Back Number DISC WOW! [ 9 ]

「太陽王」って呼ばれるのもけっこう気恥ずかしそうだよなっ!

 今ウチで溶けそうなほどレーザービームを照射されているCDが、ジョルディ・サヴァール(←この表記に文句つけるの厳禁)のリュリ。全然新譜じゃないんだけど許せ。スペイン産自主レーベルALIA VOXの一枚で、タイトルはL'Orchestre du Roi Soleil、すなわち「太陽王のオーケストラ」。もうセンスよすぎ、頭っからお尻まで悶絶しそうなくらいにおサレ。収録曲は「町人貴族」「王のディヴェルティスマン」「アルチェステ」の組曲、それに「恋する医者」からのシャコンヌ。うう、泣ける、「トルコ人の儀式のための行進曲」みたいなバカ度高い曲までおサレすぎてウルっと来てしまう瞬間的至福の贅沢な連続体。これ聴いたらルイ14世は猛烈高速回転して踊り死に確実だな。いや、洗練度の高さではウィリアム・クリスティかもしれないんだけど、大胆に快楽に浸るならサヴァールってことで。海亀の産卵並に力みつつ、ロベルト・カルロスの左足並のパワーでオススメしたい。(03/02/13)

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●「太陽王のオーケストラ」〜リュリ:「町人貴族」「王のディヴェルティスマン」「アルチェステ」の組曲他
●ジョルディ・サヴァール指揮ラ・コンセール・デ・ナシオン
●ALIA VOX (輸入盤)

>> その他のサヴァールのディスク



彷徨するプチ物欲の安住の地がここに。DENON CREST1000。

 また強力な千円盤が登場してしまった。DENONのCREST1000 シリーズ(→ラインナップ)。「全70点」という微妙に中途半端な点数に(笑)質的に吟味されている感、大あり。レコード店のチャートを席巻しているようなのだが、このラインナップを考えれば納得できる。なにしろ、いままでに廉価では入手できなかったものが多く、単純に年中行事のごとく繰り返し発売されるベスト×××ものとは根本的にありがたさが異なる。
 ある程度普段から聴いているリスナーにとって、再発売廉価シリーズとは「普段だったら自分は聴かない領域」を探索するためのきっかけとして機能しているのではないか(質としてどれもが非常に高いというのはすでに当然の前提としている)。自分的マストアイテムは初発売時にもう手に入れているわけで、こういう機会に曲または演奏家という点で個人的な聴取領域の拡大を目指さなければつまらない。したがって、ラインナップを見た瞬間に「これは押さえねば」と思わされるディスクは、正負両方に向けて強烈なオーラを放っているものが多い。欲しくなる一方で、これまで持っていなかったことも事実という、まだら模様のアンビヴァレントな不連続物欲が刺激されるのだ。
 たとえばアファナシエフが弾いたブラームスの後期ピアノ作品集は怪異にして異端すぎるのではないかという恐れを50%感じつつも、ほかのだれにも求めることのできない詩情がここにはあるはずだという50%の期待を抱かせる。同様にカルミナ四重奏団のシマノフスキには、この曲の前に聴くべきシマノフスキはあるんじゃないかと逡巡しつつも、おそらく演奏の質と合わせてこれこそがシマノフスキへのハマリ道入り口となるはずではないかと幸福な出会いを想像する。黛敏郎「涅槃交響曲」を見れば、涅槃でも元気に「題名のない音楽会」をやってくれと願いながらも、たしかにこれは現代日本音楽が打ち立てた交響曲の金字塔ではなかったかとリスペクトしてしまったりする。
 あとはもし未聴の名曲があればこの際に。万一、手元にヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」とか、テレマンの無伴奏フルートのための12の幻想曲とか、コレッリの「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集」がないとするなら、これを手にするにあたりなにを悩めというのか。あ、でも一般的にはマタチッチのブルックナーとか、スクロヴァチェフスキのプロコフィエフ「ロメオとジュリエット」が人気なんだと思います、このシリーズ。それから、これからクラシックを聴く人にはほぼ全点オススメ。(02/07/15)

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●ブラームス:後期ピアノ作品集
●ヴァレリー・アファナシエフ(p)
●DENON


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●シマノフスキ:弦楽四重奏曲第1番、第2番
●カルミナ四重奏曲
●DENON


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●黛敏郎:涅槃交響曲
●岩城宏之指揮東京都交響楽団
●DENON


>> ヤナーチェク:グラゴル・ミサ(マッケラス/チェコ・フィル)
>> 全ランナップ (DENONサイト)



クラウディオ・アラウとトン・コープマンに見る価値と価格の逆転現象

 「質的に最高のものが価格的にもっとも安く、質的に未知のものがもっとも高価である」。こういう経済的な常識に反した奇妙な現象が見られつつあるのが、いまのクラシックのCD。ありがたいんだか、心配すべきことなんだかよくわからないが、特にそれを感じさせられたのが、最近発売された2つのシリーズ(国内盤)。
 いずれもアーティスト別のシリーズで、ひとつはピアノのクラウディオ・アラウ、もうひとつは指揮および鍵盤楽器奏者のトン・コープマン。ともに1000円盤なんだけど、ラインナップを見て唖然。なにしろ、かつてレギュラープレイスで購入して、しかもそれが自分ではベストのひとつと思えるようなものがいくつも含まれる。悔しいかっていうとそんなこともなくて、むしろこの際に未聴のものも一通りそろえてしまおうとかいう妙なバランス感覚が働いたりする。すげーなー、今年からクラシックを聴きはじめた人は幸せだ(笑)。
 特に個人的にオススメのディスクを挙げると、アラウはショパンのすべて、ベートーヴェンのソナタ、協奏曲あたり。ポリーニみたいなショパンが好きな人には無縁のピアニストかもしれないんだけど、ラテン的オトコっぽさがぷんぷんと匂ってくる濃厚系カッコよさで最強。えっ、ヘタ?うーん、これがウマいってもんじゃないのかなぁ。
 コープマンはモーツァルト、バッハも一通り押さえておきたいが、初めて聴いたら絶対にこりゃ驚くだろうってのがC.P.E.バッハ(大バッハの息子っすね)のシンフォニア(交響曲)集。ただでさえ情緒表現豊かすぎなこの指揮者が、多感様式の曲を振ってるんだから、これがおもしろくなかったらウソ。哄笑してなお感銘深しという稀な一枚なのだ。圧倒的な豊穣さに浸るべし。(01/11/19)


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●ショパン:プレリュード集(前奏曲集)+即興曲集
●クラウディオ・アラウ(p)
●Philips
>>その他のアラウのディスク


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●C.P.E.バッハ:シンフォニア集
●トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラ
●Erato
>>その他のコープマンのディスク

ま、到底1点や2点のディスクで代表させることのできないシリーズっすけどね。



夢のディスクを手にしたら。ファジル・サイのピアノ版「春の祭典」

 一体これは何事かっ! どう考えても尋常じゃない。こんなCDが世に出てしまうとは。
 ピアノ一台で大オーケストラの音楽を表現できたらどんなにすごいだろうかと夢見た少年たちはどれほどいるか。無数。そして、それを実現してしまったのは誰か。ファジル・サイ。歴史的ヴィルトゥオーゾたちも果敢に白黒の鍵盤を操り空想の色彩音響空間を築き上げようとしたが、こんにち只今現時点、多重録音を使うことを躊躇する理などなにもない。ステージをドロップアウトしたグレン・グールドが「マイスタージンガー」前奏曲で3本目の腕を使ったのも昔の話。なぜ一人で四手ピアノ版を多重録音してはいけない? いや、四手に留まらない。時には手は六本になり、八本になり、十本になる。おまえは千手観音かっ! さらには畏れを知らぬ勇者は様々なピアノの内部奏法をも敢行し、オーケストラ的な音響効果を再現する。70年生まれの若いトルコのピアニストはそうやって、バカバカしい夢のようなピアノ版「春の祭典」を実現してしまった。クレイジーっていうのはこういうことなんじゃないか。
 以前、この欄でサイのデビュー盤のモーツァルトを取り上げた(絶対スゴいピアニストだと思ったんだよなー、というのはありがちな自己満足)。抱いたのはそのときと同じ感想。箱庭職人だ、こいつは。精緻さへの情熱は内側に向かい、モーツァルトはおろか、「春の祭典」まで逆オーケストレーションしてしまった。まるで透明で精巧なガラス細工。思わぬ形に還元された歴史的問題作はその複雑さと先鋭性を顕わにし、エキゾティシズムで空気を充満させる。マイクが拾うピアニストの唸り声。歌もテクニックもユーモアもある。
 ああ、息苦しい。
 共感してくれるか、理解してくれるか、この「息苦しい」という感覚を。こんな憧れそのもののような音楽がこの世に現れてしまったなんて。明日からどうすればいい、何を夢想すればいい。聴き終えてあっけにとられ、所在無くCDのブックレットをパラパラとめくれば、優れたアートワークの中に垣間見えるファジル・サイの顔。一瞬、こちらに視線を投げかけニヤリと笑った。悪魔め。 (00/08/07)


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●Stravinsky: Le Sacre du Printemps (FourHand Piano Version)
●Fazil Say (p)
●TELDEC 8573-81041-2



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