●指揮者ダニエル・ハーディングを雑誌のインタヴューやらテレビで見てて、「あー、この指揮者はこの年齢にしてすでに自分の音楽を完璧に作り出せて人間的にも成熟しているようだ、本当にスゴい、でもそうは言ってもやっぱりまだまだ20代の若者なんだなあ」と思った。どこを見てそう感じたか。
●顔がアップになると、お肌がツルツルかつスベスベである。(10/28)
News: 2003年10月アーカイブ
ハーディングは若い
レヴュアーの欲望
●ルネ・ジラールが言うように、「私の欲望」とは「他者の欲望」の「コピー」にほかならない。これは経験的にも真実と納得できる話で、ワタシが欲しているものについて言えば、それは常に誰か他者の有する欲望から複写されたものである。ワタシ自身のオリジナルな欲望などなにひとつない。
●音楽も例外ではなく、ワタシたちは誰かが「ああ、×××を聴きたい」と欲望をあらわにしているのを見て、ワタシも×××を本当に聴きたくなる。だから、たとえばあるCDがいくらレヴューで絶賛されていても、レヴュアーが本当にその音楽に欲望を感じていなければ、記事にプロモーション効果はまったくない。なぜなら、そこには読み手にコピーされるべき欲望がそもそも存在していないからである。(10/24)
「レッツゴー!クラヲくん」 第4回
●連続ドラマ「レッツゴー!クラヲくん」 第4回
「やあ、クラヲくんじゃないか。久しぶりだね、元気にやっとるかね」
「あ、はい。おかげさまで」
「あれはまだ聴いてるの。ほら、これ」(両手で指揮マネ)
(10/12)
「ザ・フィル~オーケストラの舞台裏」
●NHK-BSで「ザ・フィル~オーケストラの舞台裏」Vol.1を再放送していた。イギリスのフィルハーモニア管弦楽団を取材したドキュメンタリー。前に観ていたのにまた観てしまった。この番組の優れたところは、登場する楽団員全員が不幸で、そのストレスをカメラの前にさらけ出しているところ。オーケストラの団員はアーティストではなくて職人だっていう視点。みんなハードワークに疲れ切った労働者なんである。
●だれも「イギリスのオーケストラはすばらしいよ」みたいな幻想を語らない。そして、まあ、だれもかれもできるものなら辞めたいんだよな。いくら好きな仕事をやっていたって、大勢が一ヶ所に集まって長年働いていればこうなるのは当然のことなわけで、そのあたりを欺瞞レスにしっかり描く。ダメなドキュメンタリーだと「でも僕たちは音楽を愛しているから、どんなに仕事が大変でも平気だ」みたいな教育的結末をつけちゃうけど、そうならない。いいっす。(10/05)
国会中継を録画
●「総理! 総理! 今朝のBS11のクラシック倶楽部、レザール・フロリサンの演奏を録画予約しておいたんですが、帰宅してワクワクしながらビデオを巻き戻して再生したら、国会中継で総理が映っていました。この件についてクラシック音楽ファンとしても知られる総理の見解はっ? いくら国営放送といっても、地上波で同じもの中継しているならレザール・フロリサン放映してもよかったんじゃないですか! ていうか、ラモーじゃダメですか、総理!」
(10/01)