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Books: 2015年9月アーカイブ

September 30, 2015

モウリーニョ本、二冊

●モウリーニョ監督に魅了される理由はふたつあると思う。ひとつはあり得ないほど好成績を収めている名監督だから。ほとんど毎年のようにタイトルを獲っており、三大リーグのすべてで優勝している。もうひとつは、傲岸だから。自らを「スペシャル・ワン」と呼び、メディアの前で歯に衣着せぬ物言いを連発する。売られたケンカは必ず買うタイプ。
●で、昨季プレミアリーグを制覇したモウリーニョ率いるチェルシーだが、今季はスタートからつまずいて、低迷している。どうしちゃったんすかね、昨季以上の戦力は保持しているはずなんだけど。
●というわけで、モウリーニョよもやの低迷記念に(?)、モウリーニョ本を二冊読んでみた。まずは、レアル・マドリッド時代のモウリーニョに対して辛辣な姿勢で書かれた「モウリーニョ vs レアル・マドリー『三年戦争』 明かされなかったロッカールームの証言」(ディエゴ・トーレス著/ソル・メディア)。ずばり、傑作。amazonでのレビューの点数がやたら低いんだが、これは反モウリーニョの悪口本でもあるからしょうがない。副題通り、ロッカールームでしかわからないはずの内幕が山ほど書かれていて、書いている記者が反モウリーニョ派の選手と通じているのか(っていうかそれはカシージャスだろうって感じだが)、勝手な想像で書いているかのどちらかだが、書き手の筆力は大したもので、権力闘争の物語としてほとんど痛快。特に興味深いと思ったのは、著者がモウリーニョの7つの原則として挙げた以下の項目。

1. ミスを犯した回数の少ないチームが勝つ。
2. 相手により多くのミスをさせるほうが有利。
3. アウェイでは相手のミスを誘う戦い方が有利。
4. ボールを持っているほうがミスを犯す可能性が高い。
5. ポゼッションを放棄するほうがミスを犯す可能性が低い。
6. ボールを持つことで恐怖も抱く。
7. ボールを持たないほうが持ったほうよりも強い。

●「ボールは友達!」の名言を残したキャプテン翼が泣いて悔しがる内容だ。これがモウリーニョ本来のスタイルかどうかはさておいて、ここに書かれている事柄、ポゼッションよりもカウンター(特にハイプレスからショートカウンター)の優位を痛感させられることはすごくよくある。もちろん対戦相手の個の能力が低い場合には、レアルだろうがどこだろうがポゼッションは自然と高くなるが、上記は同格かそれ以上の能力を持った選手を有するチームと戦うときに適用される原則という話。ここには、モウリーニョ時代のレアルはカウンターの鋭さで勝ったのだ、つまりその程度のものだよという著者のスペイン的な?価値観が反映されている。
●もう一冊は少し古いがイタリア時代のモウリーニョを追いかけた「モウリーニョの流儀」(片野道郎著/河出書房新社)。こちらはイタリアに長く滞在する著者によるもので、フェアな視点からモウリーニョの人物像とサッカーのスタイルの両方に迫っている。前著を読んだ後にこちらを手にすると、インテルミラノにやってきてまもないモウリーニョが4-3-3の攻撃的なサッカーを標榜していたことに軽い驚きを感じる(そして、そこから徐々にイタリアらしいリアリスティックなサッカーへと軌道修正していく)。この本では記者会見でのモウリーニョの発言が丹念に拾われているのだが、ケンカ腰のようであっても、中身は至極もっともなことだったりもする。特にいいなと思ったのは、記者たちから4-3-3システムが批判された際の言葉。

「あなたたちはいつもシステムについて話をしたがる。しかし、私の仕事はシステムではなくプレー原則をチームに徹底することだ。システムは変わり得るが、プレー原則は常に変わらない」
「ゾーンで守るかマンツーマンで守るか、高いブロックで守るか低いブロックで守るか、ポジションチェンジを許容するかしないか、縦に奥行きのある陣形で戦うか横幅のある陣形で戦うか、ロングパスとショートパスのどちらで攻撃を組み立てるか──。これらがプレー原則だ」

●むしろ親切といってもいいくらい。記者だって4-3-3か4-2-2か4-2-1-3かみたいなシステム論にほとんど意味がないことは承知しているんだろうけど、わかりやすいネタ、試合を見ていない人にも通じやすいネタとして、取りあげずにはいられないのかも。

September 21, 2015

「どんがらがん」(アヴラム・デイヴィッドスン著、殊能将之編、河出文庫)

どんがらがん (河出文庫)●先日「殊能将之 読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow」を読んだ勢いで、殊能将之編によるアヴラム・デイヴィッドスンの短編集「どんがらがん」を読んだ。いつのまにか文庫化されていたんすね。文庫版には編者のサイトに掲載されていたセルフインタビューも特別収録されていてうれしい。
●帯の惹句が「夭折の天才作家殊能将之が心から愛した唯一無二の奇想作家アヴラム・デイヴィッドスン傑作選!」。宣伝文としてはこれくらいの言い方はぜんぜんオッケーだろう。日本で人気があるとは到底いえないアヴラム・デイヴィッドスンの短篇を原文で100篇以上も読んで、そこから厳選して一冊の短編集を編んだのだから、並大抵の情熱ではない。「そんな作家の名前、聞いたことないなあ」という人に向けては、「世界幻想文学大賞」と「ヒューゴー賞」と「MWA賞」(アメリカ探偵作家クラブ賞)を全部ひとりで受賞している人というのが最大の売り文句になる。ファンタジー、SF、ミステリー、すべてで受賞した三冠王。
●で、今さらながら読んだわけだが、正直アヴラム・デイヴィッドスンがそんなにおもしろいかと問われると、そこまででもない(ゴメン!)。いや、おもしろいし、読む価値はあるんだけど。今回の一冊のなかでは、表題作は以前に「追憶売ります」に収録されていたのを読んでいるはずだし(読んだのは四半世紀くらい前だから中身はすっかり忘れてた)、ほかに2作品くらいは記憶の片隅にひっかかっていた。「殊能将之 読書日記」の巻末に各短篇の考課表が付いていたじゃないっすか。あの殊能評と自分の感想を比較できるのが楽しみで読んだ(笑)。こういう機会はなかなかあるもんじゃない。
●まず、自分にとってのベスト作品を挙げてみよう。表題作「どんがらがん」は、トリをつとめるだけあって、力が入っているし、よく書けている。どうしてこんな話を思いつくんだろう。続きも読みたくなる(実際にある)。でもベストというよりは、2番手、3番手か。むしろ小ぢんまりした話のほうが好きかな。その点では「グーバーども」がベストか。「ゴーレム」は完成度は高いが、どことなく古びた感も。「物は証言できない」は好きなタイプの人情話だが、やや話が小さくまとまりすぎている。「眺めのいい静かな部屋」は文句なしの傑作。毒気もあり、これがベストでもおかしくない。「ラホール駐屯地での出来事」もかなりいい。あ、こうして挙げてみると、けっこう傑作率は高いのか。
●で、殊能考課表を見てみる。A評価は「ゴーレム」「ナイルの源流」「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」「どんがらがん」「すべての根っこに宿る力」「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」「ナポリ」といったところ。ワタシのお気に入りの「グーバーども」「眺めのいい静かな部屋」はB+かあ……。「ナポリ」はぜんぜんピンと来ない(しかしこれが世界幻想文学大賞受賞作だ)。うーむ、やっぱり趣味が違うなあとも言えるし、その割には似たような評価になるとも言える。って、どっちなんだ。
●ひとつメモ。「ナイルの水源」のなかの一節。

その年の短編小説のマーケットは、王宮の白い壁にメネ、メネ、という文字が現れたように崩壊を予言され、雑誌がバタバタと潰れていたから(以下略)

これはウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」にも出てくる、饗宴の最中に突然人の手の指が現れて壁に「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」と書いて、王はバビロン中の知者たちを集めるがだれも読めず、しかしユダの捕虜ダニエルが「あんたの国は終わりだよ」(←超大意)といって、破滅が訪れるというあれだ。なかなかこれだけじゃ大抵の日本人はわからないと思うけど、今の世の中はググればすぐ調べがつくわけで、あえて訳注などは添えられていない。

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