●もう昨年の本だけどようやく読んだ、「巡礼」(橋本治著/新潮社)。ゴミ屋敷に暮らす孤独な老人の物語。この迷惑きわまりないジジイを取材しようとやってきたワイドショーのレポーターと、あまりにもフツーのオバサンすぎる近所の主婦との会話で始まり、いったいゴミだらけの家に住んでる偏屈ジジイはどんなヤツなのかと思ったら、なんと、それはワタシのような人物だった、いつどこに住むどんな男であれなり得たであろう頭のおかしな老人。
●描かれているのはワタシの世代よりひとつ前の人々が見てきた昭和の光景なのに、どうしてこんなに既視感があるんだろか。昭和一桁世代の主人公が少年時代からたどってきた道筋は、「戦後」という新しい時代が世の中を激変させるのと重なる。そこで実家の荒物屋(ってわかる?)を継いで、時代の波に乗るでもなく黙々とまじめに生きてきた男が、なぜゴミ屋敷の主になってしまうのかというところになんの不思議も感じさせない。男はみんなこんなもん。この老人と、ごく当たり前の人生を送る弟の間にある違いは、「めぐりあわせ」だけ。ほんの少しの偶然とか小さな決断の違いでどれだけでも道が分岐しうるのは今だって同じだろう。
●第3章「巡礼」は美しすぎるファンタジー。天ぷら食べる場面が泣けるじゃないっすか。もしこれがオペラだったとする(なにその唐突な仮定)。すると、イジワルな演出家はこの第3幕で舞台の端っこにベッド(いや布団か)を置くんだろな。主人公はゴミ屋敷の中で横たわって独り意識混濁となり、最後に弟と巡礼する夢を見ていただけでした、みたいに。
Books: 2010年7月アーカイブ
「巡礼」(橋本治)
「もやしもん」9 (石川雅之著)
●買い忘れていた「もやしもん」9巻 (石川雅之著)をゲット。「こんなにやたら文字と理屈の多い農学部マンガがよくヒットしたよなあ」と感心するのであるが、今回はさらに強まって文字と理屈が多い。歓迎。これが原点というか。菌類たちも登場するし、お茶とか食糧自給率とか農薬とか漬物とかキノコとかテーマもおもしろいし、学園ドラマ的展開は薄味だし、相変わらず女性キャラは区別付かないしで、大変すばらしい。
●菌類はニンゲンのことを「ホモサピ」って呼ぶ(笑)。かわいい。
●第1巻で入学した主人公はこの9巻まで来てもまだ1年生の12月なんすよね。なんという密度の濃い学園生活なのだ……と思ったが、よく考えてみると研究室で起きること以外になにも起きてない学園生活ともいえる。なんかこの研究室の雰囲気とかいいんすよね、なにかと泊り込みになったりする感じとか。
「代替医療のトリック」(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著)
●今年読んだ中で、もっともインパクトがあった本がこの「代替医療のトリック」(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著/新潮社)。サイモン・シンによるサイエンス・ノンフィクションは、これまでにも当欄で「暗号解読」「フェルマーの最終定理」「宇宙創成」を紹介している。共通するのは「とても難解なことを扱っているはずなのに、信じられないほど読みやすく、しかも読書の楽しみに満ちあふれている」ということ。
●まず「代替医療」という言葉になじみがなかったのだが、これは「主流派の医師の大半が受け入れていない治療法」と定義されている。自然科学の観点からは、生物学的に効果があるとは考えにくいものということになる。例として、大きな章が割かれているものを挙げると、「鍼」「ホメオパシー」「カイロプラクティック」「ハーブ療法」。日本人としては、「鍼」のように広く一般社会に浸透し受け入れられているものと、「ホメオパシー」のような基本原理の部分で自然科学と対立するものが並べて論じられるところに抵抗を感じるかもしれない。しかし、あわててはいけない。この本は「代替医療はぜんぶインチキなんだから排除すべし」という先に結論ありきのものではない。事実、共著者のエツァート・エルンストは代替医療の施療と研究に従事し、この分野で学位を持つ当事者なのだ。
●じゃあ、どういうスタンスがとられているかというと、これは明快だ。それぞれの代替医療で治療のメカニズムがどうなっているかはさておき、現実に効果があるかどうかということを、信頼性の高い(つまり科学的、統計的に有意な)臨床試験の結果から判断しようというのが基本姿勢になっている。「鍼」がどう人体に作用するのかを解明するのは難しいが、本物の鍼を打った被験者とニセの鍼を打った被験者とを比較するテストを大規模に行い、「鍼」にプラセボ効果を上回る効用があるかどうかを確かめることなら可能だ、という考え方。さすがに著者自らがそのような大規模な試験を行なうのは無理だから、すでに行なわれている実験の結果を評価する形になっている。「ある治療が効果があるかどうか」というのは、インチキ統計の餌食になりやすいトピックスなので、著者は「盲検法と二重盲検法」といったような話題から説明し、こういった実験や統計は自然科学の手法ではどうあつかわれるべきものかという基礎からていねいに教えてくれる。
●詳細に論じられているのは先に挙げた4つの療法だが、それ以外にも付録の部分でリフレクソロジー、指圧、吸い玉療法、デトックス、アロマセラピー、ヒル療法、風水、酸素療法などが取り上げられ、その有効性や安全性について述べられている。
●で、結論はどうなのよ、結論だけ知りたいんすよ、と思われるかもしれないけど、それってワタシはネタバレだと思うから書きたくない(笑)。というか、予断を持って読むのは、この本のスタイルにはふさわしくない。それと、この種の話題には難しい要素があって、仮に「Aという代替医療には効果が認められない」といった結論が導かれたとすると、「いや、私は現にAのおかげで健やかでいられるのであって、そんなバカな話はない」という声が必ずあがる。また、Aの従事者当人にとっては到底受け入れられない話だろう。自分で読んだ上で、著者の記述に納得するなり穴を見つけるなりしないと、結論だけ聞いてもあまり意味がない。過程の部分をすっ飛ばして、自分の望む結論は肯定し、望まない結論は否定するというのなら、そもそもこんな書物は不要だ。それに単に「効くか効かないか」だけではなく、話は医療の歴史や、人はなぜ代替療法に惹かれるのか、そもそも真実は重要なのかといったテーマにまで及んでいて、この本の射程は案外遠い(ただその割に最後の結論はやや力強さに欠けるというか、決して万人には支持されないだろうと確信するが)。
●原題はTrick or Treatment? 。ハロウィンのTrick or Treat? をもじって。
「オシムの戦術」(千田善著)
●試合のない日は本を読めっ! で、「オシムの戦術」(千田善著/中央公論新社)だ。ああ、あのときオシムが病に倒れなかったら、いったいどのようなニッポン代表が誕生していたのであろうか、きっとワールドカップでも活躍してくれたにちがいない、ニッポンを舐め切った世界中のフットボール関係者を驚かせてくれたはずだ、それなのに、それなのに、ううっ(涙)……あれ? ニッポン、岡田監督で活躍してくれちゃったじゃないっすか! すげえ! オシムいないのにベスト16! オシム要らずなニッポン!
●いやいや、そういう話ではないんである。オシムがJリーグ時代も含めてどれだけニッポンのサッカー界に功績を残してくれたことか。どんな風に選手と接し、どんなトレーニングを行ない、なにを言い、なにを考えていたのか。この「オシムの戦術」を読んでると、単にニッポン代表が勝つか負けるかなんていうことはひとまずどうでもよくなって(よくないけど)、もっとサッカーそのものの奥深さや豊かさ、そして厳しさまでもが伝わってくるんである。著者はオシムの通訳だった千田善氏。選手よりも協会スタッフよりもだれよりもオシムを間近に見ることができた特別な立場、というのに加えて、千田氏はもともとフットボーラーなんすよね。サッカー歴40年以上で「サッカーマガジン」を創刊号から愛読しているというほどなんだから、並大抵じゃない。オシム本人が語る言葉とはまた別のおもしろさがある。
●オシムが倒れた後、リハビリに向かう姿勢もさすがというべきで心に残る。なんという強さ。あと、入院中にもお見舞いも兼ねて選手たちが移籍なんかの相談に来てたという話も印象的。オシムは親身になって応えてくれたというんだけど、本当に慕われてるんだなと思う。恩師なんすよね、いろんな選手の。そして日本のサッカー界の。