Books: 2004年7月アーカイブ

July 9, 2004

ニイガタ現象(サッカー批評叢書)

ニイガタ現象●最近の野球界のニュース聞いてると、すごいっすね。合併だとか1リーグだとか、オーナーの話し合いで何でも決まるところが。ファンの幻想なんてものを受け入れる余地がまったくない興行の論理で物事が進む。Jリーグだって興行にちがいないんだけど、野球に比べるとサポーターに幻想を持たせてくれる(ビジネス規模が小さいから可能なのかもしれんが)。
●で、新潟である。昨季、2部リーグにいながらJ全チーム最高の集客力を誇ったアルビレックス新潟は確かに「現象」だった。スタジアムだけでなく、新潟市内いたるところがオレンジ色に染まっていた。ホームタウン幻想が強固な現実を生み出した一例だと思う。
「ニイガタ現象 日本海サッカー天国の誕生をめぐって」(「サッカー批評」編集部/双葉社)はそのアルビレックス新潟という現象をさまざまな角度から論じている。大学の先生の分析よりも、断然、現場の人間の話のほうがおもしろい。たとえばゴール裏の住人。

H:ウチと(ベガルタ)仙台には、いろいろとあるんです。
A:99年も、00年も新潟より下だったんです。なんで、こいつらがJ1に上がるのかという意識もある。(中略)以前、仙台サポーターとサッカーやったんです。結果は、ウチらの圧勝だったんですけど、向こうは全然認めない。
H:「木澤カップ」だね。木澤っていう選手は、仙台戦で何かと因縁があってね。退場も何度かあった。それで、向こうが「木澤カップ」やろうって提案してきた。呼んでくれた人は、物腰柔らかだったんだけど、実際の試合には武闘派が出てきて大変だった。声と態度のでかさで勝負してくるんだから! さらに向こうは天童よしみのCD持ってきて、試合中にガンガン流す。一昔前のイラン対イラクの試合みたいな雰囲気でしたよ。

●プロ野球のオーナーには想像もつかない世界だと思う、このサポーター間で試合して決着つけようみたいなロジックは。
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五輪を前に「山本昌邦備忘録」が文庫化。トルシエ・ジャパンを振り返るために必読。

July 7, 2004

「アムステルダム」イアン・マキューアン (その2)

「アムステルダム」 イアン・マキューアン 「アムステルダム」 イアン・マキューアン。(一昨日のエントリーからつづく)若き日の思い出を部分的に共有する男たちが集まって、元恋人の死を嘆く。そこから彼らの人生の諸相が浮かび上がってくる。イギリスの良き時代に育ち、時代が悪くなった頃にはすでに社会的な地位と財を築いている。才に恵まれ、成功して余裕があり、古い恋人の死を悼む。主人公といえる作曲家と新聞編集長はそれぞれに今やそのキャリアでもっとも大きな成功を得ようとしている。つまり、ここにあるのは「美しい瞬間」である。
●にもかかわらず、彼らはその「美しい瞬間」に「醜悪な行動」をとってしまう。善人で成功者で成熟しているはずの人々でも、彼らが築き上げたものなどほんの一瞬で脆くも崩れ去る。皮肉とユーモアが同居したタッチで、人の美しさが易々と醜さと同居可能であることが描かれる。同時にこれを逆側から見れば、いかなる凡庸さからでも人は高潔で厳粛な瞬間を紡ぎだすことができることも示唆している(この対称性が秀逸)。
●規模や才能の大小はあっても、ものを「創る」経験のある人なら、ある種の創造の熱狂、霊感が舞い降りて独特の熱中状態から興奮を経て、最後に満足と達成感を獲得するまでの過程を思い浮かべることができると思う。作曲家クライヴ・リンリーは、自作の交響曲の難所を書き進めた後、こう感じる。

朝早く、日の出どきの軽い興奮が鎮まり、ロンドン全体がすでにどやどやと仕事に向かいはじめ、創造のための奮闘がついに疲労に征服されるころに、ピアノから立ち上がってスタジオの電気を消しにドア口まで足を引きずってゆき、ふり返ってみずからの労苦をとりかこむ豊かに美しい混乱を目にするときなど、クライヴはふと考えることがあったが、それは世界の誰にも打ち明けられることのないほんのかすかな思い、日記につけられることさえない思いで、そのキーワードは心のなかでもごくためらいがちにしか形にされなかった。ごく簡単にいえば、それはこういう思いだった。誇張のないところ自分は……天才ではないか。

●崇高である。だが、同時に彼は醜悪なのだ。その辛辣な真実というか諸相の一つを、最後にこの小説は唖然とするほど見事に描いているのだが、ここでそこまで書いてしまうわけにはいかない。ぜひご一読を。読後に再度、じっくりと味わってほしい。
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P.S. 山尾さんのご指摘によれば、この作曲家像はジョン・タヴナー。なるほど、納得! マキューアンはタヴナーを意識して書いたにちがいない。

July 5, 2004

「アムステルダム」イアン・マキューアン (その1)

「アムステルダム」 イアン・マキューアン 「アムステルダム」(イアン・マキューアン著/新潮Crest books)を読んだ。99年に出た本なのでいまさらだが、今年読んだフィクションのなかで最高におもしろく、エレガントな一冊。主人公の一人が現代イギリスを代表する保守系作曲家という設定で、音楽ファンにも強くオススメしたい。
●音楽面と小説面でそれぞれご紹介したいところがあるのだが、先に音楽面を。奔放で魅力的な女性が、退行性の病気がもとで40代にして亡くなる。彼女の若き日の元恋人たち(にして現在の友人たち)と夫が登場人物。元恋人に有名作曲家、高級紙の編集長、英国外務大臣の3人。みな社会的に成功した人たちばかりで、年齢と経験、成功を重ね、人生の収穫期にある。この作曲家、名前をクライヴ・リンリーというのだが、西暦2000年を記念する交響曲を国から委嘱されるほど著名で、しかも調性と機能和声に基づく明快な作風を特徴としている。
●イアン・マキューアンはかなり音楽に造詣が深いらしく、この作曲家の描写におかしいと思うようなところが一つもない。クライヴ・リンリーが自作について、こんなふうに自問する場面がある。

自分は若い世代の批評家がいうような飼い馴らされた才能、グレツキをインテリ向けにしたような作曲家なのだろうか?

 イギリスでのグレツキの位置付けがちょっと垣間見えるわけだが、それにしても「飼い馴らされた才能」とは実に便利な批評言語かもしれない。これは安易に使うとタチの悪いコトバだ。
●クライヴ・リンリーは西暦2000年記念の交響曲を書くにあたって、自分のメロディ作家としての才能を最高に発揮しようと考える。サッカーにおける(プッチーニの)「だれも寝てはならぬ」のような、公式行事に組み込めるような名曲を書こうとしている。

クライヴは自分をヴォーン・ウィリアムズの後継者とみなし、「保守的」といった評語は政治用語を盗用した不適切なものと考えていた。だいたい、クライヴが注目されだした70年代には、無調音楽、偶然音楽、音列、電子音楽、ピッチをサウンドに解体する手法、ありとあらゆるモダニスト的企てが大学で教えられる正統なものとなっていた。 (中略) がちがちのモダニストたちが音楽を学界に閉じこめ、そこで音楽はひとにぎりの専門化のものとされ、孤立・不毛化させられたのであって、大衆との不可欠なつながりは傲慢にも断ち切られてしまったのだ。 (中略) 狂信者の狭い心にとって、大衆的成功というものはいかなる形であれいかに小規模であれ美の妥協と失敗のあかしになるのだ、とクライヴは主張した。20世紀西洋音楽の決定的な歴史が記されるあかつきには、栄冠はブルース、ジャズ、ロック、そして絶えず進化しつづける民族音楽の伝統に与えられるだろう。

●ね。この作曲家に共感できる人もできない人も、小説の舞台設定、登場人物の造詣が非常にしっかりしていることはわかるでしょ。このクライヴ・リンリーって、現実にはだれに似てるんだろう。英国で国家行事に委嘱される人でクラシック畑、でも保守といってもたとえばピーター・マクスウェル・デイヴィスとかよりもっと保守ってことになる。うーん、だれだろ。日本なら特定できる。調性と機能和声による明快な作風、国家行事に委嘱されるくらい偉い、一般向けにも有名ときたら、そりゃ團伊玖磨だ。
●亡くなった女性の葬儀のために、この作曲家や新聞の編集長、外務大臣らが集まったところから小説は始まる。 (この項、明後日に続く)

July 3, 2004

「上司は思いつきでものを言う」 橋本治

上司は思いつきでものを言う「上司は思いつきでものを言う」(橋本治著/集英社新書)。とても売れているらしく、読んで納得。著者名を見なければサラリーマンの愚痴を並べたくだらないビジネス書かと思ってしまいそうだが、もちろんそうではない(そもそも著者に勤め人の経験などない)。仕事場としての会社の仕組と本質をこれほど明快に教えてくれる本はなく、組織で働く人なら少なくともうすうすと感づいていることを、あきれるほどわかりやすく論理的に説明してくれる(「埴輪製造業者」のたとえ話なんぞ実に鮮やか、しかも抱腹絶倒!)。さらに絶望して天を仰ぐだけではなく、書名のような事柄を構造的な必然と分析した上で「ではどうすればよいか」まで一応は踏み込んでくれている。
●だから、読んでよかった、でも人にはオススメしない。だってこれ読むと、「みんながこれを読んだら世界はもう少し生きやすくなるにちがいない」と思うじゃないっすか。でもそんなのもちろん幻想だ。幻想だってわかってるのに、そうじゃないと思いたい自分。これにとどめの一撃を食らわせたくなったときには、amazonあたりに寄せられた読者レヴューを読めばよい。なんじゃいこりゃ……。ぜーんぜん伝わってねー。

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