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Books: 2009年8月アーカイブ

August 21, 2009

「移動祝祭日」

●本日は当サイトCLASSICAの誕生日。1995年8月21日なので、えーと、14周年か。ネットの世界で14年前というと、Yahoo! Japanもなにもまだほとんどの日本語商用サイトが存在しなかったというウェブ黎明期だった。今にして思うと特別な時代だったので、当時のネットのことをもっとあれこれ書きとめておけばよかったと少し思う。今後ともみなさまどうぞよろしく。
夜の樹●過去の特別な時代を振り返るといえば、夏は名作を読もう自分内キャンペーン実施中ってことで、ヘミングウェイの「移動祝祭日」(高見浩訳/新潮文庫)。ヘミングウェイが晩年になってから、1920年代にパリで送っていた青春時代、修行時代を回想している。題の作家のこの言葉に由来する。「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」。
●もちろん猛烈におもしろい。途中でなんだかブログを読んでるような錯覚を覚えた。「アーネストのひとりごと、だれも知らないパリ」みたいな。訳文が新しいせいもある。文と文を結ぶのに、順接なら文頭に「で、……」、逆説なら「が、……」を割とよく使ってて、こういう短さ、簡潔さがそう思わすのかも。ブログで好まれる。
●で、(←ほら使った)特におもしろいところを自分用にメモしたいので、ここに書いちゃう。
●まず「ロスト・ジェネレーション」(失われた世代)という言葉。最近では割を食った世代に対してよく使われているっぽいが、もともとはこのあたりから来ているわけだ。この訳では「自堕落な世代」にロスト・ジェネレーションとルビを振っている。引用しちゃう。

ミス・スタインは言った。「こんどの戦争に従軍したあなたたち若者はね。あなたたちはみんな自堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」
「そうですかね?」私は訊いた。
「ええ、そうじゃないの」彼女は言いつのった。「あなたたちは何に対しても敬意を持ち合わせていない。お酒を飲めば死ぬほど酔っ払うし……」(p48)

●ヘミングウェイはまだパリでは売れていなかったので、やたら貧乏だったとか空腹だったという話が出てくる。お腹が空いたのをガマンする話というのはワタシには相当インパクトがあって、特にこれはスゴい。

 いかなる基準に照らしても、当時の私たちはまだとても貧しかった。私は依然として、だれかに昼食に誘われたからという口実をかまえて、その実リュクサンブール公園を二時間ほど歩きまわってくるというつましい倹約法を実践していた。公園からもどってくると、昼食がいかに豪勢だったか、妻に話して聞かせるわけである。(p145)

 ところが赤貧だという割には奥さんと長期の旅行に出かけたり、競馬にお金を注ぎこんだり、酒を飲んだりしてヘミングウェイは人生を謳歌している。読んでいる間もどうも違和感があったが、訳者解説を読んで納得。実際には当時のヘミングウェイ夫妻は貧しいどころかかなり裕福だったという。青春時代を描くには、そういうファンタジーが必要だというのはわかる気がする。
●文中、ジェイムズ・ジョイスが登場する。家族みんなでイタリア語をしゃべっていた。
●これってどういう格好なんだろ。

 ウィンダム・ルイスはカルチェ・ラタンの通人のように幅広の帽子をかぶって、歌劇"ラ・ボエーム"の登場人物を思わせる出で立ちをしていた。

●スコット・フィッツジェラルドとの交友についてはかなりの紙幅が割かれている。印象深かったのは、だんだん奥さんがフィッツジェラルドの仕事に嫉妬しだすというところ。フィッツジェラルドがマジメに仕事に向かおうとしても、奥さんが遊びに連れ回し二人で酔いつぶれる、とか。
●成功を収めつつある作家に対して「リッチな連中」が言い寄ってくるところは、なかなか微妙で慎重に書かれている。「リッチな連中」というのは、毎日を祝祭のように華やかにするが、一通りの交際を経て栄養分を吸い取ってしまうと、なにもかも干からびた状態にして立ち去っていく人々。自分とは縁がないとしても見たことのあるような光景じゃないだろか。

彼らリッチな連中の魅力に籠絡された私は、銃を持つ男ならだれとでも出かけたがる猟犬のように、もしくは、自分の真価を愛し評価してくれる人物にとうとうめぐり合ったサーカス仕込みの豚のように、盲目的で愚かだった。毎日が祭りであるべきだというコンセプトは、私には驚くべき発見のように思われた。私は彼らの前で、推敲をすませた長編小説の一部を朗読するようなことまでしてのけたのである。それは作家としては最低の所業だし、……(中略)危険なことだったのだ。(p297)
August 19, 2009

「のだめカンタービレ」第22巻

●まだまだ続く、オンデマンドで聴けるBBC Proms。音楽祭全体のスケジュールはこちら。ラストナイトは9月12日。
のだめ 22巻●出遅れて「のだめカンタービレ」第22巻。中身はすでに雑誌連載時に読んでしまっているのだが、改めて再読。今回はのだめとシュトレーゼマンの共演という大きな事件があって、のだめが相変わらず奔放ではあるけれど音楽的にはぐっと成長した姿を見せてくれる。といってもコミックなんだからなんにも音は聞こえないわけで、聞こえないものを聴かせてしまうというのがスゴい。
●演奏後に抜け殻みたいになってるのだめがいいっすよね。ホセ・メンドーサを倒せなかったジョーが真っ白に燃え尽きたみたいな感じ?(←古すぎ)
●だんだん物語の結末が近づいてきた。当初はこんな結末になるのかと思っていた。半径10メートルくらいへの関心で生きているのだめが才能が開花させて世界的ピアニストへと羽ばたき、幼少から世界を視野に入れていた千秋が地元の音楽の教師かなにかに落ち着くのかなあ、と(飛行機恐怖症だし)。違ってたけど。どんな形の幕切れが待っているのか、続きが楽しみ。

August 18, 2009

「夜の樹」(トルーマン・カポーティ)

夜の樹●夏休みの読書感想文宿題対応モードな書店の平台。猛暑はカレーと名作だな、ってことで「ティファニーで朝食を」に続いて手に取ったカポーティ「夜の樹」(川本三郎訳/新潮文庫)。短編集ですぐに読めるだろうと思ったら、これがなかなか進まない、途中で他の本に浮気しちゃうし。なぜかといえば、一見明るいようでも本当は暗いという話が続くから。これは「ティファニーで朝食を」のホリーとも共通するんだけど、崖っぷちに自ら好んで立ってしまうような、孤独で鬱屈した魂の持ち主が次々登場する。
●それにしても出世作となった「ミリアム」なんて恐ろしく切れ味が鋭い。都市に生活する老いた女性の孤独を、19歳の作家がこんなふうに書けるとは。歯軋りしたくなるほどの鮮やかさ。
●フランソワ・オゾン監督の映画「スイミング・プール」って、少なからずこの「ミリアム」に触発されてるんじゃないかなあ。
●「誕生日の子供たち」も背筋がぞっとするような傑作。最初と最後の一文で簡潔に主人公の少女がバスに轢き殺されたことを述べ、その間にノスタルジックなアメリカの田舎町の情景が生き生きと描写される。最初から少女は死ぬんだとわかっていて読みはじめたはずなのに、この子が死ぬとはどうしても思えなくなってくる。
●続いて「冷血」を読むつもりだが、ますます暗くなってしまいそうなので、間になにか挟まなければ。「もやしもん」とか?

August 7, 2009

「素顔のカラヤン」(眞鍋圭子著)

素顔のカラヤン―二十年後の再会●これは抜群のおもしろさ。「素顔のカラヤン ~ 二十年後の再会」(眞鍋圭子著/幻冬舎新書)。サントリーホール・エグゼクティブ・プロデューサーであり、かつてカラヤン来日時のコーディネイト兼秘書役を務めた著者が、巨匠との出会いから別れまでを回想するという一冊。時代としては1975年から89年まで。描かれるカラヤンの人物像や知られざるエピソードはたいへん魅力的である。でもそれだけではない。今とは違うかつての華やかな「業界」の姿だったりとか、人と人の縁がもたらす運命の味わい深さであるとか、新書一冊にいろいろな読みどころがつまっている。ベースとなっているのはカラヤンに対する深い敬慕の念。気持ちよく読める。
●現メトロポリタン・オペラ総裁のピーター・ゲルブが、コロンビア・アーティストの一員として出てくる場面があって、これが結構可笑しい。今はあんなに大物なのに、昔はこんなこと言ってたんだ、とか。
●あと、有名な来日公演での「振りまちがえ」事件。えーと、これは84年の大阪か。R・シュトラウスの「ドン・ファン」を振るはずなのに、カラヤンはゆっくりとした静かな曲を振ろうとしてオケが「???」になった。このときは他の日の公演曲の「ダフニスとクロエ」とまちがえたんじゃないかみたいなことが音楽雑誌に書かれていたのを憶えているんだけど、本当はチャイコフスキーの交響曲第5番だったという。降り番だったコンサートマスターのミシェル・シュヴァルベが、棒を見て断言した、と。で、なぜカラヤンがチャイコフスキーの5番と思い込んだのかという点についても書かれていて、これにはすごく納得してしまった。なんていうかな、思い込みの怖さっていうか、小さな誤りには気づくけどあまりに大胆な勘違いだとそのままスルーみたいな感じ。若い人でもありうる。

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