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Books: 2017年7月アーカイブ

July 31, 2017

さらなる早寝早起き化へ

●先日、5年に1度発表されるNHK放送文化研究所の「2015年国民生活時間調査報告書」(PDF)を見て、日本人の早朝化がますます進んでいるということを知った。以前、2010年の発表を見て人々の早起き化に驚いて話題にしたことがあるが(平日夜の19時開演)、それに続く5年後の調査を見ると、さらにみんな早起きするようになっていたんである。というと、「高齢化が進んだ分、引退した老人たちが早起きしているだけでは?」と思われるかもしれないが、そうともいえない。というのも、有職者たちが早朝にシフトしているから。そして「有職者の仕事時間はこの15年間変わらない」「早寝も増加」ということなので、トレンドとしては早起きして早くから働いて、早めに仕事を終えて早めに寝るようになった、ということになる。
●15分ごとの行為者率で見ると、平日に国民全体で半数以上が起きるのは6時15分。一方、平日に半数以上が寝るのは23時(p.48)。これは全年齢で見た場合で、年配の人はさらに早寝早起きになっている。夜の遅い業界で働く人には信じがたい結果かもしれないが、今や早寝早起き化はここまで進んでいる。
●というレポートを見た後で、たまたま手にした「朝型勤務がダメな理由」(三島和夫著/日経ナショナル ジオグラフィック社)を読んだ。著者は睡眠障害の研究者で、国立精神・神経医療研究センター研究所部長。書名からして夜型人間を励ましてくれるようなところがあるが、勤務時間を朝にシフトさせることは心身両面に負担をかけることになるのであり、またサマータイムには合理性がないと一刀両断してくれいて気持ちがよい。一方でさらに進む早起き化。なぜ、みんな早寝早起き化しているのか、そしてこのトレンドはどこまで続くのかが気になるところ。
●ちなみに、この本は睡眠にまつわるいろんな疑問に答えてくれる良書である。たとえば、年を取るに伴って、眠りが浅くなったり短くなったりするといわれるが、じゃあどれくらい加齢とともに変化するのか、これを定量化して述べてくれているのがうれしい。たとえばこんな感じ(いずれも成人後の変化)。

睡眠時間は10年ごとに10分ずつ短縮する。
夜間の中途覚醒時間は10年ごとに10分ずつ増加する。
睡眠時間に占める深い睡眠の割合は10年ごとに2%ほど減少する。

とまあ、明快だ。ほかにも不眠症の人は自分が知覚しているより実際にはずっと眠っているという話や、個人の睡眠時間を決める遺伝的影響とか(そんなものを調査する方法があるとは!)、睡眠薬のプラセボ効果の大きさなど、実におもしろい。オススメ。

July 25, 2017

「血を繋げる。 勝利の本質を知る、アントラーズの真髄」(鈴木満著/幻冬舎)

●ぐうの音も出ない。なぜ鹿島アントラーズはあんなに強いのかと、他チームのファンがずっと訝しんでいた、その答えがここに。「血を繋げる。 勝利の本質を知る、アントラーズの真髄」(鈴木満著/幻冬舎)。著者はアントラーズの強化部長、実質的にGMというべきポジションで、住友金属工業時代からの生え抜き。Jリーグがプロ化してジーコがやってきた草創期からずっとチームを育て上げてきた人物なんである。鹿島って、Jリーグで唯一ずっとタイトルを獲り続けているじゃないすか。選手の世代交代が異様に上手い。若い有望な選手がきちんと育つ。監督が代わっても「勝者のメンタリティ」を失わない。いったんチームが弱くなって沈んでも、またすぐに優勝争いをするチームに戻る。どうしてそんなになんでもうまくいくのか。ウチのダメダメなチームが予算を浪費している間に、鹿島はいつもタイトルを争っている。
●で、この本を読んで痛感したのは、組織って人と人の結びつきなんだなということ。鹿島は(というか著者は)すごく人を大切にしている。選手を切るときにもできる限り移籍先を探してあげるとか、引退後のキャリアのことまで親身になって考えるとか、監督をころころ代えないとか。戦力外になった選手をポンと放り出さずに、移籍先を探してあげて「あのクラブが欲しがっている」と告げる形に持っていこうとするなんて、なんという親心。選手の親御さんや先生にはスカウトが「うちでは出番がないので、今、移籍先を探しています」と伝える。こういうチームの姿勢が伝わるから、若い有望選手が来てくれるんだろう。すでにほかのクラブに移籍してしまった選手であっても、鹿島のクラブハウスを訪れた際には温かく迎えるという文化にも驚き。まさに「鹿島ファミリー」。極めつけは、「解任した監督にも愛される」(トニーニョ・セレーゾのこと)。辞めた人にも鹿島愛がある。強化部長といえば人を切る仕事でもあるわけだけど、それでいてここまで人望があるとは。
●「人を取るまでが3割、取ってからが7割」「派閥を作らない」「立場の弱い選手に気を配る」など、金言というか、他チームのファンにとっては耳が痛いというか。うらやましすぎる。あまりに悔しいので、なにか負け惜しみをひとつでも言うとしたら、「この人が引退したら鹿島はどうなるの?」くらいのものか。

July 7, 2017

「スペース・オペラ」(ジャック・ヴァンス著/国書刊行会)

●ジャック・ヴァンス著の「スペース・オペラ」(国書刊行会)を読了。以前に当欄でご紹介した「宇宙探偵マグナス・リドルフ」「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」と並ぶジャック・ヴァンス・トレジャリー全3巻が完結。今回は音楽ネタ、しかもオペラ・ネタとあって、かつてないほど本サイト読者向きの内容。荒唐無稽なホラ話テイストの異世界冒険譚を楽しめる方はぜひ。
●で、これはホントにスペース・オペラ、すなわち宇宙歌劇団の話なんすよ。大宇宙を舞台としたオペラハウスの引っ越し公演の物語。オペラ界の有力パトロンであるお金持ちのマダムが地球の芸術を宇宙に知らしめようと思い立って、歌手や指揮者、オーケストラを集めて宇宙歌劇団を結成する。で、文化背景のまったく異なる異星の知的種族たちを訪れて、ワーグナーとかモーツァルトとかロッシーニとか、人類が誇るオペラの名作を上演してみせる。はたして音楽芸術は種を越えて感動を呼び起こすのだろうか……?
●もちろん、そこに待っているのはヴァンスらしいイジワルな展開だ。お金持ちのマダムの期待は次々と裏切られるに決まっている。最初に訪れたのは惑星シリウス。マダムは4本腕と4本脚に頭2つを持つ知的種族ビザントール人を相手にどのオペラを上演しようかと迷う。で、ビザントール人は地下のあなぐらを住居としていることから、彼らになじみやすいようにとベートーヴェンの「フィデリオ」を選ぶ。だって、地下牢の場面がたくさんあるから! 笑。また、音楽的能力が高度に発達したある種族の前では、「セビリアの理髪師」を上演するも不評を買い、続けさまに「トリスタンとイゾルデ」を上演するが和声進行が単調だと批判され、ならば最後の手段とばかりにへろへろになりながら「ヴォツェック」を上演する……。
●ヴァンス本人はジャズの人で、コルネットやウクレレを演奏するそうで、劇場に通うようなオペラ通には思えないんだけど、作品の選択とかちゃんとわかっている感じ。他人に取材しただけでこんなふうに書けるだろうか。 あと、この宇宙歌劇団にはひとり異星の文化に通じた音楽学者が随行してアドバイザーを務めているんだけど、彼が旅に出る前に講釈をする。全音階はたまたま人類が見つけて使っているものじゃなくて、普遍性のある体系なんだ、なぜなら振動数の比率が2対1でオクターブができて、3対2で五度ができて、その五度の関係を積みあげていくとうんぬんかんぬんで、ほら全音階が必然的にできる、地球以外の知的生命体もドレミファソラシドを発見して不思議は何もないんだよ、みたいなことを話す場面があるんすよ。これはわかる。自分も似たようなことを考えることがあるんだけど、振動数の比率から生じる協和・不協和という概念は人類固有のはずはないだろうし、全音階までは行かなくても五音音階だったらどんな種族でも必然的に見つけてしまいそうな気がする。だから可聴域は違うだろうけど、異星人の使う音階はそんなに人類と基本原理は変わらないんじゃないかな……みたいなことなんだけど、これを登場人物に語らせるとは。ヴァンスは専業作家になるまでに船員だの鉱夫だのいろんな職業を転々としてたそうだけど、根はインテリって感じがする。
●で、本書には表題作「スペース・オペラ」以外に中短篇4作が収められていて、実はこれが表題作以上におもしろい。特に「海への贈り物」と「エルンの海」。この卓越した異世界描写はヴァンスならでは。

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