Books: 2008年12月アーカイブ

December 29, 2008

「チャイルド44」(トム・ロブ・スミス著)

●この週末からめっきりメールのトラフィックが減った。いよいよ年末年始モード。
チャイルド44●で、そういえばしばらく娯楽度の高い小説を何も読んでいなかったことに気づき、突如激烈な飢餓感を感じ、選ぶ楽しみすら放棄して盲目的に「このミス」今年度海外編1位を獲得したこの本をゲット、「チャイルド44」(トム・ロブ・スミス著/新潮文庫)。さらば現実、ハロー虚構、ワタシは読む、読み耽る、ということで何の予備知識もなく読み始めたら、最初の1ページから下巻の最後のページまで、そのまま明け方まで一気読みしてしまった。満喫。
●一応ミステリというフォーマットがあって、連続猟奇殺人犯がいて、それを追う捜査官が主人公となるわけだが、設定にひと捻りがある。舞台はスターリン体制下のソ連で、なんと、主人公は完璧なまでに体制に順応した国家保安省の高級官僚なのだ。ソビエト的な価値観において、人民による連続殺人などという体制を否定するような事件はあってはならない(連続殺人とは資本主義の病理から生まれるものだから)。そして隣人を密告して強制収容所送りにすることがソビエト的な正義とされる社会では、捜査官に求められるのは悪事の剔抉などではなく、体制の肯定なのだ。したがって、事件に対して、主人公がまず取った態度は「それは不運な事故であり、犯罪ではない」というものだ。なんてヘンなミステリなんだろ。
●で、これにトマス・ハリスの「ハンニバル」を連想させるイヤ~な感じの猟奇性と、歪な社会集団のなかで人間の尊厳をいかに回復するかという重厚なテーマが組み合わさって、大変読み応えのあるエンタテインメントに仕上がっている。これでデビュー作とは。1979年生まれという作者の若さにも驚く。自分の好みからすると小説中での「子供の扱い方」に少し引っかかるところもあるんだけど、ヒントになった実際の事件がその通りのものなのでしょうがない。いずれにせよ傑作。いちばん痛快なところはネタバレになるから言えないのが残念だ。
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●各エントリーの末尾に「はてなブックマークに追加」ボタンを付けてみた。これって意味あるのかなあ? いま一つ確信を持てないんだけど、どこかでどなたかのお役に立てますように。

December 21, 2008

「クラシック新定番100人100曲」(林田直樹著)

クラシック新定番100人100曲●読了、「クラシック新定番100人100曲」(林田直樹著/アスキー新書)。最初の1曲から最後の100曲まで、前から順番に読んだ。LINDEN日記でおなじみの林田さんの新刊である。新書という一見気軽そうな装いに反して、これは渾身の力作。ぜひ書店で手に取って中身をご覧になることをオススメしたい。
●この新書の特徴はモーツァルトだろうがフィンジだろうが、とにかく一人の作曲家につき一曲の名曲を紹介しているところ。しかもそのチョイスがところどころ普通ではなくて(実に林田さんらしい)、たとえばストラヴィンスキーなら「詩篇交響曲」だったり、シューマンならヴァイオリン協奏曲、サン=サーンスならクラリネット・ソナタとか来ちゃう。100人のランナップも斬新で、ジスモンチとかカプースチンが入ってくる。大胆っすよね。
●でもその100曲の選択とか「名曲紹介」という外側の意匠よりも、肝心なのは中身。林田さんのこれまでの豊富な取材体験やライヴ体験が反映された、氏以外の誰にも書けない100本の読み物に仕上がっている。その基本姿勢はきわめて真摯で、一曲一曲その作品に正面から体当たりでぶつかってゆくのがすばらしい。そもそも体験とはどれだけ質と量を積んでも決してオートマティックに文章化されるものではなくて、そこで「音楽って何だろう」「音楽について書くってどういうことなんだろう」という疑問と格闘するプロセスがあってようやく読み物として昇華するもの。その過程を惜しまない。
●林田さんとワタシはかなり昔に「音楽の友」編集部で文字通り机を並べていたという間柄である。先輩である氏からワタシが仕事を教わっていた。会社を離れてからも直接間接に教わるところは多かった。そして、今度は著書を読むことでまたひとつ新たに教わったという気がする。

December 16, 2008

「バレンボイム音楽論──対話と共存のフーガ」(ダニエル・バレンボイム著)

ダニエル・バレンボイム●お正月のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートはバレンボイムが指揮するんだっけ。に、似合わん……。来年のスカラ座来日公演でもバレンボイムが指揮。去年のベルリン国立歌劇場来日ももちろんバレンボイムだった。スゴいことになっているなあと思っているところに本が出たので、持ち歩いて少しずつ読んでいた。
●「バレンボイム音楽論──対話と共存のフーガ」(バレンボイム著、蓑田洋子訳/アルテスパブリッシング刊)。音と思考、聴取、オーケストラについての音楽論(ハーヴァード大学でのレクチャーがもとになっている)、サイードとともに設立したイスラエルとアラブ諸国の若者たちによるウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラについて、そしてバレンボイムの音楽観からその人となりまで伝わってくるいくつかのインタヴューなど。文を読んで受ける印象は、バレンボイムの音楽を聴いて受ける印象とよく似ている。こういうのは言動一致じゃなくて、なんていうんだろうか、言楽一致?
●おもしろい本には2種類あって、一つは頭からおしまいまで「うんうん、なるほど」とうなずきながら共感して読める本で、もう一つは「ええー、そんなこと言うんだ、考えるんだ!?」と異なる価値観から眺めたらどう世界が見えるかを伝えてくれる本。ワタシにとってはこの本は断然後者。たとえば、バレンボイムはピリオド系楽器による「いわゆるオーセンティックな」演奏を厳しく批判してて(「モーツァルト」の章)、それが一から十までワタシには共感できない内容なんだけど(笑)、なにしろバレンボイムみたいな天才が言っているんだからとても刺激的だ。ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラの活動についてもそうで、音楽と社会のかかわり方について、こんな考え方や方法論があるのかと驚くところが多かった。

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