ブーレーズ、ノーノ、シュトックハウゼンらと並ぶ前衛音楽の大家。一番有名な曲はおそらく「シンフォニア」。バッハやらドビュッシーやら多数の作曲家の作品をコラージュ的に用いている。さまざまな楽器(あるいは人声)のために書かれたセクエンツァなど作品の演奏頻度や録音機会は決して少なくない。「シンフォニア」でベケットやジョイス、「テーマ−ジョイスへのオマージュ」でジョイスの「ユリシーズ」、「サークルズ」でカミングスを、テキストに用いているように、言葉と声の探求はこの人を語るに欠かせない。そして、歌手である夫人キャシー・バーベリアンの存在も。
現代を代表するアイドルがキムタクだとすれば、19世紀前半を代表するのはフランツ・リストである(暴論)。ピアノという楽器の可能性を当時としては徹底的に追究した作曲家&ピアニストだ。ハンガリー生まれではあるが、当時はオーストリア皇帝統治下なので母国語はドイツ語。リスト家の次女コジマが後のワーグナーの奥さんになる人。コジマと言ってもコージマであり、小島さんではない。
その辺のフツーの83歳と比較せよ。とにかく昔から今にいたるまでバリバリにパワフルだ。最近になっても「椿姫」や「ペトルーシュカ」など初挑戦・初録音のレパートリーが出てくるのだから、精神的にも相当タフである。ハンガリー系でピアニスト出身の大指揮者。老巨匠なんて形容するのもためらわれる。
アメリカの作曲家と言われて、真っ先に思い出されるのがこの人。今世紀のアメリカの実験主義音楽の先駆者。非アカデミズムもいいとこで、保険業の傍らに作曲をしていた。あまりに大胆で、あまりに独創的なため、認められたのは第二時大戦後。「宵闇のセントラルパーク」「答えのない質問」、4つの交響曲、ホリデイ・シンフォニー、ピアノ・ソナタ第2番「コンコード」、などなど。極めて真摯で内省的な楽想もあれば、アメリカのマーチング・バンドもどきの音楽もある(お父さんはバンドリーダー。父の影響も指摘される。えっ、マーラーに似てる? そうそうアイヴズの交響曲第3番にはマーラーも関心を示していたそうな)。シンフォニーのCDはティルソン・トーマスはじめ多し。
オーストリアに生まれ、アメリカで没した歌手。ロッテ・レーニャといえば、作曲家クルト・ヴァイルの最初の奥さん。ヴァイル&ブレヒト作品ではおなじみ……と言いたいとこなんだが、私は聴いていないのでパス。ヴァイルの歌つきバレエ?「七つの大罪」をセラーズが演出した最近のLDは見たんだが、そのアンナ役はストラータスが歌っていた。とてもおもしろいLDだと思ったが、詳しい人の話によると本来の「七つの大罪」とは全然違うそうな。で、これの初演の時にアンナ役を歌ったのがロッテ・レーニャ。
世紀末ウィーンに生まれ、ニューヨークで没した作曲家。ナチの台頭によってアメリカに亡命した作曲家の一人である。CDではフィッシャー=ディースカウとマゼールによる「抒情交響曲」などが有名か。シャイーあたりも積極的にこの作曲家を取り上げている指揮者の一人。
パヴァロッティももう還暦。小澤と同じ歳だが、ともに若いですなあ。カレーラス、ドミンゴと並ぶ三大テナーの一人。ニューヨークのセントラル・パークでとんでもない数の観客を集めたり、「パヴァロッティ・アンド・フレンズ」でブライアン・アダムズなどポップ畑のアーティストと毎年共演したりと、話題性十分。
最大のイタオペ(イタリア・オペラね)作曲家。「椿姫」「アイーダ」「オテロ」「リゴレット」「ドン・カルロ」「トロヴァトーレ」「仮面舞踏会」「運命の力」「マクベス」「エルナニ」等々、残した名作は枚挙にいとまがない。オペラ以外にはレクイエムもあり。
「アイーダ」の有名な「凱旋行進曲」は、現在でもイタリアのフットボール(サッカー)・スタジアムで、チームを問わず(たぶん)サポーターズ・ソングとして歌われている。読売クラブがJリーグ発足時にヴェルディ(チームカラーの緑って意味)と名前を変えた時、サンバに代えてこれからは「アイーダ」を歌うのかとも思ったりしたが、そんなはずはなく、あのチームは今でもコテコテのブラジルである。
この人、大変な人である。まず、多作家。交響曲から室内楽、オペラなどあらゆる古典的なジャンルにわたって作品を残した。さらにフォーレ、フランク、シャブリエ、ドビュッシー、デュカス、ラヴェルらのフランス人作曲家のために国民音楽協会を設立。エキゾティシズムにとらわれアルジェリアやエジプトを放浪。リュリ、ラモー、シャルパンティエらの古いフランス音楽の校訂など音楽学でも活躍。とんでもなく忙しい人生だったに違いない。
日本で最も親しまれている曲は、おそらく交響曲第3番「オルガン付き」と組曲「動物と謝肉祭」だろう。が、こんなもんじゃぁない。5曲あるピアノ協奏曲はどれも傑作(特に2番と4番か)だし、オペラ「サムソンとデリラ」はフランス・オペラ10傑には入るだろうし、オーボエ・ソナタ、2曲のヴァイオリン・ソナタ、七重奏曲など室内楽もある、チェロ協奏曲やヴァイオリン協奏曲第3番も知られている、もちろん「死の舞踏」をはじめとする交響詩もいい、「アルジェリア組曲」とか「ウェディング・ケーキ」とかもおもしろそうだ……と、まあ名曲の宝庫なのだ。
生誕300年からはや10年。シュッツはドイツの作曲家。イタリア留学でモンテヴェルディらの音楽に触れ、ドイツの伝統的なポリフォニーとイタリアのコンチェルト様式を融合し、30年戦争の戦禍にもかかわらずドイツ・バロック音楽の礎を築いた。
ロシアに生まれソ連に没したピアニスト。大ピアニストなんだけど、伝説かというとそういう人間離れした存在とはちょっと違うような。
ロシアに生まれアメリカに渡ったピアニスト。亡くなったのは近年だが、この人はもはや伝説である。驚異的なテクニック、輝かしい音色、楽譜から遠く離れた独自のスタイル、すべてにおいて伝説だ。晩年に来日、某評論家に「ひびの入った骨董」と形容された事件は有名。いずれにせよ当時全盛期はとっくに過ぎていた。録音も数多い。ショパン、スカルラッティ、スクリャービン、ラフマニノフ……どれもが魔術。たとえば65年のカーネギー・ホール・コンサート(ソニー)。2枚組でシューマンの代表的名曲「幻想曲」がメイン。お得意のショパン/バラード第1番も収録。あの最後の数小節、滝が激しく流れ落ちるようなアッチェレランドは、一度聴いたら未来永劫忘れられない。
ジェイムズ・ジョイスでおなじみのダブリン生まれのアイルランドの作曲家。ヴォーン・ウィリアムズ、ブリス、ホルストなど後の世代の英国系作曲家に影響を与えたとされ、近年再評価されつつあるようだ。CDも増えてきた模様。
木管楽器の製作者として有名。フランス・フルート音楽に隆盛をもたらしたと言われる。作曲家としてのオトテールはフランス・ブリュッヘンらの演奏で聴くことができる。
9月25日と26日は音楽家誕生の特異日だ。コルトーはスイス生まれのフランスのピアニスト。もはや伝説的巨匠か。
フランスの大指揮者。ストラスブール(この場合はストラスブルクと言うべきか)生まれ。ベルリオーズ、ラヴェル、ドビュッシー、ブラームスなど。楽譜にとらわれない自由な解釈で「自由みゅんしゅ党」という最低なダジャレを生みだした(ウソ)。
意外と最近の人である。ニューヨークに生まれ、ハリウッドで没したという純アメリカな作曲家。代表作はもちろん「ラプソディ・イン・ブルー」、「パリのアメリカ人」、オペラ「ポーギーとベス」。ピアノ協奏曲なんかも今時な感じ。
一頃、マーラーの次にブームを呼ぶのはこの人であると叫ばれていた。確かにそうなった面もある。以前はショスタコーヴィチの名曲といえば交響曲第5番。しかし今は15の交響曲の多くが演奏される。弦楽四重奏曲やピアノ曲もある程度のポピュラリティを獲得、歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の重要性も認識されている。協奏曲にも名曲多し。語られるところ多い作曲家だけに、短文で紹介するのは気がひける。
9月25日生まれの人は音楽家になりやすいのか……。コリン・デイヴィスはイギリスの指揮者。ベルリオーズの録音に並ならぬ情熱を傾けた人である。他にモーツァルトなど古典派の音楽にも積極的。アラウと録音したベートーヴェンのピアノ協奏曲なんかもいいかも。
同時代のありとあらゆる音楽家の中で、グールドほど「孤高の天才」という言葉が似合うものはいないだろう。独自の音楽解釈、奇行とエピソードの豊富さ、彼自身の音楽に関する著作(レコードの解説からラジオ番組まで)の多さゆえか、彼に関しては多数の著作がある。「グレン・グールド なぜコンサートを開かないか」(音楽之友社)、「グレン・グールド著作集」1&2(みすず書房)が個人的にはおすすめ。
カナダに生まれ。若くしてCBS(現ソニー)からバッハ「ゴルトベルク変奏曲」でデビュー、世界を熱狂させた。初夏でもオーヴァーに手袋、薬を持ち歩きレコーディングの前には精神安定剤。腕をぬるま湯にひたし準備。演奏中、片手が空くとその手でもう片方の手を「指揮」。たとえシュヴァルツコップと共演したレコーディングであっても、曲を唸るように歌ってしまうという没入ぶり。ピアノを弾くときは、専用の異常に低い「椅子」が必要。曲のテンポとはずれたテンポで体が左右に回転するように揺れる。北部の森、そして動物を愛する。生涯独身。長電話好きで人間嫌い。メディアの可能性を追究し、ラジオで複数の登場人物の会話が同時進行する対位法的ドキュメンタリー「北の理念」を制作。コンサートからドロップアウトし、録音のみに専念、異なるテイクからの継ぎ接ぎも辞さない……。
が、これらのエピソードは音楽について何も語らない。逸話などなくともその天才性の評価は変わらないだろう。どんな1曲でも、グールドのバッハを聴けば、彼が他のあらゆるピアニストとは異なる存在であることが分かる。ノン・レガートの明晰なタッチ、控え目なペダルの使用によるシャープな響き、完璧なテクニック、そして小さなパッセージ一つ一つにまで宿る「歌」を聴けっ!
晩年再録音された「ゴルトベルク変奏曲」が94年にビデオ化されている。