●最近読んだなかでも抜群におもしろかった一冊が、新国立劇場合唱団指揮者である三澤洋史さんの「オペラ座のお仕事 世界最高の舞台をつくる」(早川書房)。三澤さんがいかにして指揮者になったか、そして新国立劇場の舞台裏で起きた数々のエピソードが率直で軽妙なタッチで綴られている。さらにバイロイト音楽祭やスカラ座で体験した現場の姿、指揮者論など、どこをとっても読みごたえがある。特に印象に残ったのは新国立劇場での指揮者リッカルド・フリッツァとの「戦いと友情の物語」だろうか。合唱指揮者に振らせず、合唱はオレの棒だけを見ろと要求するフリッツァと、それでは合唱が十分に実力を発揮できないという三澤さんの決定的な対立が、やがて信頼と友情で結ばれた関係へと発展する。
●で、先日、FM PORTの拙ナビによる番組「クラシックホワイエ」の収録で、三澤さんをゲストにお招きすることができた。合唱指揮者の役割や、著書「オペラ座のお仕事」について、楽しいお話をたっぷりとうかがった。オンエアの予定は2月14日(土)22時~。新潟県内の方は電波またはラジコで、それ以外の方はラジコプレミアムでお聴きになれます。本を読んだ方も、未読の方も、ぜひ。
Books: 2015年1月アーカイブ
「オペラ座のお仕事 世界最高の舞台をつくる」(三澤洋史著)
「男のパスタ道」(土屋敦著/日経プレミアシリーズ)
●「そうだっ! それを知りたかったんだよっ!」と思わず声をあげたくなった「男のパスタ道」(土屋敦著/日経プレミアシリーズ)。新書一冊をまるまるペペロンチーニの作り方に費やしているというとんでもない本だが、まったくもって賛嘆するほかない。
●なぜかといえば、ごく当たり前のように対照実験をしているから。スパゲッティの作り方に関してはいろんな人がいろんなことを言う。お湯は大量に使え。塩はたくさん使え(あるいは使わなくていい)。オリーブオイルはエクストラヴァージンをたっぷりと。ソースにゆで汁を入れろ(あるいは入れるな)。麺はどれがいい、フライパンはアルミで、にんにくは、唐辛子は……。でも、それがなぜなのか、お湯はたっぷり使えというのなら、たっぷりじゃなかったらどうなるのか。そういう疑問に対して、いちいち粘り強く定量的な実験を試みて、読者の目から鱗を落としまくる。料理本で目にした「常識」とされるものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
●たとえばお湯に入れる食塩の分量について、段階的に濃度を変化させて、それを家庭内二重盲検法(←いいね、いいね!)によって比較する。ワタシは漠然と、塩を入れるのは(味付け以外に)沸点上昇の目的があるのかなと思いこんでいたんだけど、ぜんぜんそういう話ではなかったことがわかる。あるいは塩の種類について。塩なんてどの土地のどの製法による塩でもみんな塩化ナトリウムなんだから、本来どれも味は違わないはず。しかしある海塩を用いたところ、二重盲検法で9割の確率で味を区別できたという。パパーンと膝を叩きたくなった。これは塩以外の成分、ミネラルによって味が変わってくるということだろうが、ワタシらが知りたかったのは「ミネラル豊富な塩を使うとパスタがおいしくなりますよ」というレシピではないんである。そうではなく、「海塩を使ったら二重盲検法で9割の確率で区別できる味の違いが生まれる」のほうを知りたいんである。なんというか、料理と健康法とオーディオの世界は、思い込みなのか事実なのか迷信なのかよくわからない話だらけでうんざりさせられることが多いんだけど、こうしてはっきりと統計的な有意差があるんだということを示してくれるんなら、たとえそれが家庭内の簡易な実験でも十分に納得できるし、留飲が下がる。
●もうひとつ、この本のいいところは、究極のおいしいペペロンチーニのレシピを作りあげる一方で、そんなに手間暇かけられない場合の効率的かつ現実的な時短レシピみたいなものも用意してくれるところ。
●いちばんラディカルだと思ったのは、ソースにオリーブオイルを使うことに対して疑念を抱き、やがて太白ごま油にたどりつくくだり。凄味がある。
「アナと雪の女王」と「キャリー」
●ようやく観た、映画「アナと雪の女王」。もう語り尽くされている作品なので屋上屋を架すこともないが、本当によくできている。そして、昨年映画館で見た同じくディズニーの「マレフィセント」と驚くほど同質の物語になっていた。一昔前ならお姫さまは白馬の王子さまを待つばかりの主体性のないヒロインにすぎなかったが、今や姫は自力で自分の生き方を決め、自分の考えに従って世界と関わってゆく。王子さまなど不要、むしろ邪悪な存在ですらある。まったくもってうなずける古典のバージョンアップ。「マレフィセント」のほうがいくらか対象年齢が上の分、男に対する視線は辛辣になっている。正しい。
●とはいえ「アナと雪の女王」と「マレフィセント」はかなりネタがかぶっていて、「真実の愛」を探し求めるくだりはまったく同じといっていいほど。これをよく同時期に公開したなとは思った。
●「アナと雪の女王」でひとつ連想したのは、「キャリー」。スティーヴン・キングの処女作で、ブライアン・デ・パルマ(1976)とキンバリー・ピアース(2013)の監督で2度映画化されている(後者は未見)。「キャリー」では抑圧された思春期の少女が、限界にまで追い込まれることで超常的な力を爆発させて、惨劇を引きおこす。「アナ雪」でエルサが「ありのままで」といいながら魔法の力を前回にして氷の城を築く場面は、「キャリー」へのオマージュなんじゃないかと思ったほど。エルサはアレンデール王国の王女で、キャリーはスクールカーストの最下層というポジションの反転があるが、女の子が大人の女性への一歩を踏み出す姿をファンタジーの文脈で描いたという点で両者は共通する。