●話題の新書、「言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか」(今井むつみ、秋田喜美著/中公新書)を読んだ。言語学の本で、決して平易な本ではないと思うのだが、15万部を突破したというのだから驚き。帯の惹句は「なぜヒトだけが言語を持つのか」。
●過半のページがオノマトペについて割かれていて、なるほど、おもしろい。オノマトペそのものが言語的であり、子どもが言語を習得する際にオノマトペがどんな役割を果たしているか、そしてオノマトペと一般語との関係性などが述べられる。特に印象的だったのは、オノマトペは異なる言語の話者にもある程度は類推可能であって、特定の音が特定の概念と結びつきやすいという話。たとえば、丸っこい形とギザギザした形を見せて、どちらが「マルマ」でどちらが「タケテ」でしょうかという問いを発すると、多くの言語の話者が丸っこいほうを「マルマ」、ギザギザのほうを「タケテ」と判断する。「そりゃあ、丸いほうがマルマなのは当然でしょ?」と思うかもしれないが、これはドイツの心理学者の研究で、すでにドイツ人が丸っこいほうに「マルマ」という架空の言葉を用意している時点で、音と意味の関係性がうっすら見えている。
●多くの言語で「い」の音が「小ささ」と結びつくという話や、主食を表す言葉に「パ」「バ」「マ」「ファ」で始まるものが多いという話も興味深い。食事を表す赤ちゃん言葉が、日本語で「まんま」、トルコ語で「ママ」、スペイン語で「パパ」というのも、これに関連していそうで、言葉を習得する前に必須の概念にはこういった音が使われる傾向があるらしい。赤ちゃんでも使える音、ということなのか。
●圧巻は終わりのほうで出てくる「アブダクション推論」(結果から遡って前提を推測する)を巡る、人間の赤ちゃんとチンパンジーの比較実験。ヒトは複雑な言語を持つが、チンパンジーはそうではない。それはこの推論能力の違いからくるのではないかという実験で、明快な結果が出るのだが、ただ例外的に実験に参加したチンパンジーで一体のみが、この推論能力を身につけていたって言うんすよね。本書の話題からは外れるんだけど、それってまさに「猿の惑星」じゃん!と思った。こういう賢いチンパンジーだけが生き残りやすい環境があったら、賢いチンパンジー同士で繁殖するようになり、やがて言葉を話すサルへと進化して……みたいな。
Books: 2023年10月アーカイブ
「言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか」(今井むつみ、秋田喜美著/中公新書)
「ナイフをひねれば」(アンソニー・ホロヴィッツ著/山田蘭訳/創元推理文庫)
●アンソニー・ホロヴィッツの新作は毎回欠かさず読んでいるが、今回の「ナイフをひねれば」(創元推理文庫)も秀逸。よく毎回ネタが尽きないなと感心するばかり。今作は「ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ」第4弾で、著者であるアンソニー・ホロヴィッツ自身が本人役で登場し、探偵ホーソーンとコンビを組む。ホロヴィッツ作品は純然たるエンタテインメントなんだけど、常にメタフィクション、メタミステリ的な趣向があって、著者が本人役として出てくるのもその一環。探偵のホーソーンはホームズばりの鋭い観察眼と推理力の持ち主だが、傍若無人でケチでイヤなヤツ、でも本当は友情に篤い男なのかも、という役柄。作家自身が主人公なので出版業界の裏側が透けて見えるのも本シリーズの楽しみだが、今回は演劇の世界が舞台になっていて、そこも新鮮。実際に著者は過去に演劇の脚本も書いているのだ。
●演劇界で悪名高い劇評家が、主人公が脚本を書いた演劇をけちょんけちょんにこき下ろしたら何者かに殺された、というのが事件の発端。演劇の人たちが新聞の劇評を気にしているのは、初日の翌日にもう各紙に評が載って、評判が集客に直結するから。記事が出た後にも公演が続くからみんな評を気にするという大前提があるんすよね。あと、新作を上演するにあたって、まず地方の劇場でなんどか上演して手ごたえを得てから、ロンドンで上演するという流れも「へえー」と思った。
●で、その劇評家殺人事件の容疑者として、なんと、主人公である著者自身が逮捕されるんすよ! いやいや、一人称小説なんだし、主人公が犯人のわけないじゃん……と思って読んでると、捜査が進むにつれて、主人公が犯人であるという状況証拠が積みあがっていく。おかしすぎる。タッチの軽やかさ、主人公のフツーの人っぽさも共感のポイント。