●文庫に落ちたのを機に読んでみた、J.G.バラードの「殺す」(創元SF文庫)。長篇というよりはやや長めの中篇くらい。ロンドン郊外の高級住宅地の一角で32人の大人全員が殺され、13人の子供が消えたという物語で、もちろんミステリではなく、バラードお得意のテーマがここでも繰り返される。裕福な成功者たちは安全を求めて自らすすんで都市の中で孤絶し、そこはある種の狂気の温床となる……。
●でもこれ、鬼才バラードとしてはほとんど失敗作じゃないかな。これ以前に「ハイ・ライズ」で、これ以後には「コカイン・ナイト」で同種のテーマではるかにすぐれた作品を書いている。この「殺す」の薄さは物語的な短さゆえに薄くなったのではなく、テーマを長篇に膨らませる際に必要な書くための体力みたいなものが一時的に減退していたんじゃないかって気がする。肉付けが足りず梗概を読まされているような気になるところも。しかしじゃあつまらないかというと、そんなことはなくて、J.G.バラードならではの暗鬱な読書の楽しみは確保されている。
●バラードはこれの前作「奇跡の大河」が大傑作だった。アフリカの奥地で医師が自ら作り出した川を源流へと遡りながら、川を「殺そう」とする話。と書いて気づいたんだが、ワタシは川を旅する話に弱い。バルガス=リョサの「緑の家」も川小説だし、フィリップ・ホセ・ファーマーの「果てしなき河よ我を誘え」のリバーワールド・シリーズもそう。映画「地獄の黙示録」が好きなのも、川を旅するから。海より川にロマンを感じる。知らない街に流れ着くみたいなところが。
Books: 2011年9月アーカイブ
September 15, 2011