが、あれはだれのなんという本だったか。

August 2, 2022

「夢幻諸島から」(クリストファー・プリースト著/早川書房)

●夏は名作を読む季節、読書感想文の季節。とはいえ、今年はあまり重いものを読む気になれず、なにか空想的な旅の気分を味わえる本はないかなと思って手にしたのが、クリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」(早川書房)。夢幻諸島と呼ばれるおびただしい数の島々の観光ガイドブックという体裁をとっている。これがびっくりするほどのおもしろさ。この世界には「北大陸」と「南大陸」があり、諸国は軍事的な緊張状態にあるのだが、そのはざまで夢幻諸島は条約により中立を保っている。島々にはそれぞれ固有の文化がある。小説上の仕掛けとして、「時間勾配によって生じる歪み」のため正確な地図が作成できないという設定があり、島から島への移動は可能ではあるけど容易ではない。このあたりの旅のハードルを高くする設定が絶妙で、現在のウイルス禍と微妙に重なり合っている。そして想像力を刺激されて「さて、自分はどの島なら住んでみたいと思えるだろうか」とつい考えてしまう。
●で、最初は島々のガイドブックだと思って読み進めると、独立した短篇小説みたいな章がいくつも出てきて、この世界の文化や芸術に重要な役割を果たしている何人かの人物がくりかえし登場する。実質的に連作短篇集になっているのだ。読み進めると思わぬところで章と章がつながっていて、この世界にあるいくつかの興味深いストーリーが徐々に見えてくる。これが秀逸。
●特におもしろかったのが、あるパントマイム芸人の舞台上での事故を扱った物語で、この部分はミステリー風味。あと「大オーブラックあるいはオーブラック群島」の章。無人島だと思って上陸したらそこは最凶の昆虫が棲息している土地だったという怖すぎる話。忘れがたいのは「シーヴル 死せる塔」の章。大学を出て故郷の島に帰った青年が、かつての同級生の女性と再会する。ふたりはお互いの距離を縮め、冒険をともにするが、最後は意外なところに着地する。ノーマルではないけど一種のハッピーエンドだと思った。

July 11, 2022

「アリバイ・アイク ラードナー傑作選」(リング・ラードナー著/新潮文庫)

●先日話題にした「本当の翻訳の話をしよう 増補版」(村上春樹、柴田元幸著/新潮文庫)の影響で読んだ本が、ひとつはジョン・チーヴァー「巨大なラジオ / 泳ぐ人」、もうひとつが「アリバイ・アイク ラードナー傑作選」(リング・ラードナー著/加島祥造訳/新潮文庫)。これは品切のうえに電子書籍もなく、入手困難なので図書館から借りた。文学作品というような堅苦しいものではなく、気の利いた小噺みたいな短篇が並んでいて、大半は可笑しく、一部は暗いトーンを持ち、心をざわつかせる。野球を題材とした話が多めで、古き良き時代のアメリカ野球みたいなムードを醸し出している。語り口のおもしろさが抜群で、一篇を選ぶなら表題作の「アリバイ・アイク」かな。なにを話すにも言いわけを添えないと気が済まない野球選手の話。やはり野球物で「相部屋の男」もパンチが効いてるんだけど、少しダークサイドに傾きすぎているか。
●で、あとがきに村上春樹と柴田元幸の対談が載っていて(同じものが「本当の翻訳の話をしよう 増補版」にも収録されていたと思う)、特におもしろいなと思ったのが以下のくだり。ラードナーとカーヴァーのタイトルのつけ方が似ているという話から、カーヴァーは少年時代に読んだスポーツ雑誌からある種の文体みたいなものを身に付けたのではないかと村上春樹が推測する。

村上 スポーツに限らず、アメリカの雑誌にはそれぞれに独特の書き方、個性がありますよね。文体が機能している。日本の雑誌や新聞って、はっきりいって個性的な文体がない。文体がなければ文章はこしらえられないはずなんだけれども、でも、ないんですよ。存在しない。
柴田 日本では、括弧つきではありますけれども「客観的」「中立的」な文体が新聞の文章ということになるんでしょうね。だからなのか、新聞で文章の芸を磨いて、そこから作家になるという人が少ない。

●アメリカの雑誌を読まないので(読めない)、それら独特の文体については知りようもないが、日本に各紙共通の新聞文体があることはよくわかる。雑誌でも編集サイドが個性的な文体を持つことはまれで、むしろ無色透明感が求められている感じ。

June 27, 2022

「巨大なラジオ / 泳ぐ人」(ジョン・チーヴァー著/村上春樹訳/新潮社)

●(承前)たまたま読んでいた2冊の本でともにジョン・チーヴァーの短篇集が言及されていた偶然から「これは今読めということでは?」と思い、「巨大なラジオ / 泳ぐ人」(ジョン・チーヴァー著/村上春樹訳/新潮社)を読んでみた。全20篇に訳者である村上春樹の前書き付という親切仕様。ナボコフ絶賛の「カントリー・ハズバンド」をはじめ、どれもおもしろい。多くの作品は「ザ・ニューヨーカー」誌に掲載されており、ニューヨーク近郊の高級住宅地を舞台としている(家にプールがあって、使用人がいて、近隣住民同士がパーティに招きあうような土地)。だけど、焦点が当たっているのはそんな恵まれた階層からこぼれ落ちていく人々。ステキな生活にしっくりとなじんでいるようでいて、その内実は案外と危うく、脆いもの。どれもそこそこ苦味があって、少し手厳しすぎるんじゃないかなと思わなくもない。それでも気に入った作品はくりかえし読みたくなるのだが。
●表題作となっているのは「巨大なラジオ」と「泳ぐ人」で、この2作はほかと少し作風が違って、リアリズムから逸脱している。「巨大なラジオ」では、高級アパートメントに住む一家が旧式のラジオを最新式の巨大なラジオに買い替える。最初、ラジオからは大音量でピアノ五重奏曲が聞こえてくるが、やがて人の話し声が混入するようになる。どうやらそれはアパートメントの他の住人たちの会話のようなのだ。表には見えないそれぞれの一家の事情がラジオから聞こえてくる……といった少しP.K.ディック的な設定。
●小説としてよりおもしろいのは「泳ぐ人」で、こちらは主人公が高級住宅地の各家庭にあるプールの連なりをひとつの水脈と見立てて、これを泳いで自宅まで帰ろうとする。招かれた他人の家のプールを出発点として、頭に地図を描き、まずは〇〇家のプール、次に××家のプールというようにプールを泳いでいけば、水着でそのまま家に帰れるともくろむ。自分の奇抜な発想に満足して、意気揚々と知人たちのプールを泳ぐ主人公。どこの家でも似たようなパーティが開かれており、水着で現れた突然の来訪者を歓迎してくれる……。しかしプール水脈を進むにつれて、様子が変わり、異なる現実が見えてくる。この短篇集から一本を選ぶならこれ。
●忘れがたい味わいを残すのは初期に書かれた「ぼくの弟」。成人した四人兄妹が、夏の休暇で母親のもとにそれぞれの家族を連れて帰省する。久しぶりに兄妹が勢ぞろいすることを主人公は喜んでいるのだが、気になるのは弁護士の末弟。この弟はファミリーの中で異質なキャラクターを持っており、旧交を温めているうちに、主人公のみならず母親もみんな彼のことを「好きじゃない」ことを思い出す。みんなが打ち解けて休暇を楽しもうとしているのに、この弟はいちいち棘のある言い方をし、酒も飲まず、ボードゲームにも参加せず、他愛のないことに興じるファミリーを冷ややかな目で見つめる。楽しい仮装パーティにも普段着にやってきて陰気な顔をしている。腕のいい料理人に向かって安月給で働きすぎだと憐れんで相手を怒らせる。貴重な休暇を過ごしているのに、だんだんみんなこの弟に対する悪意を抑えられなくなってくる。主人公は思う。夏の野原に建つ農家を自分は美しい光景だと思って眺めているが、弟はそこに土地の衰退を見て取っているだろう。そんなふうに弟のネガティブな物の見方を自分の内面にありありと再現する。読み進めるうちに、その弟とは主人公自身の内なるもうひとつのエゴなのではないかと思い当たる。傑作。

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