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Books: 2018年10月アーカイブ

October 31, 2018

「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」(かげはら史帆著/柏書房)

●「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」(かげはら史帆著/柏書房)を読む。これは必読! ベートーヴェン晩年の秘書であり、悪名高い「ベートーヴェン伝」の著者でもあるアントン・シンドラーを主役とした歴史ノンフィクション。帯のキャッチに「19世紀のポスト・トゥルース」「運命はつくれる」とあるのがふるっている。シンドラーといえば、「運命」冒頭についての「運命はこのように扉を叩く」という有名な解釈をはじめとして、数々の捏造(たぶん)で知られているわけだが、物事をシンドラー側から描くとこんなふうに見えてくるのかという、抜群のおもしろさ。シンドラーの立ち位置は、ベートーヴェンを心より崇拝し、あるべき楽聖の姿をプロデュースするために捏造の罪を犯さなければならなかった男といったところ。
●鍵となるのはベートーヴェンの会話帳。聴力を失ったベートーヴェンが日常のコミュニケーションを会話帳への筆談によって行っていたというのはよく知られているが、この会話帳ってベートーヴェンの会話相手が書き込むものであって、ベートーヴェン本人は書く必要がないんすよね。だって、聞こえなくても、しゃべれるんだから。これって、みんな知ってた? だから膨大な会話帳が残されているといっても、残ってるのは会話の片側だけ。ベートーヴェンに対する質問は残っていても、その答えは残っていないわけだ。で、シンドラーはベートーヴェンの死後、いち早く会話帳に目を付けて、あろうことかそこに自分の都合のよい発言を書き加えた。この捏造のアイディアは悪質だけど、秀逸と言わざるをえない。会話相手の記録が残らない一方通行の記録だからこそ、自分の発言だけを書き足して、歴史をコントロールできる。そうやってシンドラーが自身の望むベートーヴェン像を築きあげていく様子が、史実をもとにスリリングに描かれている。
●この本は著者の修士論文をもとに一般書の形に書き直したものということなんだけど、論文を出発点にしながら、これだけ楽しく読める一般書になっているという点にひたすら感服。なかなかこうはいかない。先へ先へとページをめくりたくなるような読書の楽しみが約束されている。

October 19, 2018

「戦時の音楽」(レベッカ・マカーイ著/新潮社)

●レベッカ・マカーイの短篇集「戦時の音楽」(新潮社)を読む。ぜんぶで17篇が収められており、基本的にそれぞれ独立した内容ながら、戦争によって翻弄される人々と音楽家たちが共通するテーマになっている。一篇ずつ時間をかけて読んだが、どれもすごく巧緻で、味わい深い。特に印象に残ったのは、冒頭の「これ以上ひどい思い」。ルーマニア出身で戦禍を逃れて生き延びた9本指の老ヴァイオリニストを、その弟子の息子でアメリカに生まれた少年の視点で描く。少年の自意識と、周囲の大人が見る少年像の微妙な行き違いがとてもいい。やるせないユーモアも特徴で、特に「ブリーフケース」は秀逸。理不尽に政治犯として捕らえられたシェフが、行進する囚人の列から逃げおおせる。すると、囚人の数がひとり減っていることに気づいた兵士たちは、通りかかりの大学教授を捕まえて、問答無用でコートやシャツをはぎ取って囚人の列に加えて去ってしまう。残されたシェフは、教授のコートやブリーフケースを手にして、その日から教授になりすまして偽りの人生を生きる。奇想天外なんだけど、ある種の真実味が含まれている。
●著者は1978年、アメリカ生まれ。父がハンガリー動乱でアメリカに亡命したハンガリー人言語学者、祖母はハンガリーで著名な女優、小説家だったそう。この短篇集を読むと、まるで著者本人が父母や祖父母の代の東欧を生き抜いてきたかのような印象を受ける。
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●ONTOMOの10月特集「ハロウィン」に、「ハロウィンに聴く! オペラに登場する怖い魔女トップ3」を寄稿。よろしければ、どぞ。

October 12, 2018

ベートーヴェンの「第十」

●リチャード・クルーガーという人が書いた小説 Beethoven's Tenth (ベートーヴェンの「第十」)が話題を呼んでいるようだ。著者はピューリツァー賞も取っているノン・フィクションで知られる人だが、これは純然たるフィクション。ベートーヴェンの交響曲第10番が発見されるという設定で、曲のタイトルは劇的交響曲「ウィリアム・テル」。作曲は1814年。ウィリアム・テルというとロッシーニを連想してしまうが、設定上これはそれより前の話で、「第九」の「歓喜の歌」とのシラーつながりという着想のよう。レナード・スラットキンらが推薦文を寄せている。ぜひ読んでみたいので、どこかの出版社で邦訳を刊行してほしい!
●ちなみに「もしもベートーヴェンが交響曲第10番を書いていたら……」という小説は、これまでにもある。当欄ではずいぶん前にトマス・ハウザー著の「死のシンフォニー」というミステリーを紹介している。これも幻の「第十」を巡る話だったと思うのだが……どんなオチだったっけ?(すっかり忘れてる)

October 10, 2018

「アフリカのことわざ」(東邦出版)

●これは好企画。「アフリカのことわざ」(東邦出版)。書名の通り、アフリカのことわざをイラストを添えて紹介するという一冊で、含蓄のある一言から今ひとつピンとこないけどアフリカ感だけは満載の一言まで、実に味わい深い。
●で、本書から「ザ・ベスト・オブ・アフリカのことわざ」を選ぶとするなら、ずばり、これ。首がもげそうなくらいにうんうんとうなずく人も多いのでは。

ラクダは重い荷物には耐えられるが、縛り方の悪いロープには耐えられない(ソマリア)

●働くことに関する真実すぎる真実。そうなんだよなー。たいていの人は仕事そのものの大変さというのは、そこそこは受け入れられるものなんだけど、本質業務から外れた部分の負荷、たとえば段取りが悪くて余計な苦労を背負うことになったりとか、簡単にできるはずのことを不合理なやり方でするように求められたりとかすると、光の速さで音を上げる。ソマリアのラクダに言いたい。日本のニンゲンたちも同じ気持ちだと。同志よ!(ひしっ)
●ほかにも印象深いことわざがいくつもある。「あなたの怒りがどれほど熱くても、ヤムイモは調理できない」(ナイジェリア)。身につまされるタイプの教え。どんな味か知らないけど、ヤムイモって言葉の響きがいい。「シマウマを追っても必ず捕まえられるわけではないけれど、捕まえた者は追っていた者」(アフリカ南部)。当たり前だって? いやいや、実際のところ、わかっていてもみんな追えないわけじゃん、シマウマを。シマウマ、捕まってくれそうにないわけだし。でも捕まえる人をたまに見かける。
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●お知らせ。ONTOMO連載「耳たぶで冷やせ」Vol.7は、「オペラになったレムのSF小説『ソラリス』を、藤倉大×沼野充義の対談から読み解く」。先日、東京芸術劇場で行われたおふたりの対談レポート。

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