●こんな本が出ていることに気づかずに、やっと読んだ、「1%の成功をつかむ、99%の準備力」(霜田正浩著/朝日新聞出版)。書名が完全にビジネス書のノリだし、著者名が目立たなくて、代わりに帯のカズばかりが目に入るという今どきの作りなのだが、著者はレノファ山口の霜田正浩監督。というか、日本代表のサッカー協会技術委員長としてザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチという3人の監督を招聘した人といったほうが通りがいいかもしれない。FC東京やJEF市原・千葉のコーチを務めた後、日本サッカー協会入りし、その後、ベルギーのシント=トロイデンVVのコーチを経て、2018年にレノファ山口の監督に就任した。
●中身もビジネスパーソン向けになっていて、一言でいえば「何事も準備が大事」という話をくりかえしている。サッカー・ファンとしてはせっかくこれだけ稀有な体験を重ねてきた人なんだから、もっとサッカーの話に特化してくれよと思わなくもないのだが、それでも貴重な話がいくつもある。やはりおもしろいのは代表監督との交渉の大変さ。ファンが想像するよりもずっと多くの候補者と会っているし、交渉の難しさやプレッシャーの厳しさも伝わってくる。ザッケローニのとき、なかなか監督が決まらなかったが、焦りもあってもっと簡単に契約できる人で妥協したくなったのをぐっとこらえたという話が出てくる。だれのことなんだろう。あと、今だから言える話として、ザッケローニの前にペジェグリーニと交渉していたが、年俸の要求が高すぎて交渉が決裂したという生々しい話も。
●「サッカー監督という職業は、一度監督を引き受けたら、最後はほとんどの人が敗者としてクラブ去っていきます。そういう仕事です」という一文も味わい深い。よく言われるように、サッカーという競技そのものが「ミスのスポーツ」。ボール保持者のほとんどのプレイはミスからボールを奪われて終わる。ゴールの多くはミスから生まれる。どんな一流選手でもミスから逃れられない。そして、監督はいつも敗者としてチームを去る。サッカーには常に勝つ人、常に正しい人の居場所がない。
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●ついに首相からオリンピックの延期容認論が出た。巷間言われるように2年後になるのだろうか。
●プラシド・ドミンゴも新型コロナウイルスに感染と発表。体調は良好だという。
Books: 2020年3月アーカイブ
「1%の成功をつかむ、99%の準備力」(霜田正浩著/朝日新聞出版)
「ハーレクイン・ロマンス 恋愛小説から読むアメリカ」(尾崎俊介著/平凡社新書)
●どう考えても自分には縁がなさそうなテーマなのに、読んでみるとまさかと思うほどおもしろい、「ハーレクイン・ロマンス 恋愛小説から読むアメリカ」(尾崎俊介著/平凡社新書)。ハーレクイン・ロマンスといえば、ロマンス小説の代名詞。どこにでもいる普通の女性がお金持ちの御曹司のイケメンと恋に落ち、障害を乗り越えてめでたく結婚するといったワンパターン小説のこと……といったように、一冊も読んだことのない(読むはずがない)男性でも漠然としたイメージを抱いていると思う。そんなハーレクイン・ロマンスがどうやって始まり、どんなふうに出版界を席巻したかという話がつづられているのだが、これが驚きの連続。ビジネスのサクセス・ストーリーとしても、一種の出版史としても読みごたえがある。そもそもハーレクイン・ロマンスの出版元がカナダだということも知らなかったし、もともとはなりゆきでイギリスの出版社から恋愛小説の版権を買って、カナダでペーパーバック化していたのだという話も初耳。
●読者はハラハラドキドキする先の見えない展開を望んでいないので、必ず一定のパターンをたどってハッピーエンドに落ち着くという「品質管理」を小説に持ち込んだという話には目からウロコ。どれも同じ話だから読者は飽きて買わなくなるのではなく、どれも同じだから読者は安心して新刊を買えるというのだ。実のところ、これは男性も同じで、毎回一定のパターンが約束されていて、願望を満たしてくれるという点では「ヒーロー戦隊もの」から「水戸黄門」まで、なんら変わりがない。ただ、ハーレクイン・ロマンスの成功ぶりは尋常ではなく、1980年には約1億9千万部を売り、大手書店チェーンにおけるペーパーバック販売の約3割をハーレクイン・ロマンスが占めていたというから、想像を絶する。
●19世紀イギリスの貸本屋事情も興味深い。当時、本は買うよりも、年会費を払って借りるものだったというのだが、そう考えると今どきのサブスクリプション・モデルは先祖返りなのかも。
「完全な真空」(スタニスワフ・レム著/河出文庫)
●信じがたくナンセンスな状況はしばしばひきつった笑いをもたらすもの。そんなときに「ああ、これってレム的な状況だな」と感じることがある。スタニスワフ・レムだったら、こんな状況を嬉々として小説に書くに違いない、と思えるような不条理。
●そのレムの著作のなかでもひときわ異彩を放っているのが架空の書物に対する書評集「完全な真空」(河出文庫)。以前、国書刊行会から出ていたものが文庫化された。念入りな書評がずらりと並んでいるが、どれもその対象となる本は実在しない。同じレムによる架空の書物に対する序文集「虚数」と対をなすメタフィクション。
●前から順番に読んでいく必要もないので、ちらちらと読書と読書の合間に思いついた章を眺めるくらいの読み方をしている。賢すぎる人の笑えないギャグもあれば、あれ?こんな素直に笑えるネタもあったんだという驚きもある。たとえば「生の不可能性について/予知の不可能性について」なんて、昭和の漫才あるいはコントと一脈通じるような可笑しさ。全般に激しく饒舌。レムといえば、先頃藤倉大がオペラ化してクラシック音楽界にも浸透した(かもしれない)名作「ソラリス」があるわけだが、あの原作のなかで必要以上に詳細に論じられる「ソラリス学」についての記述と、ノリとしては似た一冊。あとは小説の没ネタを架空書評化したものもあるんじゃないかなーと想像。
●訳者の沼野充義氏が文庫用に新たに解説を書いてくれていて、これが今読むべきレムへのガイドとして最高。このなかの一部はオペラ「ソラリス」上演前に東京芸術劇場で開かれた沼野充義&藤倉大対談の際にも語られているのだが、故郷の町がナチス・ドイツに占領され、町の帰属がポーランド、ドイツ、ロシアへと変遷していったことがレムの世界観の形成に大きく影響しているといった指摘には納得するほかない。