●昨日は二期会の「フィガロの結婚」ゲネプロへ。宮本亜門演出、デニス・ラッセル・デイヴィス指揮東京フィルによる二期会創立60周年記念公演。本番は4/28,29,30,5/1(東京文化会館)。2002年の創立50周年記念公演で初演された宮本亜門演出が帰ってくる。関係ないのでたまたまだろうけど、音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」が開幕する頃に、その名の由来となった「ラ・フォル・ジュルネ(狂った一日)またはフィガロの結婚」が上演されるわけだ。
●稽古を見たにすぎないので、これが本番になってどんな風に生命力を吹き込まれるかは想像するしかないのだが、奇を衒うところのないオーソドックスな「フィガロの結婚」になるはず。今回の公演はチケット価格が通常公演に比べてかなり安価に設定されているので、オペラになじみの薄い人が初めて実演に接するのにも適している。なにしろモーツァルトの「フィガロの結婚」は超ウルトラ名作だから。オペラを聴かない人でも、モーツァルトが好きなら絶対に一度は観ておくべき。オペラの楽しさと困難さを両方味わえると思う。
●と言いつつ、久々に通して「フィガロ」を見て改めて思ったんだけど、この作品って音楽的には最強に強まって対聴衆的にフレンドリーな一方で、話の筋ってすごくわかりにくいっすよね。いろんな解説に「一日に起きる出来事」って書いてあるけど、ワタシはこれが一日の出来事とはぜんぜん思えないもの。時間軸が行方不明になってるみたいな感じがして。スタートは朝なの? あの二人は朝早くからベッドのサイズを部屋で確認してるわけ? こんなに一日に人の出入りがあって(結婚式まである)、みんなどんだけアクティブな人種なのよ。
●たぶん本来的にこの物語の「目玉」となるおもしろさは「人の入れ替わり」のはずじゃないですか。男が(ホントは女だけど)女の格好をする。奥様だと思ったら女中だった。女中だと思ったら奥様だった。クスクス……。でもこれが現代的視点だとおもしろくもなんともない。客席は「はぁ?声でわかるだろ」的な容赦ないリアリズムを捨てきれないので。そして本質的テーマである階級の対立も、今の時代なんらかの工夫なしではコンテクストが失われて伝わりにくい。ということで、エロス的側面を過剰に強調するという方法論が有効な選択肢として生き残るとは思うんだが(←宮本亜門演出はそうじゃないっすよ)、なんだかな、それもどこか気鬱な感じがしてしょうがない。じゃ、なんならいいのか。そう考えると「フィガロ」は最難関オペラのひとつって気がする。
News: 2011年4月アーカイブ
二期会「フィガロの結婚」ゲネプロ
カンブルラン指揮読響でヤナーチェク
●ふたたびカンブルラン指揮読売日響へ(25日サントリーホール名曲シリーズ)。今日はチェコ由来の演目ということで、またしても特盛り感マックスのプログラム。モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」、ヤナーチェクの狂詩曲「タラス・ブーリバ」、後半にスメタナの交響詩「モルダウ」、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」。オケは大変だと思うが、聴くほうにとってはサービス満点(さらに今回も震災の犠牲者に捧げるとしてメシアンの「忘れられた捧げもの」から「聖体」が演奏された。被災者招待があった)。
●スメタナの「モルダウ」が聴いたことのないような快速テンポで演奏されてびっくり。悠然と流れる大河じゃなくて、怒涛の急流だ。源流からこんな勢いよく水が流れ出てたのかっ!的な愉悦。まさか「モルダウ」でこんなに楽しませてくれるなんて。キビキビ演奏されて辛気臭さゼロの「モルダウ」。
●でも圧倒的に楽しいのはヤナーチェクの2曲。大編成の管弦楽が生み出す眩暈、色彩的で輝かしくて、異国的で謎めいていて、いつ聴いても失われることのない新鮮さ。もう今にも怪獣出てきそうな音楽。ていうか曲名からして怪獣っぽくないすか、ヤナーチェク。不思議怪獣タラス・ブーリバ! みたいな。魔獣グラゴルとか妖獣イェヌーファとかいて、大ボスが交響聖獣シンフォニエッタとか、そういう体系。好演に軽く鳥肌が立つ。
●シンフォニエッタが終わって客席から盛んにブラボーの声。客席からカンブルランへの拍手が暖かい。
山田和樹指揮日フィル第629回定期演奏会
●22日(金)、サントリーホールで新ヤマカズこと山田和樹指揮日フィル。もともとインキネンが来日するはずだったのがキャンセルとなってしまい(ああ……)、代役でなんと山田和樹。曲目も変更。
●マーラー「花の章」、モーツァルトのクラリネット協奏曲(伊藤寛隆独奏)、マーラー交響曲第4番。最初の「花の章」から「えっ!?」という驚きがあったんだけど、特にマーラーの4番は出色の出来。こんなに整理整頓された洗練された響きがこのオーケストラから聞こえてくるなんて。というのも、前にインキネンで同じくマーラーの「巨人」を聴いたときは、大音量の力演で客席もわいていたんだけど、制御外の荒々しさにマーラーのおもしろさをうまく見つけられず困惑していたのが、代役で指揮者が変わったことで(まだ関係も浅いはずなのに)こんなに響きが違ってくるとは。細部まで彫琢されてて、これこそ今のマーラー。断然楽しい。たとえるなら一週間ぶりにシャンプーしてすっきりした爽快さ(←なにそれ)。美しくなきゃマーラーじゃない。この人が指揮台に立ったらどんどんオケがよくなるんじゃないか、もっと振ってほしい、とみんなが思った結果が欧州と日本で「行列ができる指揮者」状態。疑いようのない才能っていいなあ。
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●「東京・春・音楽祭」から演奏会の動画が公開中。ズービン・メータ指揮NHK交響楽団のベートーヴェン「第九」、尾高忠明指揮読売日響のマーラー交響曲第5番他。
LFJの新しい公演プログラムが発表!
●昨日、仕切り直しとなったLFJの新しい公演プログラムがついに発表! 今のところPDFが乗っているので、以下にリンクを。ホールC、D7、G402、G409、よみうりホールと有料公演の会場は5ヶ所のみだが、どうだろう、思ったよりもたくさんの公演が開催されるのでは? 「タイタンたち」というテーマも保存されていて、しっかり「ラ・フォル・ジュルネ」になっているではないか。ルネ・マルタンは「タイタン復活!」の一文をKAJIMOTOのサイトに寄せている。「有料公演だけでも全90公演、ヨーロッパからのアーティストも100人以上来日してくれることになりました。ラ・フォル・ジュルネのエスプリは揺らぎません」と力強く復活宣言してくれている。
●さて、内容を吟味しなければ。ホールCは約1500席、で、今年から新たに加わることになったよみうりホールが1100席。あとの3つはかなり小さな会場で、もともとのプログラムが生き残ってすでにチケット販売が終了している公演もある。こうなるとよみうりホールの重要性がにわかに高まってきた。
●予定になかったフランク・ブラレイの名前が見えるというサプライズあり(!)。ルイス・フェルナンド・ペレス、ヴォーチェス8が残ってくれたのは朗報。金沢、新潟、びわ湖、鳥栖のほかのLFJの変更情報と見比べてみると、「日本には来てくれるんだけど、東京には出演しない」というアーティストもいるので、東京にいないからといって来日をキャンセルしたとは限らない、念のため。
●チケットのフレンズ先行販売は今日からもう始まってて、4月24日(日)23:59まで受け付けて抽選販売(一般販売は4月27日)。5000人のホールAがないので総座席数は大幅に減った一方で、チケットは超短期の販売、情報を周知するための時間も足りない。なので混むのか空くのかぜんぜん予想がつかない。ただ、ホールAがないんだから、どう転んでも開催当日の会場にいる人数は減るはず。少しゆったりした雰囲気になるのかなあ?
ラ・フォル・ジュルネ開催に寄せるルネ・マルタンのメッセージ、各地のLFJ
●昨日、ラ・フォル・ジュルネ開催に寄せるルネ・マルタンのメッセージが公開された。これは一読の価値あり。以下引用。「皆さまご存知のとおり福島原発の事象評価尺度が、チェルノブイリに並ぶレベル7に引き上げられました。このニュースは即座にヨーロッパ中を駆け巡り、ヨーロッパはパニックに陥りました。ラ・フォル・ジュルネに出演を予定していたアーティストたちも例外ではありません。私の許に次々と不安を訴え、日本への渡航をキャンセルしたいという連絡が届きました」「私はすぐさま東京の梶本社長やKAJIMOTOのスタッフと何度も何度も連絡を取り合い、日本の状況が決して絶望的ではないということを知り、祈るような気持ちで日本の実情をすべてのアーティストに伝えました」「しかし、事態はまた大きく変化しました。一旦は渡航を断念したアーティストたちから、再び日本に行くことを決意したメールが次々に届いたのです。アーティストたちは帰ってきてくれたのです」。
●東京国際フォーラムによれば、4月22日(金)をめどに新公演プログラムが発表される。使用会場は東京国際フォーラムのホールC、ホールD7、展示ホール、地上広場他、よみうりホール、東京ビルTOKIAガレリア。つまり5000人のホールAとホールB5、B7が使えないようだ。しかし今年から新たに使用されることになっているよみうりホールも含まれていて、当初覚悟していたよりは会場数が多い。詳細は22日を待ちたい。
●それから東京以外のラ・フォル・ジュルネももちろん開催される。金沢、新潟、びわ湖、鳥栖、それぞれ来日不可となったアーティストの分の公演についてのみ、いったんチケット販売休止として新しい出演者・演目を調整中の模様。これを見た限りではヴュルテンベルク管弦楽団は来ないけど、シンフォニア・ヴァルソヴィアは来日してくれるみたいっすね。
●LFJ鳥栖は北九州新幹線開業で九州初のLFJとして今年から開催されることになったわけど、いきなりこんなタフな展開を迎えようとは。しかし「会場に九州グルメロードが出現!」とか、B級グルメ方面に全力でローカル色を発揮してくれているのが頼もしい。てか、福岡の「飯塚伝説ホルモン」って何なの(笑)。個人的には福岡・焼きカレーに東京のLFJ屋台村進出を果たしてほしい。
カンブルラン指揮読響第503回定期演奏会
●「今、この日本にいることを嬉しく思う」といって来日してくれた読響常任指揮者カンブルラン。基本、この人はカッコいいっすよね。そして前にも思ったけど、今回もサービス満点のプログラム(サントリーホール)。プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」抜粋、ラヴェルのピアノ協奏曲、休憩を挟んで同じくラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲とボレロ。ラヴェルを両方弾いてくれたのはロジェ・ムラロ。で、冒頭にまず震災の犠牲者を悼んでと演奏してくれたのがメシアンの「忘れられた捧げもの」から「聖体」。本領発揮。ムラロもアンコールとしてメシアンのプレリュードから一曲弾いてくれたので、ただでさえ盛りだくさんのプログラムがさらに強まる特盛マウンテン状態。頼んでもいないのにライスをてんこ盛りにしてくれる食堂のおばちゃんみたいなお得感。
●後半のプログラムが楽しかった。ムラロは長身痩躯剃髪、下肢が長くて風貌は怪人系。鬼気迫る「左手」は圧巻。この曲をほぼメイン・プログラムのようにして聴くチャンスはあまりないのでは。オケもよかった。この曲はワタシにとってはラヴェルの中では例外的に苦手な曲で、非常にシリアスで強迫的なんだけど、どこかからは歪んだ笑いもあるはずでその境界が判然としないというか、特にあの唐突なフィナーレはどう受け取ったらいいのか困惑するばかりなんだが……ダサカッコいい、のかな。
●最後は爽快にボレロ。いつも聴く前まではどちらかというと憂鬱な曲なんだけど(耳にする機会は多いし、あれこれ心配だし)、聴くと猛烈に気分が高揚する、ウヒョー、ボレロ最強ーって叫びたくなるくらいには。
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2011、プログラムを白紙にして内容を全面変更へ
●15日(金)に発表されたように、今年のLFJ東京はいったんプログラムを白紙にすることになった(→全有料公演チケットの払い戻しについて)。予定していたアーティストの来日キャンセルが相次いだこと(福島第1原発事故の国際原子力事故評価尺度がレベル7に引き上げられた12日以降、キャンセルが急増したと報道されている)、いくつかのホールに電気系統の不具合が見つかったことが原因だという。そして、企画をすべて練りなおして、今週には新しい内容が発表されるようだ。
●大型連休の音楽祭の内容が、4月の半ばにもなってひっくり返ったのだから、これはもう大変なことだ。大地震の後、「ラ・フォル・ジュルネは無事開催されるのか」と多くの人が(もちろんワタシも)気をもんでいたと思う。開催に向けてすべての準備が進んでいたし、チケットが一般発売され、公式ガイドブックの編集も終わり、これは大丈夫だろうと確信していたところで、レベル7。最初にプログラムが白紙になると知ったときは愕然とした。震災が音楽界に与える影響の深刻さみたいな大きな観点から衝撃を受けたというよりは、個人的な喪失感が半端じゃなかった。この数ヶ月、ずっと「タイタンたち」と向き合ってきたのに……。
●しかし、音楽祭は中止になるわけではないんである。普通、このタイミングでアーティストの大量キャンセルが出たら中止にするしかなさそうなもの。それを、とにかく新しい企画をできる範囲で組み上げてすぐに(時間がないから「すぐに」しかないわけだが)発表するというんだから並大抵のことじゃないだろう。もちろん新しいプログラムの規模や内容がどれほどのものになるのかはわからないのだが、それでも「何もやらない」のと「やれることをやる」では天と地ほど違う。この音楽祭に限らず次々とアーティストの来日中止が続き、「いま自分たちは深刻な災害下の国に住んでいる」と再認識しないわけにはいかないが(東京の放射線量の測定値はナントより低いくらいなんだが、そういう問題ではない)、LFJは大打撃を被りながらも、とにかくやるんだという構えを見せてくれている。きっと新しいプログラムについても、なにかすぐれたアイディアを披露してくれるんじゃないかと期待している。
METライブビューイング「ランメルモールのルチア」
●METライブビューイングでドニゼッティの「ランメルモールのルチア」。メアリー・ジマーマン演出。これは前にネトレプコ主演で上映されてたみたいなんだけど、そちらは見逃したので今回がはじめて。ナタリー・デセイのルチア、ジョセフ・カレーヤ(カレヤ)のエドガルド。カレーヤは前に新国立劇場の「愛の妙薬」でネモリーノを歌ってるのを聴いている。甘めの美声で本当に耳に心地よい。この日もデセイのルチアを食いかねないほどで、大喝采を浴びていた。まだ若いと思うけど、大スターになるのかも。できることなら、あと少し痩せてくれれば最高。
●デセイの「狂乱の場」はもちろん圧巻。ドニゼッティの悲劇のはずなのに悲劇性の希薄な(と感じるんだけど)音楽がずっと続いた後に、3幕でこんな異様な場面があらわれて、突如劇場の空気がガラリと変わる。こういうのって舞台ならではのおもしろさだよなあ。
●ルードヴィック・デジエのエンリーコも実に悪役らしくてすばらしい。これって幕間のインタビューでもデジエが示唆してたように、似たもの兄妹の話なんすよね。二人とも狂ってるんすよ。ただ一方は男に生まれ、もう一方はこの社会背景における「財産」として扱われる女性として生まれてしまったというだけで。
●でもそのジェンダーの部分に演出が焦点を当てすぎると、この物語の幻想性がスポイルされてしまう気もする。だって幽霊話だし。メアリー・ジマーマンの演出をどうたとえるべきか、なんかうまい一言があると思うんだが見つからない。3幕で、幽霊になったルチアを登場させるんすよね、ネトレプコのときもそうだったんだろうけど。幽霊ルチアがエドガルドにぴたりと添って、切腹を手伝ってくれちゃう。このジマーマンのセンスをどう感じるかってところで好みが分かれそう。それをやるんだったら、もっとやってもいいんじゃないか、とか。
●「ルチア」はオペラ的なお約束に立脚したオペラなので、リアリズム観点だと3幕でルチアが死ぬことについての説明がほしくなる。ルチアが発狂したのはわかったけどさ、どうして発狂すると翌日に死ぬことになるわけ? 死因はなんですか、ドクター、みたいなオペラ的謎の死。そしてエドガルドは切腹したのに、その後も朗々と歌い続ける。どこで呼吸してるのー!とか。しかしジマーマンがルチアの幽霊を登場させたところでワタシは気づいたんだけど、これは実は3幕に入った時点でエドガルドはすでに死んでいたと考えればいいんじゃないか。現実世界ではエドガルドはエンリーコと決闘をして死んでいる。そしてエドガルドは幽霊になって、ルチアの死を知る。ルチアの霊が見えるのはすでにエドガルドも幽霊だから。もう死んじゃってるので、腹を切っても平気で歌っていられるのにも説明が付く。そういうオチ。
●っていうか、それじゃジマーマンじゃなくてナイト・シャマランだろ!
プラシド・ドミンゴ・コンサート・イン・ジャパン2011
●大地震から一ヶ月以上経った今も次々と海外のアーティストの来日中止が伝えられるが、ドミンゴは「日本の人々の深い悲しみに寄り添うために」と予定通り来てくれた。来日したとたんに、余震が活発になってしまってなんだか申しわけない気分にもなるが、大スターが今こうして日本で歌ってくれることのありがたさを昨晩ほど痛感したことはない。共演のソプラノはアナ・マリア・アルティネスがヴァージニア・トーラに変更(容姿端麗でチャーミング)。豪華プログラムに一枚彼女のプロフィールページが挟まれていた。伴奏はユージン・コーン指揮日本フィル。
●前半はヴェルディ作品。MET等で話題になった「シモン・ボッカネグラ」からシモンとアメリアの二重唱、「トロヴァトーレ」からルーナ伯爵のアリア「君の微笑みは」といったバリトンのレパートリーと、「オテロ」の「オテロの死」など本来のテノールのレパートリーを織り交ぜて。後半はオペレッタが中心。ドミンゴは到底70歳とは思えない朗々たる歌唱、そしてカッコよさ。アンコールに入ってマスカーニ「友人フリッツ」から「さくらん坊」の二重唱、「ベサメ・ムーチョ」らが歌われると客席は大いに沸き、さらに岡野貞一「ふるさと」が客席といっしょに歌われると場内総立ちに。最後はララの「グラナダ」でシメ。ドミンゴからは大スターのオーラに加えて、人柄のよさ、親愛の情みたいなものがにじみ出ていて、存在そのものがお客さんの心を動かしていた。ホールを出て時計を見たらもう10時で驚く。3時間があっという間に感じられた。ドミンゴの貫禄、美しい花で彩られたホール、あでやかな着物美人による花束贈呈……。たまたまそういう日だったのか、「繁栄へのノスタルジー」みたいなものを仮想的に(きっと過剰に)予感してしまった。
ネットで聴くLAフィル
●前にhttp://www.facebook.com/iiozineのほうでもご紹介したが、今年もLAフィル(ロス・フィル)のライヴをFM局KUSCが毎週オンデマンド公開中。各一週間の期間限定。第一週はドゥダメルによるメシアン「トゥーランガリラ交響曲」(公開終了)、今週はパブロ・ヘラス=カサド指揮&ピーター・ゼルキンのピアノでストラヴィンスキー、武満他。一週間限定というのがやや短いけど、大変強力なラインナップでかなり楽しい。
●メータ/N響の「第九」は所用あって、公演にも行けず、ネット中継も見られず。残念。ネット中継のほうは9.90ドルという設定で(全額被災地支援に寄付)、決済にはPayPalが使われていた模様。PayPalはワタシもベルリン・フィルのDCHの支払いなどで利用している。日本人向けサービスで「PayPalでドル建て決済」がすんなり受け入れられているところが感慨深い。
●昨日、また地震。東京は震度4。比較的長く揺れた。いったいこれがいつまで続くのか……。いったん余震は収まったように感じた時期もあったが、311から約一ヶ月、また活発になってきている。そういえば昨日は早朝の揺れで目が覚めたのだった。これより酷い目覚ましを思いつかない。
ロイヤル・オペラの「カルメン3D」
●以前少しご紹介したロイヤル・オペラの3D収録版「カルメン」が、日本でも今週末より映画「カルメン3Dオペラ」として全国で順次公開される(4/9~ ユナイテッド・シネマ他)。
●そう、3D映像なんである。3D映像で見るド迫力のオペラ。「アバター」「アリス・イン・ワンダーランド」を担当したrealDの技術提供によって、オペラ歌手がぼーんと立体的に見えるのだ! 「えっ、それ誰が喜ぶの?」という声も聞こえてきそうだが、百聞は一見にしかず、昨日プレス試写を拝見した。
●まず、入り口で「メガネ」を渡される。Real3Dの専用3Dメガネで、これをかけないと鑑賞不可。カメラはまず楽屋にいる歌手の映像を映し、続いて指揮者がピットに入って前奏曲が始まる。つまり、通常の舞台での公演を収録している(METライブビューイングなどと同様。ただし舞台裏の「オマケ」はない)。で、映像はもうたしかにスゴイい立体感。とにかく飛び出る(笑)。飛び出すカルメン、飛び出すドン・ホセ、飛び出すミカエラ、飛び出す字幕。3D映像だと現実以上に奥行き感が出るので、歌手が普通に演技しても十分に飛び出るんである(別に3D向けの演技をしているわけではない)。
●中身のほうだが、これ、誰が演奏してるのか気にする人いるんですか的な雰囲気もなくはないんだが、クリスティン・ライス(カルメン)、ブライアン・ヒメル(ドン・ホセ)、コンスタンティノス・カリディス指揮、フランチェスカ・ザンベッロ演出。METみたいにスター歌手をそろえて収録したわけではなく、かといってビジュアルで選んだというわけでもない。これ、同じ演出を以前に見たのを思い出した。ソニーのLivespireで公開された「カルメン」がこの演出で、そのときはヨーナス・カウフマンがドン・ホセだったんすよね。前奏曲の後半ですでに手枷をはめられたドン・ホセが姿を見せて、隣に覆面をした死刑執行人が立って「これから始まる物語は彼の最期の思い出なんですよ」と示唆する演出。2幕と3幕の間に一回だけ休憩が入った。
●視覚的なインパクトが圧倒的に強いので、普通にオペラを観るという行為とは別種のおもしろさあり。舞台の手前に歌手が立つとまるで目の前にいるみたいに浮き出て見える。飛び出すオペラ好きは必見。もうこの3D映像を見たら、本物のオペラが2Dにしか見えなくなる(笑)。全世界の飛び出すオペラ好きにとって、ロイヤル・オペラは伝説の劇場となった。
来日組
●読売日響常任指揮者シルヴァン・カンブルランが来日。「この震災による被害に、世界中の人が心を痛めています。そのような状況で、私は今、この日本にいることを嬉しく思っています。こんな状況だからこそ、芸術は必要とされるはずです。何か、私に助けになることができればと思います」。なんと力強い。4月18日(月)サントリーホール定期他。
●プラシド・ドミンゴも「予定通り来日」と発表。「音楽を通じて人々の気持ちは寄り添い、音楽は人々の心をひとつにします。音楽を届けることで少しでも力になることができればと日本に参ることにいたしました」。4/10の公演の最後に「日本への祈りを込めた一曲」が演奏され、その模様はUSTREAMでライブ配信される予定。17:30頃~。
●ズービン・メータは4月10日に「東京・春・音楽祭」でN響と「第九」。「今月のフィレンツェ歌劇場日本公演を無念にも途中で切り上げなければならなくなって以来、この偉大な国、日本を襲った未曾有の悲劇の後に、何かこの国の素晴らしい人々を助けられることがないかと考えておりました」。
●しかしなー。来日アーティストが「来日する」ことが話題になる日が来ようとは。未来というのは本当に予測の付かないことばかり。あれもこれも想定外。ていうか、もともと「想定内の事態」なんて存在しないのかも。
交響曲第244番は日本のために
●宇宙一交響曲をたくさん書いた(書いている)作曲家、レイフ・セーゲルスタムの新作は、交響曲第244番 Musical Northlightbeams sending comforting vibrations to the screaming Japanese souls caught in their nightmare... (これなんて訳せばいいんでしょ)。しかし次々と新作が作られる一方で、第235番以降いまだ一曲も演奏されていないとは。ビバ生産。
●今月ヘルシンキで開かれる日本のためのコンサートでも武満徹の「弦楽のためのレクイエム」が演奏されるのか……。ニューヨーク・フィルやウィーンでのチャリティ・コンサートでもこの曲が演奏されたし、パリで開かれるUNESCOチャリティー・コンサートでもやはりこの曲が演目に入っている。作曲から半世紀を経て、こんな形で集中的に演奏されることになろうとは。
●そろそろジョン・アダムズあたりがオペラ「フクシマ ダイイチ」を書きそうな予感。
●気をもんでいた人も多かった「ラ・フォル・ジュルネ」であるが、「当初予定しておりました日程(4月28日~5月5日)での開催を決定させていただきましたことをご報告いたします」というメッセージを発表してくれた。よかった。今欲しいのは明るい話題。そして来日してくれるアーティスト。