Booksの最近のブログ記事

August 13, 2008

「のだめカンタービレ」#21 ネタバレなし

のだめカンタービレ●最新刊ゲット。「のだめカンタービレ」第21巻。今回は帯に「夢色☆クラシック」でおなじみの佐久間学先生が登場。物語本編でも「クラシックライフ」の編集者とともにRuiの復帰コンサートを取材するためにパリ出張。なんてリッチな雑誌なんだ、「クラシックライフ」(笑)。あと佐久間学先生の使ってるICレコーダーがワタシのと同じっぽくて、少し嬉しい。オレもがんばってポエム読むぞ!と決意(ウソ)。
●話の本筋のほうはあれとかこれとかあって大いに盛り上がっております。Ruiにもっとも「のだめ」的なラヴェルのピアノ協奏曲で千秋と共演させるとか、演出的にも見どころ多し。
●スパム対策に今まで「の◎だめ」とか書いてたけど、今回からフツーに「のだめ」って書いてみる。いろいろ対策を講じたので。
曼荼羅交響曲もよろしく♪●で、クラヲタ的にはやっぱり千秋のこの選曲かと。黛敏郎の「舞楽」。パリのお客さんには大ウケ。いや、そこまでがんばらなくてもいいって気もするんだけど。amazonの「あわせて買いたい」コーナーに、黛と「のだめ」が並ぶかどうか、しばらく注視。

August 7, 2008

オペラハウスを爆破せよ

●「オペラハウスを爆破せよ」とは若き日のブーレーズの有名な言葉だが、もちろん比喩的な発言であって、本当に爆破しようという話ではない。何年か前に、この昔の発言がもとで、勘違いをしたスイス当局にブーレーズが一時拘留されたというニュースがあった。あまりにもおかしなニュースだったので、もとのウェブページをどこかに保存しておいた記憶があるのだが、あれはどこにいっただろうか……。しかし笑えるようで笑えない話でもある。そんな古い発言が、しかも明らかに芸術上の比喩とわかるものが、国家権力には伝わらないなんて。
ホテル・ニューハンプシャー●オペラハウスの爆破について言及したのはブーレーズだけではない。もっと直接的な、テロとしてのオペラハウスの爆破計画が描かれているのが、ジョン・アーヴィングの名作「ホテル・ニューハンプシャー」だ。祖父、父母、五人兄弟姉妹の三代に渡る、大人のための少々過激なお伽噺であり、美しく悲しい愛の物語でもある。一家は廃校になった女子学院を改装してホテル・ニューハンプシャーを開業する。そこで「フロイト」と仇名されるウィーン出身のユダヤ人と出会い、後に一家ごとウィーンへと移住し、第二次ホテル・ニューハンプシャーを開く。このホテルに出入りする過激派たちが、オペラハウス爆破を計画する。オペラハウス、つまりウィーン国立歌劇場のことだ。
●テロリストはウィーン市民が崇拝するオペラ座を爆破することで、世界の耳目を引くことができると主張する。五人兄弟の一人がテロリストを翻意させようと、こう言って食い下がる。「今夜のオペラは満員の客を集められるオペラじゃないんだ。ウィーン市民が群れをなすモーツァルトとかシュトラウスじゃない。ワーグナーですらない。『ルチア』なんだ。ドニゼッティのオペラに値打ちがないことなんてワグネリアンじゃなくてもわかるだろう。もっと別のオペラの夜にしろよ。『ルチア』なんか吹っ飛ばしたら、ウィーン市民は拍手喝采して喜ぶぞ」
●笑。ジョン・アーヴィングはニューハンプシャー生まれのアメリカ人だが、ウィーン大学に単身で留学している。小説の中では家族で移住することになって、渡欧する前にみんなでドイツ語やウィーンの文化について予習したりする。兄妹でこんな感じでクイズを出し合ったり。

「こんどはお前の問題だぞ。天才的作曲家で、おそらく世界で最もすぐれたオルガン奏者だ。ところが彼は田舎者で、帝国の都ではまったくの世間知らずだった--そして若い娘とみると首ったけになるばかげた習癖があった」

 さあ誰でしょう。って、クラヲタならブルックナーって即答できる問題っすね。
●最近バイロイトのワーグナーを聴いてたから思い出したんだけど、五人の兄弟姉妹のなかの二人には、「ジークリンデとジークムント」的な問題があったりするんすよ……。ジークリンデとジークムントはジークフリートを生んだけど、さすがにここではそうはならなくて、呆気に取られるような通過儀礼を経て問題を乗り越える。20世紀の神話と呼ぶべきか。

July 24, 2008

不朽の名作、絶賛発売中!

●そういえば、大ベストセラーのあのファンタジーが発売されたようである。毎度毎度でなんですが、今回最終巻っていうことなので、また置いておこうか。

ハンス・ホッターと冬の旅

超大ヒット・ロングセラー「ハンス・ホッターと冬の旅」。水車小屋に働く平凡な若者が冒険の旅へと出発、雪と氷と戦いながら、菩提樹で憩ったり、鬼火と戯れたり、ガール・フレンドを懐かしんで涙を流したり、郵便馬車と出会ったりと大活躍。ラストシーンでは謎の辻音楽師と対決、果たして主人公は敵の魔法のライアーが生み出す幻想と幻覚、そして果てしない孤独に打ち勝てるのか! 新境地へ到達した不朽の名作、半世紀くらい前から絶賛発売中!!
●ふー。やれやれ。って、やれやれじゃないか。
ホノルル、ブラジル●暑い日が続く。暑いときにはその暑さにふさわしいものを読もうと思い、「ホノルル、ブラジル―熱帯作文集」(管啓次郎著/インスクリプト)を手に取る。気に入った一節を見つけるとメモせずにはいられない、こんな風に。

「美」との関係はあくまでも個人個人が、一世代ごとに、自分の名と責任において作り上げるしかないということです。「伝統の美」という言い方はぜんぜん信用できない。その伝統をうけとめる自分は、いずれにせよこの一回しか生きていないんだから! 全体は誰にも見通せない。逆にいうと、あらかじめ与えられた「美」を「これが美なんだ」と信じこむ人は、結局、美しさに出会えずに終わる。美はあくまでも自分の経験として発見されるもの、発見しなくてはならないものでしょう。

 そうだよなーと肯きつつもギクリ。これ、日本の伝統美についての一節なんだけど、クラシック音楽を聴くときも、うっかりするとあらかじめ与えられた「美」を、せっせとがんばって自分の中の「美」というカテゴリーになんとか押し込めようと努めたりしかねない、ほとんど本能的な勢いで。「美」は発見するものとするなら、その座標軸は自分の中にしか描けない。だから他人の座標軸のどこにプロットされるかということとは無関係に、それは発見されたりされなかったりする。

July 17, 2008

「股旅フットボール」(宇都宮徹壱著)

●昨日のネコ名曲の話題は一日おいて明日続けるとして。
股旅フットボール―地域リーグから見たJリーグ「百年構想」の光と影●遅まきながら、これは必読、『股旅フットボール―地域リーグから見たJリーグ「百年構想」の光と影』(宇都宮徹壱著/東邦出版)。えっと、構えた書名なんだけど、日本のサッカーの4部リーグ(地域リーグ)を取材した本なんである。J1、J2があって、最近ワタシが通っている横河武蔵野FCが所属するJFLがあって、さらにその下、4部リーグのクラブ事情を伝えてくれるのだ。画期的。このテーマでおもしろくならないわけがない。
●どんなクラブが出てくるかというと、ファジアーノ岡山とかツエーゲン金沢とかカマタマーレ讃岐とかグルージャ盛岡とか、そういうクラブだ。この中には厳しい地域リーグの争いを勝ち抜いて、現在すでにJFLで活動しているクラブもある。いや、それどころかFC岐阜みたいにもうJFLも通り越してJ2まで勝ち上がってきたクラブまである。ほとんどリアル「サカつく」の世界。
●FC町田ゼルビアっていうクラブがあるんすよ、東京都町田市に。で、当時、東京都1部リーグにいたこのクラブに、地元在住の会社員小森さんという方が惚れてサポーターになる。でも都1部リーグなんて関係者とか家族とかしか観戦に来ない。そんな中で小森さんは「一人サポ」になって熱くクラブを応援する。選手は困惑するんだけど、とにかくサポーターになっちゃう。日立ビルシステムっていうチームにもやっぱり同じような「一人サポ」がいて、「一人サポ」対決が実現したっていう話もおかしいが、とにかくその小森さんは応援するだけじゃなくて、じゃあ選手に水を配ろうとか思いついて、スーパーで配ってる無料の水をもらって会場で選手に手渡したりしはじめて、ついにクラブの代表から熱烈なオファーを受けて事務局長に就任してしまう。そこから会社員をやりつつも、持てる時間とお金をすべてFC町田に注ぎ込むようになる。やっぱり会社を辞めて専業にならなきゃダメなのかなあ、でも辞めちゃうとクラブで雇ってる人たちの給料とか自分の給料とかどうやって払うんだ、とか悩んだり。ああ、スゴいリアリティ。この手触り、現場の「サッカー」って感じがズシリと伝わる。伝説だ。
●J1やスペインリーグじゃなくて、今そこにある伝説。あなたもきっと地元クラブの試合を見たくなる。

May 30, 2008

「音盤博物誌」(片山杜秀著/アルテスパブリッシング)

音盤博物誌●いよいよ、出ました。片山杜秀の本(2)ということで「音盤博物誌」。前作「音盤考現学」は、吉田秀和氏に「近来の快著」とまで絶賛された。その第2弾、おもしろくないはずがない。いや、まだ手にしたばかりなのだが、なんと、初版限定で「袋とじ」付録が付いている! 久しぶりだな~、袋とじの本って。中身は「カタヤマモリヒデの作り方」と題された片山氏のトークセッションを収めたものなんだけど、小見出しに「本を目方で買う男」とかあって笑ってしまった。
●で、本編は「レコ芸」連載「傑作!? 問題作!?」をまとめたものだ。100回あった連載(8年以上続いた長寿連載だった)の後半を収録。前作同様、その切り口は実に鮮やか。ナタリー・シュトゥッツマンが歌った「冬の旅」の回についての大見出しが「生産しない女」(笑)。まず小見出しを「インドの中心で生産を叫ぶ」と掲げて、芥川也寸志の「エローラ交響曲」から論じる。続いて「欧州の中心で非生産と叫ぶ」として、このアルトが歌う「冬の旅」を解題する。あちこちの見出しを拾い読みしただけで楽しくなる本などめったにない。
●博覧強記によって一見無関係に見える事柄にも文脈を創造的に与えてゆく。これが批評というものだろう。

May 20, 2008

『愛しのグレンダ』~「クローン」(フリオ・コルタサル著)

●フリオ・コルタサルの短篇「クローン」はこう始まる。『愛しのグレンダ』所収(野谷文昭訳/岩波書店)。

 何もかもがジェズアルドを中心に回転しているみたい。あの人にあんなことをする権利があったのかしら、それともあれは妻に対する逆恨みだったのかしら。リハーサルの合間に一息つこうとホテルのバーへ降りる途中、パオラがルーチョとロベルトを相手に議論を繰り広げ、他の連中はカードゲームに興じたり、自分の部屋へと上がっていく。当然のことをしたまでだ、とロベルトが主張する、あの当時だろうと今だろうと同じこと、妻に裏切られたので彼は妻を殺した、まさにタンゴだよ、パオリータ。

「愛しのグレンダ」から「クローン」●登場するのは8人の合唱団員たち。「ジェズアルドを中心に回転しているみたい」というだけあって、この不貞の妻を殺した作曲家にちなんで、合唱団員には不協和音が生まれ、男が女を殺す。それだけの物語だ。話がはじまってすぐに、たどりつくべきゴールは見えている。
●しかしこの音楽小説にはもう一つ仕掛けがある。コルタサル自身が本編の直後に種明かしをしてくれるのだが、この短篇はバッハの「音楽の捧げもの」を鋳型として厳密に構成されているというのだ。8人の合唱団員はそれぞれフルート、ヴァイオリン、オーボエ、チェンバロ……といった8つの楽器にそれぞれ一対一で対応している。三声のリチェルカーレ、無限カノン、同度カノン、反行カノンと、「音楽の捧げもの」に沿って登場人物があらわれ、物語が進行する。したがって、冒頭に引用した一節、これが有名な「フリードリヒ大王のテーマ」ということになるわけだが、どうだろうか。
●しかし短篇そのものが21ページに対して、作者による作品解説は7ページほどある。説明してもらわなければ作者以外には絶対に誰一人としてわからないという「音楽の捧げもの」仕様。そりゃわかるわけない。だって「音楽の捧げもの」には一意の楽器指定がないから、5人でも6人でも演奏できるし、8人っていうのはたまたま作者コルタサルがお気に入りのレコードがそんな編成だったというだけのことなんだから。楽屋落ちもいいところだが、でも晩年のこの作品を書いた時点ではすでにコルタサルは大家だったから、なんでもありだ。選んだ作曲家がジェズアルドとバッハというあたり、技巧の人だったんだろうなと思う。

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