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大草原のガウチョ気分を味わえっ! ヒナステラ「エスタンシア」全曲

 久々に思いっきり爽快な気分にさせてくれた一枚がこれ。アルゼンチンの作曲家ヒナステラ(1916-1983)のバレエ「エスタンシア」全曲(併録はバレエ「パナンビ」)。「エスタンシア」の全曲版はこれが世界初録音であるという。
 「エスタンシア」組曲版でよく聴かれるのは以下の4曲。Los trabajadores agricolas(農園で働く人々)、Danza del trigo(小麦の踊り)、Los peones de hacienda(牧場の牛追い)、Malambo(マランボ)。しかし、どうせ聴くなら全曲を聴くべし。ヒナステラは草原地帯パンパに赴き、そこで先住民の生活様式を残しながら暮らすガウチョ(カウボーイ)たちと出会い、これを題材にバレエ音楽を書いた。作曲にあたり、まず「夜明け−朝−昼−晩−夜明け」という一日のサイクルを曲全体の構成として描いたのであり、全曲版でガウチョの一日をなぞってこそ、その雄々しさを追体験できるというものだ(笑)。バス・バリトンによる朗読やら歌が挿入される意外さも全曲版ならでは。
 音楽はエネルギーとポエジーに満ちたすこぶる明快なもの。「牧場の牛追い」はストラヴィンスキーばりの変拍子と荒々しいパーカッションと金管の咆哮が楽しい(つうか、ほとんど「春の祭典」のパクリかも)。演奏は、ベン=ドール(Gisele Ben-Dor)指揮のロンドン交響楽団。非常に熱く、ダイナミック。ゆったりと旋律を歌い上げる「小麦の踊り」も、終曲「マランボ」の熱狂も見事。
 ちなみにベン=ドールはウルグアイ育ちの女性指揮者である。ウルグアイにもアルゼンチン同様、広大なパンパがあり、肉牛農場「エスタンシア」があるそうだ(参照)。ま、ヒナステラは純然たる西欧的な立場から音楽を書いているから、「お国もの」とかいうことはこの際あんまり関係ないんだろうけど。
 「パナンビ」のほうもヤンチャで、爆裂しております。 (00/04/24)


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●Ginastera : Panambi, Estancia
●Gisele Ben-Dor / London Symphony Orchestra, Luis Gaeta (Bs-Br, Narrator)
●CONIFER CLASSICS (BMG) 75605-51336-2

ジャケじゃカッコつけてるけど、中身はノリノリ。熱い。




ああ、至高体験。スクリャービンの「神秘劇序幕」

 本年最大の怪作はこれかもしれない。
 まず、スクリャービン原作(?)、アレクサンドル・ネムティン補筆完成の「神秘劇序幕」とは何か? 「神秘劇」というのは、単に音楽の枠に止まらず、テキスト、視覚的効果を伴う楽器、ダンサー、芳香などによる観客参加型の壮大なる神秘主義の儀式的舞台作品として構想されたものらしい(神秘劇=英題だとThe Final Mystery。なんだかゲームっぽい→笑)。劇上演のためにインドに巨大寺院を建てよう、なんてアイディアまであったという。しかし、この神と宇宙と人類の一大叙事詩は、作曲家の幻影に終わる。遺されたのは、50ページ余のスケッチと、1000行を超えるテキスト。
 このCDに収められている「神秘劇序幕」は、第1部「宇宙」、第2部「人類」、第3部「変容」(もうこの標題だけでもスゴすぎ)からなり、合計2時間40分強の超大作。えっ。50ページのスケッチだけでこんな巨大な作品を構成できるはずもないわけで、当然補筆者ネムティンがスクリャービンの音楽語法と受け継いで書いたもの、ということになってしまう。が、聴いてみれば、これ、隅から隅までスクリャービン。なにしろネムティンなる崇拝者は半端じゃない。自らの作曲家としてのキャリアを投げ打って、26年を本作の完成のために捧げたというのだから!(99年に没)。この人にはちょっと興味を惹かれる。そこまでの献身は音楽的共感によるものだったのか、神智学的使命感によるものだったのか……。
 完成されたこの作品では結局テキストは用いられていない(合唱は歌詞なしで歌う)。一瞬の熱から始まる神の宇宙創造に続き、人類の試練の歴史を描き、悔悟のときを経て、天国での再生へと向かう。ネムティンは終曲「変容」に、古代インド風な「鼓動する宇宙」観を持ち込み(なんだかビッグバン理論みたい)、死を超越した人類の新たな階梯へと至る変容を示唆する(ああ、まるでA・C・クラークだ)。そんなもん、音楽で表現できるのかよ、なんて言っちゃいけません(笑)。
 神秘なんぞに縁のないワタシらにでも、音楽から十分に陶酔感と宗教的法悦(かもしれないもの)を聴取し、たっぷりと身を浸らせることはできる。ここに、非理性が生み出すオカルト的叡智と理性の産物である音楽語法の幸福なる合一を見出すか、さもなくば創造による救世主を演ずる芸術家の無限に肥大したエゴを読み取り爆笑するか。それは聴衆一人一人の問題である。
 ビバ! 至高体験!! 至福なり! 四度の神秘和音!! (00/02/14)


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●Scriabin / A.Nemtin : Preparation for The Final Mystery
●Vladimir Ashkenazy / Deutsches Symphonie-Orchester Berlin, Lubimov(p), Gindin(p), Ernst Senff Chor, etc.
●DECCA 466329-2

こんな大作をアシュケナージの指揮でメジャーレーベルが録音してくれるなんてスゴいことだよねえ。




未来はダニエル・ハーディングの手に。

 これ聴いて、唖然としました、ワタシは。
 レコーディングのほうはまだ始まったばかりなのでディスク・オンリーだとその名を耳にする機会はなかったかもしれないけど、媒体的にも世界の音楽事情(ってなんだそりゃ)的にはダニエル・ハーディングくらい話題になってる人はいないはず。23歳の若さでこれだけキャリアを積んだ指揮者っているんだろか。
 一応、書いておくと、94年に18歳にしてバーミンガム市交響楽団にデビュー、ラトルとアバドのアシスタントをしながらバーミンガムやベルリンで活動、96年にプロムスに最年少指揮者として登場、去年のエクサンプロヴァンス音楽祭のピーター・ブルック演出の「ドン・ジョヴァンニ」でも成功を収めた。この秋からこのディスクで率いられるドイツ・カンマーフィルの芸術監督に就任している(といったようなプロフィール的な話は本来どこかへリンク一つで済ませたいもんだ)

 で、ベートーヴェンの序曲集である。プロフィールはもちろん、インタヴューの類を読んでも、この人には容易に「早熟の天才」像が思い浮かべられるんだが、音を聴いてもその印象は強められるばかり(ついでに言えばジャケットに映った顔の表情を見てもそう。安直だけど)。少なくとも知的な面に関しては人の256倍の速度で生きてきましたーっ、みたいな。古楽器演奏への傾倒ぶりも、一曲目「コリオラン」冒頭を聴けば瞬時に頷けるはず。つうか、ほとんど古楽器オケかと錯覚してしまうくらいっすよ。
 でも驚いたのはスタイル的なことより、こんなにオケを徹底的にコントロールできちゃうものなのかってこと。表現、かくあるべしという強い意志に基づいて頭の中に設計図を描き、その理想形にぴたりと嵌る音楽を作り出す。遊び、なし、気まぐれ、なし。しかも、憎たらしいことに、オーケストラも彼の音楽の実現のためにものすごく集中して生きたベートーヴェンを演奏してくれているではないですか。恣意レスな無菌室のドラマ。これなら若者嫌いの人だって、青臭いだのなんだの言ってられんぞ、絶対。才能のスケールが違うつうか。

 指揮者だから、あと50年以上活躍しても不思議はないのに(笑)、スタート直後でもうこれなんだから恐れ入るしか。帝国を築いてくれることでせう……と言いつつも、だな。学究的な正当性、妥当性や、演奏史的な同時代性をしっかり持ちながらも、音楽が生きているというあまりにも均整のとれた美のあり方ってものに対して、CDプレーヤーがスタートしてから70分後には厭いてしまうという、恐ろしく矛盾したこの贅沢な違和感は何だろか。謎。
 ホラー映画でとんでもなく都合のいいハッピーエンドの後に、不気味な予兆が描写されて終わるってのあるじゃないっすか。あの気分と似てるかも。続編を見ろって意味か(笑)。 (99/11/23)


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●Beethoven : Overtures
●Daniel Harding / Deutsche Kammerphilharmonie
●Vergin Classics 7243 5 45364 2 7



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