2008年7月 9日

音楽大量摂取可能時代

ラジオ「おかか1968」ダイアリーさんの記事で知った、BBC Radio3 の Performance on 3 でゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団のマーラー交響曲連続演奏会がオンエア中。期間限定だけど、これはオンデマンドで聴けるからありがたいっすね。さっそく「復活」を聴いてお腹いっぱい、すごく脂っこいものを大量に食した気がする。「復活」は大好きな曲ではあるのだが、午前中から聴くってのはどうなのか。
●当ページ右下のところにPerformance on 3へのリンクをしばらく設置。
●でもホント、聴き切れない。どれもこれも。聴くべきものが多すぎるというか、聴けるものが多すぎるってことか。CDのBOX物もすさまじい。ドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念スペシャル・ボックス、50枚組とか。プッチーニ:オペラ全集、20枚組とか。あまりの単価の安さにひかれてワタシも両方とも買ってしまったが、これだけでも合わせて70枚だ。
●以前は「聴ききれないほどの膨大なライブラリー」を所有しようと思ったら、並外れた資力が必要だったけど、今はそれがほとんど要らない。CDは安いし、ネットラジオは無料だし。今からクラシック聴く人は信じられないくらいラッキー。
●えーと、ついでにグダグダと。プッチーニのオペラ全集はレーベルがSONY/BMGなんすよ。で、「妖精ヴィッリ」とか「蝶々夫人」とか「西部の娘」「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」など、結果的にマゼール指揮の録音が多くなってて嬉しいんだけど(オペラ的にはドミンゴの録音が多いというべきなのか、フツーは)、「トゥーランドット」はBMGのメータ指揮なんすよ。DVDにもなってる、あの北京の紫禁城で公演したライヴ。これがなー。どうしてSONYのマゼール指揮ウィーン国立歌劇場のにしなかったんだろか。あっ、そういえばドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念ボックスのほうもSONY/BMGなのか。これ、中身はどれもこれも素晴らしいっぽくて史上最強なんだけど、通し番号がジャケ裏の右下隅に非常に小さく入っているだけなのが惜しい。箱から出さなくても見える位置に番号を入れてくれてたら嬉しかった。ま、些細なことなんだけど。

2008年3月14日

冬の旅、黄色い雨

冬の旅●以前から不思議だったんだけど、「好きな歌曲」みたいなアンケートを採ると、必ずといってもいいほど第1位がシューベルト「冬の旅」になるんすよ。もちろん名曲なんだけど、なにしろ描かれているのが孤独と絶望、死じゃないですか。作曲者が生前、友人たちに聴かせたところ、曲のあまりの暗鬱さにみんなドン引きしたっていう話があるけど、それも当然だと思う。恋に破れて疎外感とか孤独を味わっているうちはまだ「この世」側にいるけど、幻に襲われたり、墓場をうろついて安らかに眠る死者と出会ったりするのは「あの世」側なわけで、心躍る作品とはいいがたい。でもなんか琴線に触れるところがあるってことなのか、日本人には。
●いや日本人だけじゃないか。孤独を突きつめると詩が生まれる。ってことなのかもしれん。
黄色い雨●もっとも孤独な物語といえば? フリオ・リャマサーレスの「黄色い雨」だろうか。一人また一人と人々が村を去り、廃村となりつつあるアイニェーリェ村にたった一人だけ留まった男の物語だ(背景としてスペイン市民戦争があるのだが、具体的には何も言及されない)。主人公以外には死人と犬一匹しか出てこない。いや、主人公すら生きていないかもしれない。孤独と沈黙、忘却、幻想と狂気のなかで静かに死を待つ男の姿を描く。すると詩になる。「冬の旅」が「冬」であることに疑問を持つ人はいないが、「黄色い雨」を読むと、冬を終えてやってくる春こそが孤独と喪失にふさわしいと気づく。

雪は三、四日で完全に溶けた。その後、雪解け水が村に近い傾斜地の最後に残った側溝を破壊し、通りを泥水で覆い尽くした。それと同時に、家々がその切断された手足や骨をむき出しにしはじめた。あたり一面が雪に覆われている時は、昔のアイニェーリェ村と変わりないように思えたが、陽射しが以前の亀裂や荒廃ぶりだけでなく、この冬が無残にも破壊した家々を白日の下にさらけ出した。(中略) 私は以前住んでいた人たちのことを思い返しながら、そうした建物のあいだを歩きまわり、キイチゴの茂みに覆われた玄関から家の中に入り、荒れ果てた台所や部屋の中を見てまわったが、その姿はおそらく兵隊が全員脱走したか、死体に変わってしまった塹壕にひとり戻ってきた狂った将軍を思わせたにちがいない。

 凄絶な春の到来である。もっとも雪が融けて、埋もれていたものが出てくるからこその春であって、積雪しない土地ではこの光景はピンと来ないかもしれない。春になって泥水から出てくるのは何かといえば、それは幽霊なのだ。

2007年12月17日

デ・ニースへようこそ!

デニースへようこそ●あっ。このダニエレ・デ・ニースのヘンデル/オペラ・アリア集、一回聴いて、なんてすばらしいんだと感激し、もう一回聴いたら紹介しようかなと思ってCDプレーヤーのそばに積んだままにしていたら、すでにkimataさん@♯Credoで強力プッシュされてるではないですか。いやまったく、吉。プロモーションビデオ等の映像を見る前にCDで聴いたから、あとで動いている姿を見て、「えっ、こんな感じなのか」的な驚きもあったんだけど、まずこのCDだけでも十分にチャーミング。
●で、このジャケット、表だけだとイマイチなんだけど、中にも写真が何点かあって、このデ・ニース嬢ってものすごくエキゾティックで美しい。共演したウィリアム・クリスティとかアーノンクールとかがかわいい孫娘ビーム照射されて次々と爺さん転がしされてゆきそうな(←これ勝手な妄想)インパクト大で、そもそもこの人、どこの国の人かと思うじゃないっすか、このハイブリッド感、猛烈漂う容貌に。で、経歴上オーストラリア生まれのアメリカ育ちってあるんだが、両親はスリランカとオランダと知って納得。サッカー好きならきっと同じ連想すると思うけど、元バルセロナのファン・ブロンクホルスト(オランダ&インドネシア系)がパッと頭に浮かぶ。ある意味そっくり、でも現象的に全然違う、みたいな複雑な合点感。密かにファン・ブロンクホルスト応援してたけど、スペインからオランダに帰っちゃったんだよなー。じゃあ、これからはダニエレ・デ・ニースの時代だなー、と無関係意味レスな連鎖。
●来年3月、サントリーホールのホール・オペラで「フィガロの結婚」が上演されるんだけど(ルイゾッティ指揮東フィル)、そのスザンナ役で来日します、デ・ニース。まだ20代。

2007年11月16日

エンリコ・オノフリ指揮のモーツァルトが11/21にリリース!

オノフリのモーツァルト●聴いた人はきっと覚えている、昨年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」で鮮烈な印象を残してくれた、エンリコ・オノフリ指揮ディヴィーノ・ソスピーロのモーツァルトを。「聴きなれた交響曲第40番がまるで未知の曲であるかのように響いた」という感想/文言それ自体がいまや消尽されてしまっている感ありで躊躇するけど、でもやっぱり言ってしまう、あのモーツァルトの交響曲第40番がまるで未知の曲であるかのように響いたんすよっ! 先が読めないモーツァルト。オノフリって誰?っていう方には、とりあえずイル・ジャルディーノ・アルモニコのコンサートマスターと説明。
●で、そのオノフリ指揮ディヴィーノ・ソスピーロのモーツァルトが国内盤CDで11/21にリリースされるのだ(HARBOR RECORDS)。曲はモーツァルトの交響曲第40番とセレナータ・ノットゥルノ(こっちも相当おもしろい)。オマケとして特典DVDがついていて、オノフリ氏のかなりがっつりしたインタヴューとリハーサル風景付き。一足先に中身を聴かせていただいたが、昨年ライヴで聴いた40番そのもの。ブックレットでオノフリ自身が述べてるんだけど、彼はモーツァルトをシュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)の風潮から生まれたものとして見ている。ウィーン古典派のアポロン的な優美な存在じゃなくて、C.P.E.バッハの直後に書かれたアグレッシヴな音楽。「そんなの今さら新しい知見でもなんでもないよ」と思われるかもしれないけど、題目唱えるだけじゃなくて、音楽として実現して、まっさらな状態で出会った聴衆を虜にしちゃう人はそういない。昨年はなにひとつ知らずに聴きにいって腰抜かしたもんなあ。あ、そのときも書いたけど、こういう音楽に出会うたびに、いかに「既知のもの」として片付けずに何度でも驚けるかってのが個人的にきわめて重要。
●ちなみにオノフリは来年1月、浜離宮朝日ホールのヘンデル・フェスティバル・ジャパンに来日して、「水上の音楽」と「戴冠式アンセム」を指揮してくれる。公認ファンサイトができているので、詳細はそちらへ。

エンリコ・オノフリ ファンサイト

2007年11月 7日

グルダとモーツァルトのソナタ第7番ハ長調 K309

グルダ モーツァルト・テープス2●再びフリードリヒ・グルダのモーツァルト・テープス2の話を。このやや音質に難のある続編2枚組と、前作の比較的音質良好なグルダ・モーツァルト・テープ3枚組を合わせると、モーツァルトの「ピアノ・ソナタほぼ全集」ができあがる。埋もれていたグルダの録音がよみがえったのは大変すばらしい。しかし、「ほぼ全集」であって、2曲だけ欠けているのが気になっていた。「どうしても使える録音がなかったんだろう」と勝手に解していたが、後日続編のほうの解説書を見てその謎が解けた。息子のパウル・グルダが書いている。
●2曲欠けているのは、第7番ハ長調K309はグルダは真作ではない(アポクリファ)と考えていたから、第18番ヘ長調K533/494のほうはもともと別に書かれた2作品がまとめられたものだから、ということなんである(あっ、CDの解説書本文には英独仏語どれもK533/594と書かれているけど、これはK533/494の誤植)。後者のほうは問題がない。K533/494というケッヘル番号が示すように、この曲はまずロンドK494が単独の作品として書かれて、その後アレグロとアンダンテK533が書かれ、両者を合わせてソナタとして出版された。だから第3楽章のほうが先に書かれているわけだ。モーツァルトも承知の上のことだと思うので、ソナタにしちゃえばいいのにと個人的には思うが、もともとソナタじゃないといわれればその通り。でも惜しくない? この曲のアンダンテは後期のモーツァルトならではの簡潔な音楽で、ワタシの脳内では、ソナタ第16番変ロ長調K570とかピアノ協奏曲第27番とかクラリネット協奏曲とかと同じような位置に分類されている。グルダがソナタの仲間に入れてくれなくて残念だ。
グルダ、モーツァルト●で、前者、第7番ハ長調K309が真作じゃないって話はワタシには初耳で驚いたんである。K309、新しいケッヘル目録の番号だとK284b。どのソナタ全集にもフツーに収められている曲だと思うが、ほかにもそういうことを言っている人っているの? パウル・グルダもそのあたりさらっと書かないで、もう少し事情を説明してほしかったぞ。で、第7番ハ長調K309、あなたはお好きだろうか。ワタシはこの曲の第1楽章が大好きなんである。世間一般ではマンハイム時代の作品ということになっているこの曲、特に第1楽章はモーツァルトのソナタのなかでも目立って「明るい」。いや明るいというか、行き過ぎた躁状態というか、この浮かれぐあいはアンバランスだろうっていうほどの気前のよさである。調子に乗りすぎ、少し壊れ気味のモーツァルト。やや歪な魅力がある。でも、第2楽章、第3楽章はもっとバランスが取れている。そして、ワタシにはどこからどう聴いてもモーツァルトに聞こえる。
●もし仮にこの曲がモーツァルトじゃなくて、たとえば「モーシァルト」って人の作品でしたと判明したとしたらどうする? きっと、ワタシはモーシァルトのファンになる。そして願う、だれか優れたピアニストがモーシァルト全集を弾いてくれと。

2007年10月25日

グルダのモーツァルト・テープス2

グルダ モーツァルト・テープス2●おっと、忘れてた。フリードリヒ・グルダのモーツァルト・テープス2。2枚組でピアノ・ソナタ6曲を収録。国内盤は11月に発売される。前作に続いて、またもグルダの未発表録音が登場。これでモーツァルトのソナタがほとんどそろったことになる。前回と同じように、この世でもっとも美しいモーツァルトだと思ったが、同時にこれらが後から遅れて出てきたことにも納得。残念ながら音質がよろしくないんである。ヘッドフォンで聴くのは途中であきらめた(録音レベル高すぎてガンガン音が割れる)。しかし、完璧なレコーディングによる退屈なモーツァルトと、ボロボロの録音による最高のモーツァルトと、どっちが聴きたいかって問われたらコンマ1秒の逡巡もなく後者。躊躇レスにゲットするしか。録音のタイミングも違うのかもしれんが、第14番ハ短調のソナタと幻想曲ハ短調(前作収録)が別々の商品に分かれてしまった……が、そんなの瑣末なことか。
●これって80年代ヒストリカル? いつまで死んだピアニストを追いかけるのか。まあでもモーツァルトもとっくに死んでるわけだから、クラシック者としてはこれがフツーとも言える。録音は死んだ人、演奏会は生きてる人みたいな感じになってきてるっぽい。ていうか、演奏会は死んでる人じゃムリか(笑)、おそらく将来も。ソンビ化されない限り。

2007年8月10日

リヒテルのドキュメンタリー「謎(エニグマ)~甦るロシアの巨人」

 プロコフィエフはラフマニノフのことを毛嫌いしていた。なぜだかわかるか? それは…… (スヴャトスラフ・リヒテル)

謎(エニグマ)~甦るロシアの巨人●リヒテル没後10年を迎えてということなんだろうか、先日、NHK-BSでリヒテルのドキュメンタリーが放映されていた。昨日HDDに録画したものを途中まで見た。中身は以前にもご紹介したことのある「謎(エニグマ)~甦るロシアの巨人」で、DVDで発売されている。ワタシはレーザーディスク時代に見てるんだけど、もう一度見ても抜群におもしろい。どうしても時間がなくて途中で止めてしまったが、これはまた最後まで見なくては。音楽ドキュメンタリーの最高傑作なんじゃないだろうか。
●80歳になったリヒテルが淡々とその生涯を振り返るというインタヴューに、古い貴重な映像(よくわからないものもあるけど)が次々とさしはさまれる。YouTubeにも載っているショパンの練習曲Op10-4の映像なんかも入っていて、この強烈さには呆れるしかない。
●ウクライナに生まれたんだけど自分の父親がドイツ人で、大戦中に国家権力によって銃殺されたこと、ピアノは8歳か9歳から始めたんだけど(最初から天才なんである)ピアノよりオペラのほうに夢中になっていたこと、モスクワに行ってネイガウスに師事したらすぐに「もう教えることはない」って言われたこと……。リヒテルのネイガウス評も興味深かった。心から賞賛を重ねた上で、ポツリと「ピアニストにとって教育熱心であることは致命的である」なんて言ったりする。
●大物女流ピアニスト、マリア・ユージナとのエピソードなんかもそうなんだけど、本質をえぐるようなシリアスな物言いのなかにチクッと棘のあるユーモアが混じる語り口がすばらしいんすよ。冒頭に挙げた「危険な男」プロコフィエフについての評言はこう続く。

 プロコフィエフはラフマニノフのことを毛嫌いしていた。なぜだかわかるか? それは(プロコフィエフが)影響を受けていたからだ。

2007年5月28日

筋肉痛で引きこもりながらオーダーするマラ3

●草サッカーを楽しんだのは良かったが、その翌日さらに翌々日とワタシはもう歩くのも動くのもヤになるという消耗ぶりで、引きこもる。ボールは友達だが、筋肉痛はもっと友達。自分のゴールシーンはすでに256回くらい脳内で反芻済み、ミニゲームなのに(笑)。でもフルコートだったら65536回くらいは味わってる、脳内サンチャゴ・ベルナベウで。ミニゲームだと脳内三ツ沢球技場くらいのサイズ。
ハイティンクのマーラー3番●シカゴ交響楽団が新たに自主レーベルでマーラーの3番、出してるじゃないですか。ハイティンクの指揮で。CSO Resoundっていうレーベル名。で、シカゴ響のサイトを見たら、iTunesでFREE trackを聴かせてあげるからアクセスコード欲しい人はこっちから申し込んでねってなってて、ほいほいと申し込んでみたら、iTunesの中の人に「アメリカのショップからじゃないとダウンロードできません」って叱られた。えっ、そなの。じゃあとiTunesの設定をアメリカのショップに変えて再度チャレンジしたら、appleIDを入れたところで「それアメリカのショップ用じゃないから。日本だから」ってまた叱られて、もうヤになった。ぐすん、なんか目新しいから軽い気持ちで試してみただけなのに。こうなると無性に聴きたくなって、フツーにCDを通販で発注したというワナ、いやワナじゃないけど。

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