amazon

Books: 2021年1月アーカイブ

January 26, 2021

スタージョン「輝く断片」の「ニュースの時間です」と「マエストロを殺せ」

●新刊ではないが、シオドア・スタージョン著の短篇集「輝く断片」(河出文庫)を読んでいたら、意外にも「音楽小説」に遭遇した。ひとつはなんと、楽器のオフィクレイドが出てくる短篇「ニュースの時間です」。普通の読者はこの楽器の名前も知らないのでは。びっくりしたので、ONTOMOの連載「耳たぶで冷やせ」で取り上げることに→「魅惑のオフィクレイド——風変わりな楽器が登場するシオドア・スタージョンの小説」。
●実はこの短篇集にはもうひとつ、「マエストロを殺せ」という音楽小説の傑作がある。バンドのメンバーが憎しみのあまりにリーダーを殺してしまう。ところが、リーダーを欠いてもバンドからは変わらずそのバンドの音楽が出てくる。なぜなのか、いったいバンドの音楽のエッセンスはどこにあるのか……という話を、スピード感あふれるクールな文体で描いている。室内楽とかオーケストラにも通じる話かも。ちなみに同じ短篇の旧訳の邦題は「死ね、名演奏家、死ね」。翻訳時点で、「マエストロ」という言葉が一般的ではないと判断されたのかもしれない。「名演奏家」では硬すぎると思うが。



●緊急事態宣言発出の1月8日から、タイムラグ相当の2週間以上が過ぎて、ようやく「答え合わせ」をできるようになった。東京都の新規陽性者数を見ると、はっきりと7日間移動平均に効果が表れている。日本全体で見ても同様の傾向で、移動平均のピークが1月11日にあるのも同じ。でも緊急事態宣言を解除したらまた増えだして、すぐに3度目の緊急事態宣言なんていうことになるのも鬱。解除のタイミングに「正解」はあるのだろうか。

January 19, 2021

「LIFESPAN(ライフスパン) 老いなき世界」(デビッド・A・シンクレア著/東洋経済新報社)

●最近読んだノンフィクションでもっとも刺激的だったのが「LIFESPAN 老いなき世界」(デビッド・A・シンクレア著/東洋経済新報社)。現実的なテーマとして「不老」を扱っている。著者はハーバード大学医学大学院の遺伝学の教授で、老化研究の第一人者。人間、年を取ればだれもが病気にかかりやすくなるという常識があるが、著者に言わせればそれ以前に老化そのものが病気であって、人間は老化を克服できるという。老化という病を克服すれば人間はもっと長生きできるはずであり、しかも晩年を闘病で過ごすのではなく健康寿命を延ばせると主張しているのだ。もちろん、そこには裏付けとなる研究があって、酵母や動物を対象とした実験で判明した、老化を克服する手段がいくつか挙げられている。たとえば、摂取カロリーの制限。長年老化の研究に取り組み、何千本の論文を読んできた著者は、まちがいなく確実な方法として「食事の量や回数を減らせ」という。特に効果的な方法として間欠的断食が紹介されている。ほかに長寿遺伝子を働かせる手段として、適度な強度による運動や、寒さに耐えることなども挙げられている。
●このあたりは直感的にも納得しやすい話だと思う。「腹八分目」とか「適度な運動」は伝統的な健康法でもあり、それを先端研究が裏付けたとも解せる。ときには空腹や寒さに耐えたほうが、人は若さを保てるというのも、まあ、そんなものかなと思える。しかし、著者のラディカルなところはその先にある。空腹に耐えるのは大変だし、やっぱり快適じゃない。だから、薬やサプリを使おうよ、という話になるのだ。著者は「人間を対象にした臨床試験は現在進行中だが、厳密で長期的な臨床試験がなされた老化の治療法や療法はひとつも存在しない」と断ったうえで(このあたりが少しずるい感じなのだが)、自分自身や家族はこれこれの薬とサプリを毎日この分量で摂取していると具体的に述べる。おかげで老親は年齢のわりにとても活動的だといったことまで書く。このあたりから、著者が急に有能なセールスマンに見えてくる。世界的権威が実践していると知ったら、みんなその薬とサプリを飲みたくなるだろう。もしそれが人間でも有効だと明らかになったら、どれほど巨大な経済的インパクトがあることか。つい好奇心でそのサプリを通販サイトで検索してみたら、とんでもない価格で販売されているのを目にしてしまった……。
●と、後味はあまりよくなかったのだが、だからといって著者の研究を疑わしく思う理由はひとつもない。食事の量を減らしたくなることはたしか。受け止め方の難しい一冊、かな。

January 12, 2021

「ダ・ヴィンチ」2021年2月号(KADOKAWA)

●雑誌「ダ・ヴィンチ」2021年2月号の特集は「美少女戦士セーラームーン」。というのも、今、映画館では劇場版「美少女戦士セーラームーンEternal」二部作の前編が公開中なのだとか。「私たちのセーラームーンが25年の時を経て劇場に帰ってくる!」という惹句を目にして、「ああ、中学生だった月野うさぎもそろそろ40歳か、変身して美魔女戦士になるのかなあ」と思ったが、そうではなく登場人物たちは加齢しないのであった。
●……という話をしたかったのではなく、今号の「ダ・ヴィンチなんでもランキング」にワタシが登場しているという宣伝をしようと思ったのだった。毎月、テーマを決めて本を10冊選ぶというコーナーで、今回は「クラシック音楽を楽しめるようになる本」ということで取材を受けた(取材はZOOMを使用)。どの本を選ぼうか悩んだが、本についての雑誌なのだから、現役本でなければならない。今回気がついたのだが、書籍にもCDとまったく同じ現象が起きていて、挙げようと思った過去の名著はどれもこれも品切で入手困難。なかにはつい数年前に出たばっかりでしょ?みたいな本まで品切になっている。なので、最近刊行された本が大半になった。それと、「ダ・ヴィンチ」の読者層はもちろんクラシック音楽通ではなく、読書好き。だから、普通の本好きが「読書の楽しみ」を得られる本でなければ紹介する意味がない。そうやって選んだら、10冊中4冊は小説になった。ほとんどは過去にこのブログでも紹介した本。機会があったら、ご覧ください。

January 5, 2021

「ピアニストを生きる――清水和音の思想」(清水和音、青澤隆明/音楽之友社)

●音楽家ひとりのインタビューで一冊の本が成立することはまれ。本一冊分、他人の興味を引くこと語るのは至難の業だと思うが、それをできる数少ないピアニストが清水和音なんだと思う。ずっと前からそうだけど、こんなに率直に語る音楽家もいないと「ピアニストを生きる――清水和音の思想」(清水和音著、青澤隆明編著/音楽之友社)を読んで改めて思った。
●次々と目をひく言葉が飛び込んでくる。「他人の言うことはなにも聞きたくない」「(高校生の頃)ピアノを弾くのは一か月に一時間くらい」「コンクールに1位になったからって、べつにうまいわけじゃない」「自分が才能あるということに疑いはなかった」「(本番で弾くたびに)自分はほんとうにたいしたことないなと思う」。ロン・ティボー国際コンクールで優勝して一大センセーションを巻き起こすが、あまりに練習してなくて弾ける曲がないのに、自惚れだけは強くてなんでも仕事を引き受けたら年間80公演以上弾くことになって「仕事ぎらいになった」。コンクールで弾いたショパンの2番以外、協奏曲はなにも弾いたことがないまま、一年目で十数曲の協奏曲を弾いたというからすごい話。かつてアイドル的な人気を呼んだ清水和音も今や還暦。語り口としては一貫して逆説の人でありながら、音楽への向き合い方がまっすぐなところが、この本のおもしろさなんだと思う。作品に対して我を出すことを嫌う一方で、作曲家の自作自演はみんなつまらないという話も目からウロコ。

このアーカイブについて

このページには、2021年1月以降に書かれたブログ記事のうちBooksカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはBooks: 2020年12月です。

次のアーカイブはBooks: 2021年2月です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。