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News: 2008年10月アーカイブ

October 28, 2008

平均年齢65歳

●先週、東京国際映画祭で「The Audition~メトロポリタン歌劇場への扉」っていうドキュメンタリー映画が上映された。METのオーディションを受ける若い歌手たちの姿を追ったもので、このテーマでおもしろくならないはずがないと期待していたら、やっぱりおもしろかったんである。一般公開はまだずっと先みたいなんだけど、かなりオススメ。
●映画の中で、全米予選を勝ち抜いてMETまでやってきた若者たちに向かって、総裁のピーター・ゲルブが一声かけて激励するシーンがあった。「私が総裁に就任したときに統計を取ったら、METのお客の平均年齢は65歳だった。そこで5年前の統計を確認してみたら、平均は60歳だったんだ! 計算してなくてもどうなるかはわかるよね」。だからオペラ界は新しいチャレンジが必要なんだみたいな話だったかな、なんか笑えないジョークって気もするが。あ、ジョークじゃないのか。
●それに比べりゃ新国立劇場の平均年齢はまだ若い気がする。たぶん。全然安心していられない状況にはちがいないだろうけど。
●でも「平均値」って要注意だな。標本に突出した値が含まれると歪むから。「我輩の年齢は10万43歳である」みたいな閣下がMETに通うと、それだけで25歳くらい平均が上がる。

October 27, 2008

ハイドン「騎士オルランド」

●昨日は北とぴあ国際音楽祭でハイドンのオペラ「騎士オルランド」へ。寺神戸亮指揮レ・ボレアードの演奏、粟國淳演出。出演者一覧はこちら。ほとんど上演機会のないオペラなので、ライヴのみならず録音録画含めてこれが初めて。半分オペラ・セリア、半分オペラ・ブッファみたいな不思議な作品で、ハイドン自身が呼んだところによれば「英雄喜劇」。非常に興味深かった。
●「オルランド」っていろんなところで出てくるじゃないっすか。ヘンデルにも「オルランド」があるし、ヴィヴァルディの「オルランド・フリオーソ」も名曲。原典の「狂えるオルランド」由来の曲はいくつもあるけど、舞台で見てようやくどういうキャラなのか納得できた。オルランドがなぜ怒っているかといえば、失恋の痛手で正気を失っているからっていう話なんすね。あと落とし穴として、リュリとかも書いている、たまに耳にする「ロラン」がイタリア語だと「オルランド」になるってのも気づいてなかった。このハイドンの曲には魔女アルチーナも登場する。これは元々「狂えるオルランド」の登場人物じゃないんだけど、台本作家によって絶賛特別友情出演中みたいな感じ。
●登場人物は一通りモーツァルトのオペラにたとえて説明可能。オルランドはドン・ジョヴァンニ、その従者パスクワーレはレポレッロであり「魔笛」のパパゲーノでもある。アルチーナは「夜の女王」、アンジェーリカ姫はパミーナ、メドーロはタミーノ、エウリッラはスザンナあるいはパパゲーナ的なキャラ。で、その物語なんだけど、これがまあ、一見ものすごくわかりにくい。たぶん劇作の作法が違うというか、お客が承知しているはずの暗黙の前提が今じゃ欠落しているってことなんだろうけど、裏返すと時空を超越してそのまま伝わるダ・ポンテとかの台本ってスゴいんだなって気づく。
●一方、ハイドンの音楽はすばらしく冴えてて、抱腹絶倒なのは第2幕のパスクワーレ(レポレロでもありパパゲーノでもある人ね)のアリア「説明してあげよう。これが俺のトリルだ」。演出のアイディアがまたいいんだけど、パスクワーレが舞台上に割り箸を持って登場すると、これをパチンと割って1本を捨てちゃう。で、残りの1本を右手に持ってオーケストラ・ピットに向かって指揮を始める。これがオレのトリルだとかアルペジオだ、三連符だ、高音だ、低音だと次々に声で表現すると、それに呼応してピットの中でさまざまな楽器が立ち上がってトリルやらアルベジオやら三連符やらを聴かせてくれるという趣向で、指揮の寺神戸さんもパーティグッズの髭メガネみたいなのを装着して客席のほうを向いてくれたりと大サービス。客席は大ウケ。「告別」交響曲なんかと同じで、用意した枠組みの外側にはみ出すメタレベルのユーモア。こういうのは古びない。
●一般に、単にコミカルな可笑しさっていうのは猛速度で古びる、というか変化する。谷啓のギャグに「ガチョーン」ってあるじゃないすか。たぶん、リアルタイムであれを見てた人は、「ガチョーン」そのものが可笑しくて笑ってた。でも90年代くらいに「ガチョーン」に笑ってた人は、「これのいったいどこが可笑しいのか全然わかんないようなガチョーンで、かつてみんなが笑っていたという事実が可笑しい」と思って笑った。たぶん2020年くらいになると「ガチョーン」で笑う人はもういないし、リアルタイム「ガチョーン」の笑いと、90年代「ガチョーン」の笑いの違いがわかんなくなる。
●セリアとブッファがいっしょになるってことの微妙さはそのあたりにあるのかも。ブッファなら笑うものだとみんなわかってるから、少々意味が失われていても平気なんだけど、両方いっしょになるとどんなことになるかっていうと、たとえば第3幕でカロンテ(三途の川の渡し守)が出てくるのはセリア的な場面のはずなのに、お客はもう暖まっているから、あまりにもそれらしいカロンテの扮装にププッと笑ってしまう。でもこれでいいんだと思う。おどけた仕草一つで無理やり愛想笑いを取るみたいなのと違って、これは本物の笑いだから。18世紀のエステルハーザ宮廷劇場にはリアルタイム「ガチョーン」があったとすると、21世紀の北区には90年代「ガチョーン」があってもおかしくない。だから石像にされたオルランドが復活して生身の体を取り戻すというオペラ・セリア的なハイライトで、お客さんが笑いでどよめくというのは、演出の勝利なんだと思う。
●パスクワーレ役が圧倒的に儲け役なんだろうけど、アンジェーリカもメドーロもみんなすばらしかったし、オケは生気に溢れていて音楽はきわめて雄弁。これならどんな埋もれた歴史的作品も、たちまち現代に生きている音楽として甦りそう。来年の演目はグルックの「思いがけないめぐり合い、またはメッカの巡礼」。モーツァルトに「グルックの『メッカの巡礼』の『愚かな民が思うには』による10の変奏曲」っていう曲があったっけ。その元ネタなのか。

October 18, 2008

N響アワーでエトヴェシュ「セヴン」放映

コロンビア号●19日(日)のN響アワーでエトヴェシュのヴァイオリン協奏曲「セヴン~コロンビア宇宙飛行士への追悼」が放映されるそうなので、話題の新作を聴いてみたい方はチャンネルを教育テレビに合わせるが吉。午後9時~。諏訪内晶子独奏、作曲者エトヴェシュ指揮。
●この曲、今年のBBCプロムスでネット中継されたときにも話題にしたけど(このときは指揮者が代役でスザンナ・マルッキだった)、2003年のスペース・シャトル、コロンビア号が空中分解した悲劇を題材にしている。搭乗していた宇宙飛行士が7人。ヴァイオリン奏者7人が7人の宇宙飛行士に対応しているっぽい。で、ワタシは一応ざっとBBCプロムスのネット中継を聴いて漠然としたイメージを持ってN響の公演に出かけたんだけど、行ってみると楽器配置が特殊で全然想像していた響きと違っていた。ヴァイオリニストは7人いるけど、舞台上にいるのは諏訪内さんのみで、残りの6人はテラスや客席のあちこちに立って、モニタで指揮者の姿を見ながら演奏する(といってもワタシの席からは6人全員の姿は見えなかったが)。オケも通常の扇形の配置とはちがい、ひな壇状に横に奏者が並ぶ。通常の楽器に加えて、多種多様の打楽器、エレキギター、サンプリング・キーボードなどがずらり。日頃聴きなれない多彩な音色を聴かせてくれる。最後列にタムタムが並んでて、たぶんこれがスペースシャトルのエンジンのように曲中で表現されていたりとか、全体に描写性、物語性が高くて対聴衆的にフレンドリー(標題以上のことを知らなくても、曲の終わりに「ああスペースシャトル、落ちたのね」と伝わる)。現代音楽は事前に作品以上に饒舌なテキスト情報を読まなきゃ意味不明で付きあいきれん!と思っている方でも楽しめるんでは。

October 17, 2008

イラン・ヴォルコフ、スターの予感

●なんかブログだと3日くらい前の話題って鮮度がすっかり落ちてるかも、でもまあいいか、14日夜にウワサのイラン・ヴォルコフ指揮東京都交響楽団を聴いてきた。ドビュッシーの「遊戯」とメシアンの「トゥランガリラ交響曲」。イラン・ヴォルコフは1976年イスラエル生まれ。今ギュルギュルと頭角を現す若手指揮者たちの一人で、今年のプロムスでもBBCスコティッシュ管弦楽団とのコンサートがネット中継されてた。
●で、事前に見かけていた写真がこんな感じで、繊細で知的な凛々しいタイプだと思ってたんすよ(イケメンなの?)。そしたら実際に登場したのが、こんな感じに、長髪に口髭アゴ鬚ありの山男みたいになってて、今までこんなに頭部体表発毛率の高い指揮者は初めてだっ、てくらいにワイルドだった。でも長身痩躯で、棒を振り出すと気鋭の建築家然と豹変、あらかじめ頭の中にできている設計図通りに理路整然と音楽を組み立てていく感じ。沈着冷静に燃えるのがすばらしい。指揮ぶりは明快、都響ゴージャス。日頃メシアンの濃厚さに腰がひけがちな人もどっぷり浸かれる透明感のある「トゥランガリラ」だった。キャラが立ってるので(おそらく)、近々イラン・ヴォルコフは大スターになってメジャー路線を驀進する予感。18日にもう一公演、ブラームスの2番他があるので、聴きたい方はGO。惜しくもワタシは行けないんだけど。
●知人に非常に似た雰囲気の人がいるんすよ、ヴォルコフに。実によく似てる。その人が怖いくらい頭のいい人なので、ヴォルコフもそうなんだろうと根拠レスにいろんなイメージを重ねてしまうのだが、たぶんそう外してない気がする。

October 15, 2008

カリタ・マッティラのサロメ

舞台写真を勝手に使うわけにはいかないので、ビアズリーのサロメ●いつもニュースが早い「おかか1968」ダイアリーさんのところで知った話題。ニューヨーク・メトロポリタン・オペラの「サロメ」で、題名役のカリタ・マッティラが(また)フルヌードに。しかし「METライブビューイング」(この「サロメ」が近々日本でも上映予定)の生中継では全裸シーンが映されなかったとか。
●今48歳熟女のフルヌードでもっとも盛り上がっているのはオペラ界だっ!!
●ところで上記記事のリンク先を見てたら、自慢のHDトランスミッションにトラブルがあって、「大西洋の悪天候のため」(そうなの?)衛星中継に乱れがあったらしい。この方はコペンハーゲンで見てたんだけど、コメント欄では「晴天だったけどボストンでも同じトラブルがあった」とか「ブレーメンでは平気だった(けど別のトラブルがあった)」とかいろんな話が寄せられていた。劇場生中継だといろんなことがありうるんだろうなあ。その点、日本の「METライブビューイング」は録画だからそういう心配はないわけだ。というか生だと誰も劇場に来れない時間帯になってしまう。あ、カリタ・マッティラの歌唱については誰もが絶賛。
●みんな終演後にお詫びとして映画館の無料券を一枚もらっているのが可笑しかった。ワタシも何度か経験してるけど、上映トラブルがあったときには無料券を配るのが映画館の万国共通のルールなのか(音楽界では不可能な慣習だ)。ブレーメンのお客さんが「この無料券ってMETライブビューイングでも使えるのかなあ?」って心配してた(笑)。もしポップコーンを売っているようなシネコンでもらった無料券だったら、そりゃ確かに心配にもなるよなあ。

October 10, 2008

ラフマニノフ「6手のためのロマンス」

ザ・ファイヴ・ブラウンズ●昨夜はサントリーホールの「ザ・ファイヴ・ブラウンズ」来日公演へ。前回来日したときにも少しご紹介したが、アメリカの5人姉妹からなる5台ピアノのユニット。リアル5人姉妹で、しかも全員がジュリアード音楽院を出てピアニストになったというありえなさ。5台ピアノのための曲なんかないから、ホルスト「惑星」とかガーシュウィン「パリのアメリカ人」を編曲して演奏する一方、間にソロや2台ピアノの曲なんかも入る。これがスクリャービンとかヒナステラとかプロコフィエフとかで、一見超甘口に見えて辛口の選曲。
●で、ワタシは知らなかったんだけど、ラフマニノフの「6手のためのロマンス」っていう作品が弾かれたんすよ。6手、つまり3人並んで一台のピアノを弾く。作品番号のない音楽院時代の習作みたいな曲で、冒頭にあるアルペジオの序奏が後の大傑作ピアノ協奏曲第2番第2楽章冒頭とまるで同じでびっくり。作曲当時、ラフマニノフは夏の間スカローン家で過ごしてて、そこで仲良くなった三姉妹のためにこの曲を書いたという。10代の頃だったから淡い恋心なんかもあったんだろう。交響曲第1番の失敗で創作意欲を失ったラフマニノフが、精神科医ダーリの催眠療法によって回復し、ピアノ協奏曲第2番を書き上げたというエピソードはよく知られているけど、その際にスカローン家での美しい思い出も創作の助けになってくれたのかもしれない。
●そんなスカローン家三姉妹のための曲なので、「ザ・ファイヴ・ブラウンズ」も三姉妹で弾いた、と。なかなか気が利いている。


(写真のCDにこの「ロマンス」は収録されてません。顔写真が欲しくてベスト盤を載せておいただけです)

October 3, 2008

自分で自分がわからない

●今年もアジアオーケストラウィークが開幕。昨夜は唐青石(タン・チンシ)指揮の四川交響楽団へ。唐青石作品自作自演、ハチャトゥリアン、ドヴォルザーク他。濃厚で味わい深く、大らかだった。やや昭和。ワタシはこの一公演だけだけど、続いて本日3日にベトナムのホーチミン市交響楽団、4日(東京)と6日(大阪)に韓国のプサン・フィル。アジアな時代を予感する方はGO!
●「窃盗容疑で逮捕発表の「少年」、実は「少女」だった…長野」(読売新聞)。スーパーで万引きして逮捕された17歳の少年が、実は少女だったという。窃盗界のズボン役なのか。頭の中にぱっと浮かんだ犯人像は、「フィガロの結婚」のケルビーノとか「薔薇の騎士」のオクタヴィアンみたいな人なんだけど、そんな貴族っぽい万引きなんていないか。

October 2, 2008

吉田秀和賞は片山杜秀氏の「音盤考現学」「音盤博物誌」に

音盤考現学●以前、当欄でもご紹介した片山杜秀氏の「音盤考現学」「音盤博物誌」が本年の吉田秀和賞を受賞したとのこと。昨日決定して、すぐに記者発表。賞の公式サイトが見当たらないので(どして?)、版元のアルテスパブリッシングのブログにリンクしちゃおう。

速報! 吉田秀和賞受賞!!
http://www.artespublishing.com/blog/2008/10/01-215

 選評に「天才と博識がはじけ出てくるような批評集」とあって納得。他の誰にも真似できない。
●昨日のエントリー、タイム誌の「オールタイムベスト100」で、「どうして1923年以降の作品が対象なんでしょね」みたいな話を書いたじゃないっすか。メールでご教示いただきました。1923年がタイム誌の創刊年だから(苦笑)。「オールタイムベスト」ってのはタイム誌の誌名も掛けてるんじゃないかと。そ、そっか、気が付かなかった……。ワタシはてっきり、現代小説と同じ基準で選ぶには厄介な作家がいて、その人の最後の作品が1923年直前あたりの発表なんだろうといった、いかにも編集者都合っぽい基準を想像していた。たとえばディケンズとかどうなんだろう、いや、1870年に没してるから違うなあ、じゃあ誰なんだろ?とか。アホだな。

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