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Books: 2019年10月アーカイブ

October 31, 2019

十二国記「白銀の墟 玄の月」第1巻&第2巻 (小野不由美著/新潮社)

●どうやら待っていてもKindle版は出ないようなので、待つのは止めて物理書籍で読んだ、待望の「十二国記」シリーズ新刊「白銀の墟 玄の月」第1巻&第2巻(小野不由美著)。いや、待望の、とは言ってみたものの、なにせ18年ぶりの新作なので、もはや待っていた感すらない。で、出たと思ったら原稿枚数2500枚超の大作。まずは全4巻中の第1巻と第2巻が発売された。
●「十二国記」がどんな話かを一言で説明するならば、中華風異世界ファンタジー。多くのファンタジーの舞台が中世ヨーロッパ風に設定されるのに対し、「十二国記」の舞台は中華異世界。神仙や妖魔がいて、王がいて、民がいる封建社会。おもしろいのは十二国の世界から見た別世界として、ワタシたちがいる現代日本が存在していて、まれに一種の天災として十二国世界と現代日本の間で人が流されることがあるという設定。シリーズのスタートは1991年。当初は講談社X文庫ホワイトハートから発刊されていて、ティーンエイジャーの女子が読者対象だったはずだが(そしてなぜかワタシはその頃から読んでいるのだがっ!)、やがて大人向けのレーベルに移り、出版社も変わった。でも本質的にはティーンが読めるファンタジーにちがいなく、いろんな過酷な出来事などがあっても一切生々しい描写はなく、真に迫った苦悩なども描かれないので、身構えることなく心地よく読める。そこがいい。そして、読んでいていつもどこか後ろめたい気持ちになるのは、講談社X文庫ホワイトハート時代から同じ(自分なんかが読んでいていいのかな……的な)。やっぱり「十二国記」はそうでなくては。
●そんなわけで、この「白銀の墟 玄の月」でも期待通りの「十二国記」ワールドがくりひろげられていて、すっかり寝不足になってしまった。ただし、話の展開はすごく遅い。どんどんと伏線が張られていくけど、一向に回収されない。もう少し大きく話が動くものと思っていたけど、まさかあれがああしてこうしてこうなるとは(←禁ネタバレ)。どう考えても第3巻と第4巻で驚天動地の展開が待ち構えているはず。早く続きを読みたい。

October 28, 2019

アガサ・クリスティ「春にして君を離れ」

●少し前にAERA dotの連載「鴻上尚史のほがらか人生相談」で、アガサ・クリスティの「春にして君を離れ」(ハヤカワ文庫)に触れられていた。これをきっかけに本がどっと売れたらしい。自分もつられて読んでしまったわけだが……なにこれ! おもしろい。ミステリではなく、まったくの普通小説。同じオリエント急行を舞台とした小説でも、殺人事件のほうとは違って、今日的な話なんである。
●主人公は裕福な女性で、理想の家庭を築きあげたことに満足している。娘の見舞いでバクダッドを訪れ、イギリスに帰る途中で友人にばったり出会ったことをきっかけに、身の回りの人々についてあれこれと思いを巡らせる。文体は三人称だが、ほとんどの場面が主人公視点で書かれている。夫、子供たち、友人について、ああいうところがよくない、考えが足りないと、ずいぶん手厳しい。みんな困った人たちばかり、でも自分はしっかり者。おかげで万事うまくいっている。だから、みんなから尊敬され、愛されている……。
●が、読み進めるうちに、どうやら主人公の現実解釈はひどく歪んだものではないかという疑いがわいてくる。つまり、一種の叙述トリックみたいな手法なんである。ひょっとして、この人はなんでも自分に都合よく解釈しているばかりで、むしろ周囲の人たちのほうこそ、思いやりがあり、賢いのではないか……。あー、いるいる、こういう人。
●クリスティの人間観察は鋭く、辛辣であるがゆえに痛快だ。でも、この話、最後はどうやって着地させるんだろう。このままだと最後は嫌なオバサンの話で終わってしまうのでは。しかし、クリスティが用意した結末は「これしかない」という納得のゆくもの。最後まで読むと、また一段と感心する。人を嘲笑うだけの話になっていないし、主人公に共感すら覚える。秀逸。

October 3, 2019

「なめらかな世界と、その敵」(伴名練 著/早川書房)

●最近読んだ小説のなかで、ずば抜けて強烈な印象を残したのが「なめらかな世界と、その敵」(伴名練 著/早川書房)。表紙絵がこんな感じなので書店では手に取りづらいが、全6篇からなる恐るべき短篇集。完全にSFというジャンル小説にとどまりながら、これほど新しく、今を描いた小説はないんじゃないか。
●秀逸なのは世界設定。表題作「なめらかな世界と、その敵」では、まず女子高生のなんでもないスクールライフが描かれるのだが、少し読み進めると、この世界ではだれでも自由意志によって並行宇宙を渡り歩くことができるとわかってくる。つまり、都合の良い現実を選択できる万能の人生を送っている。ところが、そんな世界で並行宇宙を移動する能力を失ってしまった人、たったひとつの現実を生きなければならない登場人物が出てくる。彼らを指して呼ぶには「乗覚障害」。この言葉にくらっと来る。ひとつの現実を生きる人間を障害とみなす世界観。そして、その舞台設定が正しく青春小説に結実していることに驚嘆する。
●「シンギュラリティ・ソヴィエト」は歴史改変小説。アメリカがアポロ計画に取り組んでいる頃に、ソ連が先んじてAIを開発していたら、という舞台設定。「ひかりより速く、ゆるやかに」で描かれるのは、走行中の新幹線が突然「低速化」するという事故で、車両内では時間の流れが2600万分の1の速度に低下する。新幹線内の修学旅行生たちは結晶化した時間のなかに取り残され、旅行を欠席した主人公の現実と切り離されてしまう。これも青春小説。巧緻。

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