●昨年読んだ本でひたすら感心したのがジョー・ヒルの短篇集「ブラック・フォン」(ハーパーコリンズ・ジャパン)。この本、以前に小学館から刊行された「20世紀の幽霊たち」を改題した新装版で、表題作の「ブラック・フォン」(以前の題は「黒電話」)がイーサン・ホーク主演で映画化されたことをきっかけに再刊されたらしい。映画のほうは未見で、見るつもりもないのだが、この短篇集は秀逸。一応はホラー小説というジャンルにくくられるのかもしれないが、メタフィクション的趣向もあれば、青春小説もあれば、挫折した大人の物語もあって、一言ではとてもくくれない。ただ全体のトーンとして「ほろ苦さ」があって、そこがなんとも味わい深い。英国幻想文学大賞短篇集部門受賞作。
●特によいと思ったのは、「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」。主人公はショー・ビジネスの世界を夢見て都会に出たものの、売れないまま故郷に帰った男で、エキストラとしてゾンビ映画に出演している。もちろんただのゾンビ役のひとりだ。そこでやはりゾンビ役のエキストラとして参加している高校時代のガールフレンドと再会する。ふたりは高校時代は人気者のベストカップルだった。彼女は息子を連れて参加している。ふたりは適切な距離感を探り合いながら会話を進め、やがて現在の境遇にあらためて目を向ける。そんな場がゾンビ映画の撮影だというのがたまらない。他にもかつての親友は風船人間だったという素っ頓狂な設定で書かれた青春小説「ポップ・アート」だとか、カフカの「変身」ばりにある日とつぜん昆虫になってしまった男が、その能力に目覚める「蝗の歌をきくがよい」、ホラー小説についての小説でありつつそれ自体が一級のホラーになっている「年間ホラー傑作選」等々。巧緻な作品が目立つ。むしろ表題作が弱いか。
●で、ワタシは知らなかったのだが(あるいは知っていたけど忘れていたのかも)、著者のジョー・ヒルはあのスティーヴン・キング(とタビサ・キング)の息子なのだとか。これにはびっくり。いや、文才を受け継いでいるという意味では納得か。しかしキングの息子であるということは大金持ちの家に生まれているわけで、それでいてこんなにもやさぐれた世界、敗者の世界を巧みに描けるというのは、どういうことなのか。父親の名を伏したまま、無名の新人としてこの短篇集でデビューしたそうだが、後でキングの息子だと知った人は心底驚いたのではないだろうか。
Books: 2023年1月アーカイブ
January 11, 2023
「ブラック・フォン」(ジョー・ヒル著/ハーパーコリンズ・ジャパン)
January 4, 2023
「メキシカン・ゴシック」(シルヴィア・モレノ=ガルシア著/青木純子訳/早川書房)
●年末年始に読んだ本、その1。シルヴィア・モレノ=ガルシア著「メキシカン・ゴシック」(早川書房)。ホラー小説からは遠ざかっていたが、英国幻想文学大賞ホラー長篇部門(オーガスト・ダーレス賞)、ローカス賞ホラー部門、オーロラ賞を受賞した「ホラー三冠王」というふれこみにひかれてゲット。序盤は古色蒼然としたゴシック・ホラーで、「えっ、まさかこの調子でずっと続くの?」と心配になったが、書名通りメキシカン・ゴシックであることがミソ。主人公は都会の裕福な家庭に生まれ、学者志望の知的な若い娘でメスティーソ(混血)。この主人公が外界から孤立した幽霊屋敷みたいなおどろおどろしい館に招かれるのだが、こちらの幽霊屋敷側に住むのはイギリスからやってきた伝統を重んじる旧弊な白人一家。ホラーの体裁をとりながらも、ヒロインが戦っている相手は家父長制であり白人優位主義であり植民地主義なのだという図式が見えてくると、これが今日の小説であることが腑に落ちる。
●もっとも全体のトーンは案外カジュアルで、格調高いゴシックスタイルかと思いきや、進むにつれて荒唐無稽な50年代SFホラー調になっていくのがおかしい。同時にこれは真菌類小説でもあって、人間がキノコやカビに対して抱くうっすらとした恐れが反映されている。その点では東宝特撮映画「マタンゴ」に通じるかも。ヘンなモノ食わされる感にモゾモゾする。