2024年10月31日

河村尚子「20 -Twenty-」

河村尚子「20 -Twenty-」●最近目にしたアルバムのなかで、ぶっちぎりにジャケットがすばらしいと思ったのが、河村尚子の「20 -Twenty-」。日本デビュー20周年を記念したアンコール・ピース集なのだが、このジャケットのインパクトと来たら。ふだん、クラシックのアルバムはどうもなあ……と思っていたが、これは完璧だと思った。細い「20」の手書き風数字と飛び跳ねた髪と顔がうまい具合に重なり合っているのも見事だし、そこはかとなく漂うミッキー感もいい。テーマパークみたいなアルバムだし。表紙だけではなく、中のページも含めて、デザインがすべてにおいて美しい(ただひとつの難点は文字のサイズが小さくて読みづらいこと)。
●一曲一曲について河村さんのコメントが載っていて、これらがどれも私的なエピソードと結びついているのも大吉。たとえば、リムスキー=コルサコフ~ラフマニノフの「熊蜂は飛ぶ」だと、ドイツで甘いものを野外で食べているとスズメバチがあらゆる方角からやってくる話とか、めちゃくちゃおかしい。
●もちろん、中身も最高。ベートーヴェン「エリーゼのために」とかシューベルト「楽興の時」第3番みたいな超有名曲にまじって、ナディア・ブーランジェの「新たな人生に向かって」とか、矢代秋雄の「夢の舟」、コネッソンの「F.K.ダンス」なども入っていて、新鮮な気持ちで聴ける。実際にリサイタルでアンコールとして弾かれたのを聴いた曲もけっこうあって、うれしい。

2024年9月 2日

Chandosのダウンロード販売サービスThe Classical Shop終了に伴い、最大50%OFFセールを開催

シャンドス●SpotifyやApple Musicといったストリーミング配信全盛の今、音源をダウンロードで購入している人は少数派だとは思うが、Chandos Recordsのダウンロード販売サービス The Classical Shop が11月29日をもって閉じられることになった。新規ダウンロード購入は10月25日まで。よく勘違いされるので説明しておくと、The Classical ShopはChandos運営のサイトだが、Chandosレーベルの音源だけを扱うのではなく、BISとかonyxとかNimbusとかHänsslerとか、いろんな中堅レーベルの音源を購入できるサイトなんである。20年間続いたが、ダウンロードの需要低下が止まらず、サービスを終了することに。で、最後は最大50%セールをやってくれることになった。お値段はポンド建てなので、円安の今、お得感がどれほどのものかは知らない。
●The Classical Shopはなんどか利用したことはあるが、ダウンロードで購入するときは自分はおもにPresto Musicを使っていた。こちらのほうがメジャーレーベルを含めた数多くのレーベルを扱っていて便利であり、しかも購入時に円で決済できるのでなにかと明快。ここはまだ健在で、もちろんChandosの音源も販売している。もっとも、ストリーミングではなくダウンロードが必要という場面も減ってきたので、最近は使わなくなりつつあるというのが正直なところ。
●ストリーミングにはない、ダウンロードの利点もあることはある。たとえばデジタル・ブックレットが付いてくる(こともある)とか、CD音質を超えるハイレゾ音源でも購入できる(ものが多い)とか、ネットワークの不安定な環境でもストレスなく聴けるとか(たとえば長距離移動時)、たまにストリーミングでは聴けない音源が売っているとか、ストリーミング配信はいつサービス自体を止めると言い出すかわからないけどダウンロードでデータを所有してしまえばいつまでも聴き続けることができるとか。でも、こういった利便性はかなりニッチではある。
●ところでChandosといえば、少し前にナクソスの創業者であるクラウス・ハイマンの傘下に入るという発表があった(参照記事)。経営は引き続きラルフ・カズンズ(創始者ブライアンの息子)が行い、物流や配信はナクソスが担当するといった話。このニュースは、ナクソスではなく、クラウス・ハイマン個人がChandosを取得したという点で目を引いた。

2023年10月 9日

Gramophone Classical Music Awards 2023 発表

●英グラモフォン誌のGramophone Classical Music Awards 2023が発表されている。リンク先は販売サイトのPresto Music(こちらのほうがグラモフォン誌のサイトより一覧性にすぐれているので)。レコーディング・オブ・ザ・イヤーに輝いたのは、オーケストラ部門の受賞作でもあるファビオ・ルイージ指揮デンマーク国立交響楽団によるニールセンの交響曲第4番「不滅」&第5番(ドイツグラモフォン)。同コンビによるニールセンの交響曲全集もリリース。N響首席指揮者でもあるルイージだが、デンマーク国立交響楽団では2017年から首席指揮者を務めている。レコーディング・オブ・ザ・イヤーはわりとメジャー感のあるセレクトになった。
●各部門賞で目立ったところでは、室内楽部門がエベーヌ四重奏団とアントワン・タメスティ(ヴィオラ)によるモーツァルトの弦楽五重奏曲第3番&第4番(ERATO)。これは納得。ピアノ部門ではクリスティアン・ツィメルマンによるシマノフスキのピアノ作品集(ドイツグラモフォン)が受賞。メジャーレーベルはこの3点かな。いや、メジャーレーベルとマイナーレーベルを区別する意味はもうないか。
●協奏曲部門はティモシー・リダウトのヴィオラ、マーティン・ブラビンズ指揮BBC交響楽団によるエルガーのヴィオラ協奏曲(チェロ協奏曲からの編曲)が受賞(Harmonia Mundi)。この録音は自分も気になっていた。世の中、どんどんすぐれたヴィオラ奏者が出てきているけど、ヴィオラ協奏曲の名曲が足りていないといつも感じていたんすよね。本来のチェロに対してヴィオラはいかにも軽いけど、こうして受賞したということはリダウトのソロに説得力を感じた人が多かったということか。
●現代曲部門はフィンランドのロッタ・ヴェンナコスキという人の作品集 Sigla, Flounce, Sedecim。ぜんぜんなじみのない人なので、少し聴いてみる。カラフルなオーケストレーションで、かなり聴きやすい作風。このアルバムもほかのアルバムもそうだが、Pretso MusicのサイトではCD、MP3、FLAC、ハイレゾFLAC(一部)で販売されている。もちろん、ふつうにSpotifyやApple Musicで聴くこともできる。このロッタ・ヴェンナコスキという人のアルバムを下にSpotifyで貼り付けておこう。なんだか再生数が少なすぎる気がするので。

●10日の当ページ更新はお休みするので、代わりに本日に。

2023年8月 4日

Hyperionレコードのストリーミング配信がスタートしたので

●イギリスの中堅レーベルとして数々の名盤を世に送り出してきたHyperionレコードが、7月28日からついにストリーミング配信を始めた。開始時点では200作品ほどのタイトルが配信されており、以後、随時タイトルが追加され、来春までにはレーベルが保有する約2500点のアルバムがそろう予定だとか。今年3月にHyperionがユニバーサル・ミュージックの傘下に入ったと発表されたとき、残念がる声も聞こえてきたが、ともあれ配信が始まったことはよかったと思う。以前だったら、あえてストリーミングをしないという戦略も独立レーベルには一理あると思っていたが、ここまで世の中が変わってしまうと、あれだけのカタログを持つレーベルが丸ごとお蔵入りしてしまうんじゃないかと気になっていた(出版界でいえばデジタル化を拒んだ「写研」のように……と言っては大げさか)。
●で、せっかくなので、ご祝儀と言ったらヘンだが、この数日間、積極的にHyperionのアルバムをSpotifyで再生している。こういった配信サービスはユーザーの支払った金額の一定割合(Spotifyは70%だったかな?)を再生回数に応じてアーティスト側に分配する仕組みになっている。だから、クラシック音楽ファンである自分としては、なるべく好きなレーベルとかアーティストの音源をたくさん再生したいという気分になるわけだ。いや、わかってる、配信の世界ではクラシック音楽はマイナーな存在であり、1回再生したところでアーティストに入るお金は本当に微々たるものであることは。どうがんばったところで、ほとんどの売り上げはヒットチャート上位曲に持っていかれる。しかし、だからといって再生しなかったらゼロなのだ。多少、狂ってるかもしれないが、ワタシは過去にCDで購入したアルバムでも、なるべく配信で再生している……。選挙で一票を投じるみたいな感覚で。
●だからHyperion、聴こうぜー、配信音源一覧はここにあるよー、という話なのだが、気になるのはSpotifyで表示される各トラックごとの再生回数。今のところ、自分が再生したアルバムはどれも全トラック表示がない。まだ更新されていないということなんすかね。いったいどれくらい再生されているのか、気になるところではある。主要アーティストはマルカンドレ・アムラン、アンジェラ・ヒューイット、スティーヴン・ハフ、スティーヴン・イッサーリス、アリーナ・イブラギモヴァ他。


2023年3月 3日

第65回グラミー賞のクラシック音楽部門

●そういえば少し前に第65回グラミー賞が発表されたが、クラシック音楽部門について、今年も軽く振り返っておこう。なんどか当欄でご紹介しているようにグラミー賞の価値観は日本やヨーロッパとはかなり違っており、なかなか刺激的なラインナップなのだ。グラミー賞は全部で80部門以上あり(これでも一時期より減ったのだが)、クラシック音楽関連では10部門ほどある。そのなかから主要部門の受賞アルバムを、Spitifyの公開プレイリストとしてまとめておいたので、よかったら後で聴いてみてほしい。
●まずは、オーケストラ部門 BEST ORCHESTRAL PERFORMANCE。受賞アルバムはマイケル・レッパー指揮ニューヨーク・ユース・シンフォニーによる「フローレンス・プライス、ジェシー・モンゴメリー、ヴァレリー・コールマン作品集」だ!……えっ。たぶん、「は?」と、なる人が多いんじゃないだろうか。演奏者も作曲者もなじみがないが、これは説明を聞けば納得する。フローレンス・プライスはアメリカの黒人女性作曲家のパイオニアなのだとか。で、ジェシー・モンゴメリーとヴァレリー・コールマンは現代のアフリカ系アメリカ人女性作曲家。なるほど今にふさわしい受賞アルバムではある。ただ、日本や欧州のレコード賞とはだいぶ視点が違う。指揮者がどんな解釈で名曲と向き合って、どんなサウンドをオーケストラから引き出すかといったことよりも、そのアルバムが世の中にどんなインパクトを与え、どのような意義を有するかが重視されているようだ。
●続いてオペラ部門はテレンス・ブランチャードのFire Shut Up in My Bones。これは幸いに日本でもMETライブビューイングで上映されているので知っている人は知っていると思うが、その際に日本語題が作られなかったのが惜しい感じ。もっとも一般的なオペラ・ファンからすると「テレンス・ブランチャード、だれ?」って感じだろうか。ヤニック・ネゼ=セガン指揮メトロポリタン・オペラ・オーケストラ&合唱団の演奏(やっと知ってる名前が出てきた!)。
●室内楽部門 BEST CHAMBER MUSIC/SMALL ENSEMBLE PERFORMANCE は、キャロライン・ショウの「エヴァーグリーン」。演奏はアタッカ四重奏団。以前に同じアタッカ四重奏団によるショウの「オレンジ」もグラミー賞を受賞していた。前作同様、しっとりとした情感のあるリリカルな作品だ。
●器楽部門 BEST CLASSICAL INSTRUMENTAL SOLO は、Time for Threeの「Letters For The Future」。これはレーベルがドイツ・グラモフォンだ。Time for Threeというのはヴァイオリン2+コントラバスのトリオで、3人全員がヴォーカリストでもあるというグループ。今回の受賞アルバムにはケヴィン・プッツとジェニファー・ヒグドンによる協奏曲作品が収められている。
●ここまで作曲家の名前がほぼ現代の人ばかりなのだが(!)、これらとは別にちゃんと現代音楽部門 BEST CONTEMPORARY CLASSICAL COMPOSITION がある。今回の受賞作は上記Time for Threeのアルバムに収められたケヴィン・プッツのContact。
●声楽部門 BEST CLASSICAL SOLO VOCAL ALBUM は、ルネ・フレミングのソプラノとヤニック・ネゼ=セガンのピアノによる Voice Of Nature - The Anthropocene。ふー、やっとクラシック音楽っぽいアルバムが出てきた。だが、安心するのはまだ早い。このアルバムにはフォーレやレイナルド・アーンの曲に並んで、ケヴィン・プッツやニコ・ミューリー、キャロライン・ショウらの作品も収められている。もうコンテンポラリーな作品が入っていないとグラミー賞では賞を獲れないのかと思うほど、現代の作曲家の名前ばかりが出てくる。その一方でこれら現代の作曲家の作品はどれもおおむね聴きやすく、耳当たりがよいのも興味深いところ。ともあれ、今を生きている人に賞を与えるというのはもっともな話ではある。


2022年9月16日

パーヴォ・ヤルヴィ指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団のジョン・アダムズ・アルバム

●指揮者界のレコーディング・チャンピオンである父ネーメ・ヤルヴィには及ばないものの、息子パーヴォ・ヤルヴィの録音点数も相当なものだと思う。ドイツ・カンマーフィル、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、パリ管弦楽団、NHK交響楽団と、シェフを務めたオーケストラでそれぞれに応じた作曲家のアルバムを制作し、現在音楽監督を務めるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団とはチャイコフスキーに続いて、ジョン・アダムズ・アルバムをリリース。チューリッヒでジョン・アダムズというのは意外な選択だけど、楽しい曲がそろっている。
●で、「スロニムスキーのイアーボックス」「トロンバ・ロンターナ」「ロラパルーザ」は他でも聴く曲だけど、「私の父はチャールズ・アイヴズを知っていた」っていう曲が入ってるんすよね。ワタシは初めて聴いた。全3曲で30分近くある。特に第1楽章「コンコルド」が思いっきりアイヴズ調でかなりおかしい。第2曲「湖」、第3曲「山」と続く。「山」はジョン・アダムズ自身の登山体験に基づいているそうで、21世紀の「アルプス交響曲」と名付けたくなるような神々しい瞬間がやってくる。
●それにしてもジョン・アダムズの父親がアイヴズと面識があったとは。いったいどういうつながりなんだろ……と思ったら、なんと、別に知り合いでもなんでもないって言うんすよ! ただ「私の父はチャールズ・アイヴズを知っていた」という曲名を付けただけ。ジョン・アダムズによれば、自分と父の親子関係と、チャールズ・アイヴズとその父ジョージの親子関係には似たところがあるそうで、もし出会う機会があれば親同士がよい友達になったんじゃないかという。どちらの父親も芸術肌でビジネスセンスに乏しく、夢見がちで、息子を触発することには長けていて、ニューイングランドの小さな街での暮らしを気に入っており、ソローの思想に賛同していたのだとか(Hallelujah Junction: Composing an American Life / John Adams を参照)。でも、だからといってそんな混乱を招くような曲名を付けるかね……。


2022年6月16日

ブリュッヘン指揮新日本フィルのベートーヴェン交響曲全集 CD

●2011年2月にすみだトリフォニーホールで開催されたフランス・ブリュッヘンと新日本フィルの「ベートーヴェン・プロジェクト」のライブ録音が「ベートーヴェン交響曲全集」としてCD化された。当時のプログラムノートに寄せた小さな拙稿が解説書に転載されている。このシリーズは記憶に残るコンサートだった。当時の新日フィルはブリュッヘンやハーディングやメッツマッハーらを呼んで、かなり尖がった活動をしていたっけ……。今とはずいぶん楽団のカラーが異なる。ブリュッヘンとの活動がこうして録音で残ることになったのはありがたいこと。
●ひとまず、気になるところだけをいくつかピックアップして聴いてみたが、なんとも生々しく、懐かしい。「英雄」冒頭、お客さんの拍手がまだ続いているなかで、いきなりブリュッヘンは意表を突いて振り始めたんだけど、その様子もそのまま収録されている。あれは、ゆっくりゆっくり指揮台に向かって歩いてきて、椅子に腰かけるのかなと思わせておいて、座らずにシュッ!って腕を振ったから、拍手と重なったんすよね。絶対に拍手に被せるっていう決意を感じた。そして、始まった「英雄」の巨大なこと。
●荒れ地のような寂しげな「田園」も思い出深い。律義なノンヴィブラート。ブリュッヘンの手のひらの大きさ。2011年2月、大地震の前月のことだった。

2022年6月 6日

エンリコ・オノフリ&イマジナリウム・アンサンブルの「自然の中へ ヴィヴァルディ『四季』と母なる大地の様々な音色たち」 CD

●エンリコ・オノフリとイマジナリウム・アンサンブルの新譜「INTO NATURE 自然の中へ ヴィヴァルディ『四季』と母なる大地の様々な音色たち」を聴く。配信ではなくCDで。これはすばらしい。今までさんざんいろいろなスタイルの「四季」を聴いてきたつもりだったけど、まだこの曲をこんなにも新鮮な気持ちで聴けるとは。そして恐るべき完成度。ワクワクした。
●選曲がおもしろくて、ヴィヴァルディの「四季」に至るまでのストーリー性があって、ジャヌカン「鳥の歌」(編曲)、ウッチェリーニ「異種混淆 雄鶏とカッコウによる麗しき奏楽」、パジーノ「様々な野の動物の鳴き声を模倣して」など、鳥や動物たちの描写的な音楽から始まる。たっぷりと豊かな「四季」前史を味わった末に、ヴィヴァルディがやってくる。ここでふんわりと柔らかく「四季」が開始される瞬間が鳥肌もの。なんという暖かさ。オノフリ自身の解説によれば、楽器編成はル・セーヌ版に従っているということで、通奏低音にオルガン(「秋」のみチェンバロ)が用いられている。このオルガンが非常に効果的で、ときに幻想的で、ときに重厚。全体に柔らかさと鋭さがバランスした成熟した「四季」だと感じる。
●あと「春」第2楽章のヴィオラ犬がかつてないほど犬。

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