●いかん、翌日予定が詰まっているというのに、止められなくて朝まで本を読んでしまったー。「王様と私 - 友人、時には敵そしてマネージャーだった私が栄光の王座に就いたパヴァロッティの私生活を修正なしで公開する」読了(副題長いよ)。ハーバート・ブレスリン&アン・ミジェットの著、相原真理子訳(集英社)。パヴァロッティのマネージャーが、まだ初々しい好青年だった無名のパヴァロッティとの出会いから、35年間ともにキャリアを築き、そして契約を解消するまでを綴っている。というと暴露本かと思われるかもしれないが、そんなんじゃないんだよなー。非常に優れた読み物。
●本のなかでパヴァロッティはたくさん醜態を晒している。スターになるにつれてワガママが度を越してきて、マネージャーとの関係はまさに「王様と私」。ほとんどガルシア=マルケスが書きそうなラテン・アメリカの小国の独裁者みたいなふるまいをする。気まぐれで、迷信深くて、でも気前はいい。そのあたりのエピソードは無数に出てきて、どれもおもしろい。しかも、読んでるうちにだんだんパヴァロッティが好きになってくる。書き手がとにかく上手い。
●お金の話もずいぶん開けっぴろげに書かれている。アーティストとマネージャー、オペラ・ハウスの関係がどんなふうになってるか、よくわかる(たとえばマネージャーの受け取りはオペラなら出演料の10%、リサイタルなら20%だとか、毎月の依頼料をアーティストから受け取るとか受け取らないとか)。メトの出演料は上限が1万5000ドルって決まってて、パヴァロッティだろうとドミンゴだろうと、大スターはみんなこの金額上限張り付きになるっていうんすよ。「一公演でそんなに稼ぐのか」と思ったらおおまちがい。この金額はパヴァロッティ側としては諸経費も考えるとあってないようなもの。稼ぐのはオペラじゃなくて圧倒的にコンサートのほう。2回目の三大テノールのときは各人各社入り乱れての壮絶な契約交渉の末に、おそらくギャラは200万ドルには達したとか。金額のスゴさっていうより、仕事の仕方、仕組みっていう点で興味深かった。
●そもそもこれは「パヴァロッティの本」じゃなくて、「音楽マネージャー、ハーバート・ブレスリンの本」。興行主視点で見たビジネスの世界が魅力的なのであって、ある意味「プロジェクトX」。この種の本には悪徳マネージャーみたいな著者像が期待されるかもしれないけど、ワタシは職業人としての純粋な情熱みたいなものを感じて、しまいには「あー、オレも音楽家のマネージャー、やってみたかったな!」とか思ってしまうくらいだった(←きっと一日で音を上げる)。ハーバート・ブレスリンはいっしょに仕事したらきっと耐え難いほどヤなタイプだと思うんだけど、でも「本気で自分のアーティストを売る」ってのはどういうことなのか、あちこちで目ウロコだった。やっぱり「仕事とは他人の需要を満たすもの」だな。あとブレスリンが根っからのオペラ好きだったからありえた関係だったってこともよくわかる。
Books: 2007年2月アーカイブ
February 24, 2007
王様と私 - 友人、時には敵そしてマネージャーだった私が栄光の王座に就いたパヴァロッティの私生活を修正なしで公開する
February 15, 2007
ねにもつタイプ(岸本佐知子)
●し、しまったー! 昨日、バレンタインデーだったのにCD通販のヲタ話を書いてしまってる。昨日の記事を「チョコ食いすぎて腹痛い」に訂正します。(←このネタ毎年やってる気がする)。
●「ねにもつタイプ」(岸本佐知子著/筑摩書房)を読む。ワタシと同じ道筋をたどった方は少なくないと思うんだけど、まず「おもしろいよ」と耳にして、ニコルソン・ベイカーの小説を読んだ。で、ニコルソン・ベイカーもおもしろいけど、この翻訳をされている岸本佐知子さんもおもしろいらしいと知って「気になる部分」を読んだ。そしたら、翻訳者のほうがある意味で超ニコルソン・ベイカーな存在であって、そのあまりのおかしさに抱腹絶倒したのである。
●そんなわけで待望のエッセイ集第2弾「ねにもつタイプ」。大人がうっかり忘れがちなコドモ視点で日常を観察する話が多いのだが、その一つ一つが鋭くて、ヘンで、しかも共感度が高い。たとえば「星人」の章。自分が「気がつかない星人」であるという話。ものごとの隠された意味が読めないから、「気がつかない星人」は人生にしっくりこない感じを抱くことになる。
「気がつかない星人」には言葉のレトリックが通じない。八百屋のおばさんに「はい、百万円ね」と言われて凍りつく。写真屋のおじさんに「鳩が出ますよー」と言われて、いつまでも待ちつづける。『さっちゃん』という童謡を、冗談で「あれはあなたがモデルよ」と大人に言われたのを真に受けて、大きくなるまで信じている。
●あ、自分も「気がつかない星人」かも、と思った方はぜひ。なんつうか、空いてる電車がホームに入ってきて「余裕で座れるかな」と思って乗り込んだら、いつも自分の一つ前の人で席が埋まっちゃうようなタイプのあなたには特にオススメしたい。あと、こういう「天然」な感じの味わいって、技術が生むんすよね、文章の。