●「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」(羽根田治他著/山と渓谷社)を読んだ。2009年夏、北海道の旭岳からトムラウシ山へと無人小屋に泊まりながら縦走するツアー登山にて、18人の登山者のうち8人が死亡するという最悪の遭難事故が起きた。滑落したのではない。暴風雨のために体温を奪われ、登山者たちは次々と行動不能になり力尽きたのである。事故直後の報道には「防寒対策の違いが生死を分けた」といった話で事故原因をまとめていたものもあったそうだが、実際にはそう単純な話ではなかったようだ。著者は遭難事故の当事者たちに綿密に取材し、事故の原因と、遭難を防ぐチャンスは何度もあったのにそれができなかったのはなぜかということを明らかにしている。
●ツアー参加者が15人で、ガイドが3人。それぞれ仮名ながらプロフィールと証言が盛り込まれており、生死を賭けたドキュメントとして壮絶な迫力がある。山好きな知らないもの同士がツアーで集まって登山を楽しもうとしたはずが、こうなった。同行者が行動不能になり、助け合ったり、置き去りにせざるをえなくなったり、「私まだ死にたくない」と叫んだりする。一方で先行していたがゆえに誰の死にも立ち会わず無事に下山し、遭難したという実感を持たなかった者もいる。一つの事故が人によりまったく違って見えていたのだ。遭難中、ある参加者がガイドに向かって「このやろー、こんなことやらかして。この責任をどうしてくれるんだ」と怒鳴る場面があった。ガイドの責任は確かに重いのだが、この場面を読んで、なぜか通勤電車が遅れて駅員を恫喝するビジネスマンの姿を連想した。
●夏山とはいっても、みんなちゃんと防寒対策はしっかりしてたんすよ。ただ、立ってられないほどの強風だと、ザックに防寒着があってもそれを取り出して着ることなんてできない。さらに平常の思考が不可能になる。行動食を摂るとか携帯電話を活用するとか、後から考えればああすればよかったということが、その場では思いつきもしなかったりする。十分想像できる。恐ろしい。
●本書にはあまり強調されていないことなんだけど、ワタシがいちばん驚いたのは参加者の年齢かな。参加者はほとんどが60代で、女性のほうが多い。登山暦十年以上の経験豊富な68歳や69歳の女性というのは、人並みはずれた体力を有するものなのだろうか。ガイドは3名で、61歳、38歳、32歳の男性。61歳のガイドの方は亡くなり、38歳のガイドは意識を失って倒れたが無事救助された。本書後半の運動生理学の専門家によれば、この登山で必要になる体力は「10~15キロのザックを背負って、3日連続で毎日8~9時間歩く」レベルだというのだが、だとするとワタシには20代の頃でも厳しいし(非常にゆっくり歩くという前提であるにせよ)、現在なら絶対にムリ。鍛えていないので、体力は容赦なく年々落ちており、今後その勢いは加速する。ワタシには知りえない世界である、はず。
Books: 2010年11月アーカイブ
November 19, 2010