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Books: 2007年10月アーカイブ

October 16, 2007

「サッカー茶柱観測所」(えのきどいちろう著)

サッカー茶柱観測所。おもしろいよ●サカ好きなら読むしか。「サッカー茶柱観測所」(えのきどいちろう著/駒草出版)。一時期、この連載を読むためだけに週刊「サッカーマガジン」を購読していた。書店では見つけられなかったようで単行本になっていたのを知らず、ようやくゲット。たっぷりと楽しんだ。
●中身はなんでもありのサッカー・コラム、ググッとサッカーの本質に迫るネタもあれば、脱力するようなバカネタもあり。でも突き詰めればサッカー愛。なんつうかな、好きなものに対する「おもしろがり力」の高さが半端じゃないんすよ。朝、思い立ったら高速バスに乗って磐田とか甲府に行くみたいなネタが特に好き。サカ好きなら、サッカーを存分にとことん楽しみたいわけっすよ。当たり前? いや、そんなことない。世の中には東京ヴェルディの凡戦を見て「こんなサッカー見てなにがおもしろい。バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドがサッカーだ」と上から目線で述べる気難しいヲタもいっぱいいる。でもJ2の試合からもそのおもしろさを味わいつくすことのできる感受性のほうがサカ好きには有用なのであって、「サッカー茶柱観測所」はおもしろがるために、ときには物語を紡ぎ出すことだって厭わない。圧倒的に正しい。帯に原博美監督のコメントが載っている。「えのきどさんは最高にサッカーを楽しんでるね」。
●細かいネタだけど、ボスニア・ヘルツェゴビナのムシッチとカメルーンのソングの話に感動した。いや、単にユニの背中にある名前が、MUSICとSONGだってそれだけの話なんだけど。でもスゴくない? あと、アディダスの話も衝撃的だった。「川淵三郎」っていう名前の中に、2ヵ所も三本線が入っているっての! 氏名がすでにアディダス(笑)。どうしてそんなこと、思いつくですか!
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●リアルつながりの方、ネットつながりの方にミニ緊急告知。10/19(金)夜、いっしょに草サッカーしてくれる人、募集。気軽なミニゲームを予定、大半未経験者、40~20代。競技性ゼロ、親睦優先、初めてでもOK。雨天中止、場所は都内。興味のある方、ご連絡ください。ボールは友達。

October 9, 2007

「私はフェルメール」その2

●3つ前のエントリー、「私はフェルメール」の続き。才能のある作曲家がバッハやベートーヴェンの完璧な贋作を書いたとしても、それが真作として信じられる以上、(パブリック・ドメインとなるので)贋作曲家は1円も手にすることができない、と書いた。でもよく考えたらそんなことないっすね、自筆譜まで用意できるのなら。少し前にベートーヴェンのピアノ連弾用大フーガ自筆譜が発見されてサザビーズで競売にかけられたっていうニュースがあったではないか。落札価格は2億3千万円だった。これが交響曲第10番の自筆譜ならずっと高額でもおかしくない。ファン・メーヘレンのように莫大な財産を手にするとまではいかなくても、宝くじ級の大金にはなりそう。
●ファン・メーヘレンの戦略に倣うとすれば、まず18~19世紀の紙とインクを調達しなければならない。17世紀絵画はギャラリーで買うことができたけど、楽譜はどこで買うんでしょか(笑)。ていうか、絵の具と違ってインクを剥ぎ落とすのは難しそうだから、未使用の紙を手に入れなきゃいけないのか。これは難問かもしれん。
●でもやっぱり最大の問題は肝心の作品。ベートーヴェンっぽい曲を書ける人はいくらでもいるだろうけど、ベートーヴェンっぽい「傑作」を書ける人はいるんだろうか。みんなが大好きになるような「第十」、コンサートのレパートリーになって繰り返し演奏されるような、ベートーヴェンの専門家が感涙に咽ぶ名曲を。
●もしそんな曲が書かれたら、ベートーヴェンの交響曲全集を録音した現役指揮者は、全員第10番を追加で録音させられること確実。そして嵐のような第10番ブームが吹き荒れて、その後、この作品が贋作者の手によるものと判明したとする。この場合、ファン・メーヘレンによる贋フェルメール「エマオのキリスト」が美術館の片隅に追いやられたように、作品の価値は暴落するのだろうか。それとも贋作者の評価が暴騰して、新作交響曲を委嘱されたりするんだろうか。ワタシとしては、既存の9曲と同じくらいの傑作なら、新作は10曲でも20曲でも大歓迎だ。贋作者には「ベートーヴェソ」と名乗っていただきたい。

October 4, 2007

「私はフェルメール」(フランク・ウイン著)

私はフェルメール●この本を読んで、美術界がうらやましくなった。「私はフェルメール~20世紀最大の贋作事件」(フランク・ウイン著/ランダムハウス講談社)。これはなにかといえば、フェルメールの贋作者であるハン・ファン・メーヘレンの伝記である。フェルメールのことはろくに知らないのに、贋作者のことには詳しくなってしまった(笑)。
●ファン・メーヘレンの代表作は、当時オランダ絵画界最高額の値段がついたという贋フェルメールの「エマオのキリスト」。贋作がバレたのは、ナチスのゲーリングの所有物としてフェルメールの贋作「姦通の女」が押収されたから。売買ルートからファン・メーヘレンの名が挙がり、オランダの至宝を敵国に売り渡した罪で起訴される。で、ファン・メーヘレンは告白したのだ。「いや、それフェルメールじゃなくて、実はワタシが描いたんです」と。これがきっかけでいくつかのフェルメール作品が贋作であったことがわかるのだが、その反響がおもしろい。これまで散々傑作として「エマオのキリスト」を称賛してきた専門家はどうすりゃいいのか。で、なかにはファン・メーヘレンが自白したのにまだ自分の誤りを認められなくて、「エマオのキリスト」真作説を唱える専門家がいたりする。贋作能力を証明するために、ファン・メーヘレンは法廷で衆人環視のもとでフェルメール風作品を描かされる。大変なスキャンダルであるが、部外者から見れば痛快でもある。
●絵画の門外漢のワタシはわかっていなかったのだが、ファン・メーヘレン級の贋作というのは、ただ絵が描ければいいってものじゃないんである。絵の才能はもちろん必須、しかし並外れた情熱もいる。たとえば、フェルメールは17世紀の画家だから、画材店で絵の具を買ってきて描いているわけではない。顔料は自前で調合するわけだ。ファン・メーヘレンも17世紀絵画への造詣の深さを活かして、当時と同じ方法で顔料を作った。フェルメールの青は天然ウルトラマリンで、ラピスラズリという貴重な鉱石をすりつぶして生成する。ファン・メーヘレンはそれも再現している。キャンバスだって、別の本物の17世紀絵画を購入して、そこから絵の具を剥ぎ落として調達した。そこまでやって、そして専門家や批評家が感嘆するような見事な「エマオのキリスト」を描いたんだから、もうこれはファン・メーヘレンその人が偉大な才能の持ち主だったってことでいいんじゃないのか(笑)。
●で、そんな美術の世界にどう羨望を感じたかといえば、音楽にはちっとも優れた贋作者が出てこないってことだ(笑)。斯界の権威が真作と認める、未発見のベートーヴェンの交響曲を作曲しようと情熱を燃やす人はいない。バッハの未発見のミサ曲とか、モーツァルトの未発見のピアノ協奏曲とか、そんなものを書いてくれる贋作者がいるならワタシは諸手を挙げて歓迎する。ありがとう、こんなすばらしい曲を書いてくれて、と。
●これに近い路線としては、クライスラーの事件が有名だ。当初、バロック期の古い作品を図書館から発掘して、それを編曲したものとして自作を発表していたのだが、30年も経ってから本当は自身のオリジナル作品だったことを打ち明けた。でも、これは全然本質的にはファン・メーヘレンのやってることとはちがう。ワタシが聴きたいのは、どこからどう聴いても真作としか思えないバッハやモーツァルトの新しい名曲だ。「エマオのキリスト」がそうであったように、多くの人を感動させる大作がいい。
●でもわかってる、これはムリな話なのだ。だれもモーツァルトの交響曲第42番を書かない。決してバッハの(資料からの復元ではなく「本物」の完成品としての)「ルカ受難曲」は書かれない。騙せるほどの天才はいないから? そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ一つ確実なのは、ファン・メーヘレンは贋フェルメールを売ることによって、どれほど遊蕩しても使い切れないほどの大金を手に入れたが、贋バッハはいかに優れた作品を書いても、それがバッハの真作と信じられる以上、1円も手にすることができないということだ。

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