●昨年刊行されていた本なのだが今ごろ読んだ、「ピュウ」(キャサリン・レイシー著/岩波書店)。アメリカの南部の小さな町の教会で、信徒席に眠るよそ者が発見される。この人物は外見からは男子のようにも女子のようにも見える。そして、白人のようにも黒人のようにも見える。言葉はほとんどしゃべらない。名前がわからないので、住人たちは「ピュウ」(信徒席)と名付け、コミュニティに受け入れようとするのだが……。
●といった展開なのだが、特筆すべきはこの物語が「ピュウ」の一人称で語られていること。よそからやってきた謎めいた人物を本人の視点で書いているのだ。これは秀逸。ピュウはなにも語らない。すると、相手が勝手に自分の物語をしゃべりだす。みんな戸惑いながらも、勝手にピュウのなかに自分の見たいものを見ている。
●この南部の町には年に一度の独特の祭りがあって、それがコミュニティの結束を保っている。すばらしい祭りだという人が多いが、嫌悪する人もいる。わわ、それってシャーリイ・ジャクスンの名作短篇「くじ」じゃないの。もちろん、 「くじ」のようなイヤ~な後味は残さないのではあるが。
----------
●EURO2024は第3節の中盤。クロアチア対イタリアが劇的だった。クロアチアは決勝トーナメント進出のために勝利が必要。イタリアは引分けでもOK。後半、クロアチアはモドリッチがPKに失敗するが、その直後にモドリッチがゴールを決めて先制。イタリアは反撃に迫力を欠き、このままクロアチアの2位、イタリアの3位が決まるところだったが後半53分、長いアディショナルタイムのラストプレーでイタリアのザッカーニがデル・ピエロばりの美しいゴールを決めて笛。歓喜のイタリアは1位通過。クロアチアは3位。38歳の英雄モドリッチは代表から引退するのだろうか。
Books: 2024年6月アーカイブ
「ピュウ」(キャサリン・レイシー著/井上里訳/岩波書店)
「近衛秀麿の手形帖 マエストロの秘蔵コレクション」(近衛音楽研究所監修/アルテスパブリッシング)
●なんだかスゴい本が出た。「近衛秀麿の手形帖 マエストロの秘蔵コレクション」(近衛音楽研究所監修/アルテスパブリッシング)。いったいこれはどういう人が買うのだろうか。日本楽壇の父、近衞秀麿が戦前から最晩年にわたるまでに集めた大音楽家たちの手形コレクションが原寸大・オールカラーで収められている。交流のあった音楽家たちに手形帖を渡して、そこに手形とメッセージを残してもらったというのだが、そのラインナップが半端ではない。フルトヴェングラー、ストコフスキー、クレンペラー、コルトー、シャリアピン、エーリッヒ・クライバー、ストラヴィンスキーなどなど。
●手形っていうのは手の輪郭をペンでなぞったものなんだけど、みんな手がでかい。フルトヴェングラーもストコフスキーも大きい。クレンペラーとかピアティゴルスキーなんて、びっくりするほどでかい。シゲティも。いや、これはワタシの手が手が小さいから、そう思うのか。小さいのはオーマンディ。ワタシと変わらない。珍しいところでは、映画にもなった女性指揮者の草分け、アントニア・ブリコが入っている(映画「レディ・マエストロ」)。会ってたんだ、近衞秀麿。
●ストラヴィンスキーはどうかなと思ったら、左手の人差し指しか書いてくれてない。性格悪いぜ。
「スカウト目線の現代サッカー事情 イングランドで見た『ダイヤの原石』の探し方」(田丸雄己著/光文社新書)
●知らないことばかりでびっくりしたのが、「スカウト目線の現代サッカー事情 イングランドで見た『ダイヤの原石』の探し方」(田丸雄己著/光文社新書)。著者はイングランドとスコットランドでスカウトの仕事を経験している。スカウトというと、引退した選手が務める仕事という印象を持っていたが、そのバックボーンはさまざまで、著者にプロ選手経験はない。そして、スカウトという仕事の規模は想像をはるかに超えて大きい。プレミアリーグのクラブならどこでもアカデミーに50人近く、トップチームに20人くらいはスカウトがいるし、ビッグクラブならそれ以上だとか。プレミアだけでなく、2部や3部のクラブも大勢のスカウトを雇っていて、著者が一時期所属していた8部のクラブでさえ、ファーストチームに7人のスカウトがいたという(!)。ちなみにイングランドは4部までがプロ、5部以下はセミプロ・アマチュアという区分。育成年代から大人の試合まで、ありとあらゆる試合にスカウトがやってきて、レポートを書いているという感じ。
●すごいと思ったのはスカウトの仕事を巡る競争率。「プレミアリーグであれば、ボランティアスカウトと呼ばれる無給のスカウトでも一つのポジションに500人くらいの応募がある。パートタイムやフルタイムとなればそれ以上だ」。チームに所属していないフリーランスのスカウトもいる。大学にスカウト学部があったりするが、そこから仕事を得るのは容易ではなさそう。「イングランドではスカウトを目指す99%の人が、スカウトを始めて最初の数年(長いと10年以上)はお金をもらえるポジションにつくことができない」。なりたい人が多すぎると、無給のポジションができてしまうのはどこの世界も同じかもしれない。
●あと、インパクトのあった言葉は「Jリーグはすでにレッドオーシャン」。ええっ。
●ひとつおもしろいなと思ったのは、左サイドバック問題について。
筆者がイングランドに来た2019年からずっとタレントが枯渇しているポジションがある。左サイドバックだ。この4年間、ロンドン中のスタジアムやグラウンドで他のクラブのスカウトと話をしてきたが、左サイドバックはいつでもどのクラブでも追っていた印象だ。 "We are looking for a left-back...." がもはやスカウトの会話の枕詞かのような時期もあった。
な、なんと。このブログで何度か話題にしているように、ニッポン代表はオフト時代からずーーっと左サイドバックの選手層が薄くて苦労しているのだが、イングランドでもまったく同じ問題があったとは。右サイドバックは次々とタレントが出てくるけど、左サイドバックはいつも足りない。利き足が左の選手が少ないからということではあるのだが、攻撃の選手となると、左ウィングが足りないという話は聞かない。中盤の司令塔にもレフティはけっこういるイメージ。足りないのはいつも(レフティの)左サイドバックなのだ。