●日頃、野球をまったく見ないのだが、日本を飛び出てメジャー・リーグでプレイする選手のなかには何人か気になる選手がいて、伊良部はその一人だった。結末が救いのない悲劇であることは承知の通りで、そこは目を背けたくなる部分であるが、それ以上に伊良部の人物像や歩んできた道のりを知りたくなって、一気に読んでしまった、「球童 伊良部秀輝伝」(田崎健太著/講談社)。綿密な取材をもとに描かれる伊良部秀輝の姿には迫力がある。豪胆さの裏に弱さがあるというのは伊良部に限った話ではないだろうが、周囲との軋轢を起こさずにはいられないアウトサイダーぶりや、投球術に対する研究熱心さ、活躍するようになってから本人が名乗り出てきたアメリカ人実父との関係、引退後に抱えていた虚無感など、この偉才の人物像を様々な角度から描き出す。
●伊良部ってスゴいボールを投げたから興味をひくんじゃないんすよね。だれにも投げられないようなスゴいボールを投げたにもかかわらずよく打たれたから興味をひくんだと思う。ピッチングの凄味と、通算106勝104敗という黒星の多さのギャップというか。
●特にプロ入り前の話にいくつも印象的なエピソードがあるんだけど、ロッテのスカウトがドラフト会議で伊良部を指名した直後に尽誠学園を訪れた際、学校関係者から呼び止められて、「伊良部がなにか悪いことをしたときには怒り方があるんです」と打ち明けられた話がおもしろい。「強く出ると跳ね返ってくるから、叱るときは横を向いて、目を合わせずに穏やかに話してほしい。目を見て強く出ると必ず反発するので」といったアドバイスをもらったというのだが、どんだけ扱いの難しい高校生なのかと思う(まるで猛獣を相手にするかのよう)。スカウトは一応「注意事項」としてこの内容を球団に報告する。
●で、入団後にチームが川崎大師で必勝祈願をするというときに、姿を見せなかった伊良部に対して、球団職員がきびしく叱責した。すると伊良部は反発して、辞めると捨て台詞を残して消えてしまった。スカウトは伊良部の叱り方について書類を出してるのにと怒るが、職員のほうは人員が入れ替わっててそんな書類は知らないよという。なんというか、共感も呼ぶ一方で、シニカルな笑いも誘う。そして、カルロス・クライバーのことをふと思い出したりもする。
●ロッテ時代の伊良部が牛島に教えを乞う話も相当いい。
Books: 2014年7月アーカイブ
July 20, 2014