●ようやく読んだ、「スターバト・マーテル」(ティツィアーノ・スカルパ著/河出書房新社)。ヴィヴァルディが登場する小説として、翻訳前から話題になっているのをチラッと見かけて気になっていた。読んでみてびっくり。こんなスタイルの小説だったとは。やや長めの中篇程度なのですぐに読める。
●舞台はあのピエタ養育院。ヴェネツィアにあって孤児たちの少女に音楽教育を施し、少女たちの何人かは楽団を作って演奏した。主人公はヴィヴァルディではなく、ピエタ養育院で特にヴァイオリンの才能に秀でた少女。少女の独白という形で養育院が描かれる。あるとき、養育院に新任の司祭がやってくる。彼は前任者とまったく違った驚くべき音楽を書いた……それがヴィヴァルディ。
●著者スカルパはかつてピエタ養育院の中にあったというヴェネツィアの病院で生まれている。そしてヴィヴァルディを敬愛するというのだから、書くべくして書かれた小説なんだろう。ただし、これは小説であって、伝記的な読み物ではまったくない。ヴィヴァルディよりも少女の物語で、特に前半は陰鬱なトーンで進む。手触りはグロテスクといってもいい。著者はよく承知の上で史実とは異なる設定を用いている(もちろんなんの問題もない、小説なんだから)。イタリア最高の文学賞ストレーガ賞を受賞したというのだが、評価のポイントはどのあたりだろう。虚実ないまぜとはいえ、養育院の少女を主人公にするというアイディアはおもしろいと思った。
News: 2011年11月アーカイブ
「スターバト・マーテル」(ティツィアーノ・スカルパ著/河出書房新社)
東京交響楽団2012年度ラインナップ発表記者会見
●11月24日、ミューザ川崎の市民交流室にて東京交響楽団の2012年度ラインナップ発表記者会見。ユベール・ズダーン音楽監督(写真)、大野順二楽団長他が出席し、2012/13シーズンのラインナップについて語ってくれた。シーズン・テーマは「マーラー・リーダー(歌曲)・プロジェクト」。「子供の不思議な角笛」「大地の歌」「さすらう若人の歌」「リュッケルトによる5つの詩」「若き日の歌」「亡き子をしのぶ歌」「嘆きの歌」初稿が演奏される。「今シーズンのシェーンベルク・シリーズでは多くのお客さんに足を運んでもらえて嬉しく思っている。シーズン・プログラムは人気作品ばかりではいけない。よいプログラムとは聴衆に考えさせるプログラム。来シーズンはマーラーの歌曲を取り上げる。これらは日本ではそう多くは取り上げられない。シェーンベルクの大成功を受けて、勇気を持ってマーラーの歌曲に取り組みたい。優れた歌手たちをそろえることができたので、楽しみにしてほしい」(ユベール・ズダーン)。
●マーラーは2年連続の記念年があったばかりなので一瞬「えっ!?」と思ったけど、その後で歌曲というのはいいかも。交響曲はこの2年間でいろいろなオーケストラで聴くことができたわけだから。
●ズダーンはこんな話もしていた。「私が東響に就任して以来、いちばん変わったのは音だと思う。日曜日にテレビでNHK交響楽団がブルックナーの交響曲第7番を演奏しているのを聴いた(注:ブロムシュテットの指揮)。これは決して批判ではないのだが、われわれの音とはまったく違うと感じた。どちらが優れているかという問題ではなく、わたしたちの音があるということを実感した。これまでにわたしたちがモーツァルトから始めて、ハイドン、シューベルト、シューマン……と今日までさまざまなレパートリーを経験してきた結果だろう。評論家やメディアのみなさんがおっしゃるように、東響の音は中欧的で、豊かで幅があり、アグレッシブではなく、そしてどの作品でもはっきり音が聞こえるように演奏できるようになってきた」。
●なお、ミューザ川崎はまだ使用できないので、川崎定期は横浜みなとみらいホールに移される。みなとみらいが一段と賑やかになる、オケ的に。また名曲全集シリーズは川崎市教育文化会館で開催される。
サイモン・ラトル&ベルリン・フィル記者会見から
●ラトル指揮ベルリン・フィルが来日公演中。公演に先立って開かれた記者会見へ(11月22日/ホテルオークラ東京)。写真左よりシュテファン・ドール(ホルン)、サイモン・ラトル、オラフ・マニンガー(チェロ/メディア担当役員)。
●話題はいくつもあったが思いつくままに。ラトル「3年ぶりに来日することができて嬉しい。今年は日本は大変な苦難に遭ったけれど、私たちと日本は長い関係を築いている。われわれはファミリーであり、共通言語である音楽でつながっている」。3人ともやはり震災について言及する。彼らが震災直後にYouTubeで来日のメッセージを残してくれたのを思い出した。ラトル「仙台での公演も考えたが、インフラの問題でオケ全員で行くことはできなかった。しかし何人かのメンバーは仙台で演奏することができた」。ドールは「地震で破損したためミューザ川崎で公演ができなくなり残念。ミューザ川崎のパートナー・オーケストラである東京交響楽団のためにも、一日も早く再建されることを願ってます」と語ってくれた(当初ミューザ川崎で予定されていた一公演がサントリーホールに変更された)。
●EMI主催の会見なので録音関係の話題もたくさんあった。今後のレコーディング計画としては、まずブルックナーの交響曲第9番の4楽章版。手稿を集め修復された第4楽章は「パワフルで説得力がある」「後期のマーラー作品以上に冒険的」(ラトル)。それからビゼー「カルメン」。「オペラのレコーディングはこの時代にもはや不可能と思っていたが、EMIの協力で可能になった」(ラトル)。
●オラフ・マニンガーがベルリン・フィルのメディア戦略について。「デジタル・コンサート・ホール、3D映像収録、YouTube、facebook等々、デジタル分野においてベルリン・フィルはグローバルなアウトリーチを展開している。今クラシック音楽はニッチになりつつあると思われているが、これらの活動によってクラシック音楽を社会の中心にすえることが必要だと思っている」。
●ほかに今回の来日公演でも演奏されるマーラーの交響曲について、あるいは細川作品についても興味深い話題があった。そのあたりは、また別の機会があれば。
●最近の来日団体がどこもやるように、ベルリン・フィルもアジアツアー・ブログを公開している。ドイツ語と英語。写真だけでもおもしろい。
ピエール=ロラン・エマールのリサイタル
●トッパンホールで開かれた「ル・プロジェ・エマール2011」から、二つのリサイタルに足を運んだ。
●まずは18日。これは強烈な体験だった。「リスト生誕200年を記念して」と題されているが、普通のリサイタルとはぜんぜん違う。前半はリスト「悲しみのゴンドラ」、ワーグナーのピアノ・ソナタ 変イ長調「ヴェーゼンドンク夫人のためのアルバム」、リスト「灰色の雲」、ベルクのピアノ・ソナタ、リスト「不運!」、スクリャービンのピアノ・ソナタ第9番「黒ミサ」。これを「曲間の拍手なしで」とリクエストして弾いた。無調の領域へと揺らぎながら、あたかも一つの大作を弾くかのように音楽の大きな流れを作り出す。拍手がないおかげで儀式的なムードも生まれ、とても幸福な時間だった。休憩の後はリストのソナタ一曲のみ。前半の作品群を聴いた後に聴くと、まるで知らない作品のように新鮮に聞こえる。振幅の大きな表現で制御不能な妖気を漂わせつつ儀式を締めくくった。アンコール大会なし。
●20日は問題作(?)「コラージュ─モンタージュ 2011」。古典から現代までさまざまな作品を寄木細工のように組合せるということで、プログラム詳細は当日知った。リミックス的なアイディア、すばらしいじゃないか。当日、演目を見てそのおもしろさにガッツポーズ。曲目は細かくてとても書き出せないが、全体を5部に分けて、それぞれにテーマを持たせる。たとえば第1部は「プレリュード・エレメンタリー」として、リゲティのムジカ・リチェルカータ第1番でスタートしてバルトークのミクロコスモス第124番スタッカート、シェーンベルクの6つのピアノ曲Op19第2曲……と進みブーレーズのノタシオン第4番、第8番と続く。
●第3部「メロディ&メロディ」も印象的。シュトックハウゼンの「ティアクライス」(黄道十二宮)からの各曲とシューベルトのレントラー他の舞曲を交互に演奏する。第4部「カプリッチョ」では作品の交配はさらに一段と進み、断片や引用を組み合わせる。ベートーヴェンの6つのバガテルOp119の第6曲とスカルラッティのソナタを交互に行ったり来たりして見せたり、ケージの「7つの俳諧」、シューマン「謝肉祭」に接続したり……。最後の第5部「告別の鐘」では、ムソルグスキー「展覧会の絵」から「キエフの大門」の途中で終わってしまうアンチ・クライマックスが用意されていた。客席に笑い。
●もっとも、これはリサイタルというよりレクチャーコンサートの雰囲気。各部でエマールがマイクを持ってひと通り解説をはさみ、それが通訳され、そのままの流れで演奏に入るという趣向で、トークの比率がかなり高い。リサイタル・モードではなくレクチャー・モードで鍵盤に向かうんすよね。そこをどう捉えるか。趣向は最高なんだけど、実践としては完成形までにまだ道のりがある気もする。言葉で語ることと音楽を演奏すること、種を明かすことと鮮やかなマジックを見せること、それを同時に求める難しさ、というか。もちろん、そうはいっても並のリサイタルでは体験できない興奮があったことはたしか。
ネーメ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団
●17日のN響定期はネーメ・ヤルヴィ指揮(サントリーホール)。本来ならイルジー・コウトが指揮する予定だったのだがケガのために来日できず、ネーメ・ヤルヴィ、準・メルクル、ワシーリ・シナイスキーの3人で、定期公演の3プログラムを分担した。曲目変更なし。
●で、今パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団が来日しているので、たまたま世界的指揮者の親子がともに東京に滞在している。なんだかスゴい。お忍びでクリスチャン・ヤルヴィも来日してたりしないんだろか。ていうか、父兄弟全員指揮者の家族ってどんな雰囲気なんだろ……。
●この日、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でソリストを務めたのはセルゲ・ツィンマーマン。なんと、フランク・ペーター・ツィンマーマンの息子だ。親子でヴァイオリニストは珍しくはないかもしれないが、フランク・ペーターの息子がもうそんな年齢だというのに驚く。1991年生まれ。「ヤルヴィ指揮ツィンマーマン独奏」の前者は父のほうで後者は息子のほうだったわけだ。
●ドヴォルザークのスラヴ舞曲第1番、交響曲第7番、ともにパパ・ヤルヴィの開放的で大らかな音が鳴っていたと思う。ヤルヴィはベルリン・フィル定期でドホナーニが降板したときも代役を引き受けてくれたんすよね。その後、定期に招かれている。N響でもまた聴いてみたい。
●ゲストコンサートマスターにロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスター、ヴェスコ・エシュケナージが招かれていた。
福間洸太朗ピアノ・リサイタル「エチュード・エルアイ……」
●16日は福間洸太朗ピアノ・リサイタルへ(浜離宮朝日ホール)。「エチュード・エルアイ……」と題された公演で、Li..から始まる作曲家の練習曲が並ぶという凝った構成。前半がリスト、後半がリゲティ、リャプノフ。大変すばらしい。力強く鮮やかなテクニックに胸がすく。でも技巧以上に魅力なのは、内向きの情熱。徐々に音楽を白熱させながら、大きな音楽の流れを生み出していく手腕は圧巻。リゲティの練習曲まで情感豊かな音楽になってしまうほど。すさまじい引力で聴き手を飲み込んでゆく。フォースのダークサイドに落ちる寸前で留まるアナキン・スカイウォーカーを見守る気分。ワタシは今回で彼のリサイタルは3度目なんだけど、すでに次回が楽しみになっている。会場は決して埋まっていないのに、業界関係者は大勢いて、逸材への注目度がますます高まっているのを感じる。
●今月の「バンドジャーナル 12月号」にまもなく来日するベルリン・フィルのホルン奏者サラ・ウィリスのインタビューが載っている。で、あわせて彼女からのプレゼントとして、ベルリン・フィル・デジタルコンサートホールの年間パスのプレゼント企画が行なわれている。また、読者全員に3か月のフリーコードもプレゼントも提供中とか。吉。
プロコフィエフとラヴェル
●「プロコフィエフ自伝/随想集」にラヴェルのエピソードが紹介されている。プロコフィエフはラヴェルのことを高く買っていた。ラヴェルの訃報を聞いて、ラヴェルの音楽は「現実からかけ離れすぎているというまちがった思考のせいで」ソヴィエトではあまり演奏されないが、同時代でもっともすぐれた作曲家であったと讃えている。ラヴェルとは1920年に初めて会ったそうだ。ボレロや弦楽四重奏、パヴァーヌを例に挙げ、彼の死を悼んでいる。
●プロコフィエフはパリ・オペラ座でラヴェル自身が指揮したバレエ「ボレロ」に立ち会ったという。ラヴェルは決して指揮を得意としていないが、曲の最後まで見事にオーケストラをコントロールした。で、最後の和音が鳴って、ダンサーたちがピタッと固まった姿勢をとった後、なぜか幕が下りてこない。ラヴェルは平静を保とうとしたが、いらついていた。ダンサーたちはじっと同じ姿勢をとり続けている。突然、ラヴェルは譜面台の上にあったボタンを押した。すると幕が下りた。ラヴェルがボタンを押し忘れていただけだった……。
ラザレフ&日本フィル記者会見、新プロジェクト「ラザレフが刻むロシアの魂」
●昨日は杉並公会堂でアレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルの公開リハーサルと記者会見へ。1時間のリハーサルをプレス関係者に公開した後で、記者会見を開くという方式。この方式はいいっすね。
●会見でのテーマ、まず新プロジェクト「ラザレフが刻むロシアの魂」について。これまでプロコフィエフ・チクルスに取り組んでいたラザレフ&日フィルのコンビが、次に取り組むのはラフマニノフ。この週末、明日11日(金)と12日(土)にさっそくラフマニノフの交響曲第1番が取り上げられるが、2012/13シーズンには交響曲第2番、同第3番、交響曲舞曲、ピアノ協奏曲第2番、同第3番他が演奏される。11/12シーズンより、ラザレフと日フィルは首席指揮者の契約を5年間延長、今後ラフマニノフに続いてスクリャービン、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチら、ロシア人作曲家たちに取り組むという。
●ラザレフは「プロコフィエフ・チクルスはオーケストラにとって有益だった。オケの音色を変えた。今度のラフマニノフではプロコフィエフとはまったく違ったオケになることが要求される。ラフマニノフは高まる感情が嵐となって押し寄せる音楽だ。日フィルにとって大きな糧となるだろう」と述べた。
●あわせて12/13シーズンのラインナップ、さらに首席客演指揮者ピエタリ・インキネンの3年の契約延長が発表された。インキネンは12/13シーズンでシベリウスの交響曲全曲を3回の演奏会にわたって指揮する。
●ラザレフがラフマニノフの交響曲第1番についてあれこれと余談を披露してくれたのがおもしろかった。ラフマニノフの交響曲第1番については、彼のピアノ協奏曲第2番と合わせて有名なエピソードがある。リムスキー=コルサコフやリャードフ、キュイなど楽壇の大物を前にペテルブルクで行なわれた交響曲第1番初演は悲惨な失敗に終わる。キュイは新聞批評で「地獄の音楽」と酷評した。若いラフマニノフは失意に打ちのめされ作曲ができなくなる。その後、ラフマニノフは精神科医ダーリの催眠療法を受けて、ふたたび作曲の筆を執り、3年後に名作ピアノ協奏曲第2番の初演に成功を収め、復活する。ラフマニノフの交響曲第1番初演が失敗に終わったのは、指揮をしたグラズノフの不手際だったと伝えられている(彼は酔っていたらしい)。ラザレフはこれをムラヴィンスキーから聞いた話として披露してくれて(ムラヴィンスキーもやはりだれか先輩から人づてに聞いた話なんだけど)、グラズノフはゲネプロと本番の間にアストリア・ホテルで豪勢な昼食を食べたという。アストリア・ホテルでおいしい食事をするのにウォッカを飲まないということはありえない。これが悲劇だった。
●で、ここから先は初耳だったんだけど、ラフマニノフは初演の失敗の後、一刻も早くモスクワに戻りたかった。しかし、駅に向かう途中で、意を決してグラズノフに会いに行った。ここで1時間だけ時間があった。そのとき二人が何を話したかは誰も知らない。でも二人は生涯にわたる友人となった(!)。ラフマニノフはグラズノフが亡くなるまで経済的な援助までしたという(ラフマニノフが先輩のグラズノフを助けたのであって、逆ではない)。
●さらに披露された余談。グラズノフはシベリウスと仲がよかった。ヘルシンキのキャンプというレストランでは数日間にわたって外に出ずにひたすら飲み続けたんだとか。シベリウスの飲酒癖も有名っすよね。
METライブビューイング2011/12シーズン、「アンナ・ボレーナ」で開幕
●METライブビューイング2011/12シーズンの最初の作品はドニゼッティ作曲の「アンナ・ボレーナ」。題名役はアンナ・ネトレプコ。デイヴィッド・マクヴィカーによる新演出、指揮はマルコ・アルミリアート。ドニゼッティへの関心が薄くて、この作品を初めて見たんだけど、あらすじを読んで気がついた。「アンナ・ボレーナ」って、アン・ブーリンのことだったんだ! 映画「ブーリン家の姉妹」でナタリー・ポートマンが演じていた、あの女性。えーと、たしか怖い女性じゃなかったっけ。フォースとともにあらんことを。
●が、ドニゼッティの「アンナ・ボレーナ」で描かれるのは、「ブーリン家の姉妹」よりももう少し後の話だ。アンナ・ボレーナはエンリーコ(って、ヘンリー8世のことなんすけどね、イタリア語だから)の妻なんだけど、エンリーコはもうアンナの侍女セイモー(=ジェーン・シーモア)とできてて、セイモーと結婚するためにアンナを罠に陥れて、告発し、処刑する。そのアンナの最期までがこのオペラの題材。これだけ見るとアンナは犠牲者とも思えるわけだが、前史を考えれば思い切り自業自得でもあり、同情の余地はあまりない。
●エンリーコ(=ヘンリー8世)は、もちろん超絶冷酷無比なバカタレっぷりを気持ちよく発揮。小姓のスメトン、アンナの昔の恋人ペルシ、アンナのお兄さん、みんな「死刑!」って、なにそれ。つまりこれって、全登場人物がそろいもそろって最初から最後まで不幸な話なんすよね。王妃になるセイモーもひたすら苦悩する辛気臭い女なので。お前くらいはパーッ!と喜べと言いたくなるが、この人も結婚後しばらくしてエドワード6世を生んで死ぬ運命にあるのだよな、このオペラの幕が下りた後の話として。
●で、音楽面ではアンナ役のネトレプコ(この人もアンナだ)が圧巻。ネトレプコはもうびっくりするくらいロシア的ふくよかさを身につけていて、食堂でどんぶり飯を盛ってくれるオバチャン感が全開なのであるが、おそらく難所につぐ難所であるだろうヘビーな大役を堂々と歌い切った。このオペラって山場だらけなんすよね。あまりにアンナが強烈なので、他の役がかすみそうだけど、しかし男声陣も好演。ペルシ役のテノール、スティーヴン・コステロがいい。伸びやかで、甘い。あと、オケはいつものように切れ味鋭くて、うらやましい。ドニゼッティがこんな聴かせどころの豊富なオーケストレーションをしていたなんて……。煽り立てられる悲劇。ヴェルディを予感させる。
●METライブビューイングのお楽しみ、幕間インタビューでは当時を忠実に再現したという衣装デザインの話がおもしろかった。ネトレプコは幕間は出たくないということで、幕が開く直前にピーター・ゲルプ総裁がじきじきにインタビュー。このときネトレプコの顔に「不機嫌」って書いてあった。話をするのがイヤだったというより、もうアン・ブーリンに半分なっていたんだと思う。アン・ブーリンって、とにかくイヤな女だし。
●上映は11月11日(金)まで。全国各地で公開しているけど、どこも1日1回上映で、夜に上映があるのは東京と大阪の一ヶ所ずつのみ、あとは午前中から上映なので、それなりの気合が必要。でもオペラは実演だろうがDVDだろうが映画だろうが、みんな気合が必要なものだから。気合っていうか、フォース。