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March 17, 2026

東京都美術館「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」

カール・ラーション「カードゲームの支度」
●東京都美術館の「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展へ(~4/12)。スウェーデン国立美術館の協力で、約80点からなる19世紀末スウェーデン美術の展覧会。とくべつ有名な人がいるわけではないと思うのだが、行ってみると意外と盛況。上の絵はカール・ラーション「カードゲームの支度」(1901)。公式サイトでメインでフィーチャーされているのがこの絵なんだけど、ひとつの典型というか、スウェーデンらしい豊かな田舎暮らしを温かいタッチで描いている。こういったタイプが人気なのかな。

アンデシュ・ソーン「故郷の調べ」
●こちらはアンデシュ・ソーン「故郷の調べ」(1920)。今回の展示から伝わるスウェーデン絵画の大雑把な流れとして、まずアカデミックな画壇が確立された後、パリに学んだ次世代が新たな潮流を生み出し、やがて「スウェーデンらしさ」を追い求める民族主義的作風が台頭する、という感じ。音楽の世界とよく似ていて、やっぱりこの時代は国民楽派みたいなものが美術の世界でもあるんだなと思う。これはその典型だろう。伝統的な民族衣装を身につけ、リュートを奏でながら故郷の調べを歌う女性。

アーンシュト・ヨーセフソン「水の精(ネッケン)」
●この絵はまちがいなく以前に見たことがあるぞ。アーンシュト・ヨーセフソン「水の精(ネッケン)」(1882)。その場では思い出せなかったが、帰宅してから、SOMPO美術館の「北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」にも展示されていたことに気づく。セイレーンなど、水の中に男を引きずり込む水の精にはたくさんのバリエーションがあるが、ネッケンの場合はヴァイオリンを弾いているところが特徴的。水中でヴァイオリンを弾くのは無理だと思うが、水の精は物理を超越する。

ニルス・クルーゲル「夜の訪れ」
●こちらはニルス・クルーゲル「夜の訪れ」(1904)。ゴッホみたいな夜空。夜の訪れをこんな鮮やかな色調で表現するのが、いかにも緯度の高い国という感じがする。光あふれる夜。光が馬の体にも降り注いでいる。坂本繁二郎が描く馬を思い出すのはワタシだけではないと思う。

March 16, 2026

J1百年構想リーグ、マリノスは千葉に勝利して最下位脱出

●現在開催中の「Jリーグ百年構想リーグ」は変則的な短期決戦。J1を東西の各10チームずつにわけて総当たりをし、最後は東西の同順位で対決する謎方式、しかもPK戦あり。マリノスは開幕から負け、負け、勝ち、負けと予想通りに黒星を重ねて最下位に沈んでいたが、この週末、JEF千葉相手に2対0で完勝。ようやく2勝目を挙げることができた。
●昨季終盤、降格を避けるためにアタッキングフットボールをかなぐり捨てて、ロングボールを蹴ったら、ウソみたい勝てるようになったマリノスだが、今季は大島監督のもとアタッキングフットボールへの回帰を掲げ、その結果として着々と黒星が積みあがっていた。さすがにこのままではまずいと思ったのが、JEF戦は立ち上がりから慎重で、手数をかけないサッカーに。難しいことをせずに、早めに前に蹴る。おかげで次々とチャンスが訪れる。後半7分に遠野大弥のスーパーボレーが(またも)決まり、後半29分には山根陸のパスをペナルティエリア内で受けた谷村海那が豪快なゴールで2点目。そして今季初の無失点。
●この試合、マリノスのパス本数は337で、成功率は68%。どちらもかなり低い。アタッキングフットボール全盛時は600本くらいのパスで成功率は80%を超えていたと思う。「早めに前に蹴る」だと、パスの本数も減るし、成功率も下がる(でもつながればチャンスになる)。やはり、平均的な戦力だと、つなぐサッカーより蹴るサッカーのほうが勝てる。が、観る側が楽しいのはつなぐサッカー。アタッキングフットボールへの回帰を謳ったのは、集客が求められる巨大スタジアムをホームとするクラブの営業戦略もあってのことなのだろう。伝統的にはマリノスは「堅守」のチームだったはずだが、今や監督が「ポステコグルー監督以来のアタッキングフットボールのDNA」などと口にするようになっているわけで、今季も理想主義と現実主義の間をさまよい歩いている。

March 13, 2026

ルービックキューブを新調する

●最近、ルービックキューブを新調した。スピードを競うようなガチ勢ではないので、なんとなく考え事をするようにくるくると回すことが多く、鉛筆回しとかタバコの代用品みたいなところがあるのだが、この世界もずいぶんと進化していて現代のキューブはとてもスムースに回転する。マグネットを使うタイプと使わないタイプがあって、今回選んだMonster Go MG356 はマグネットありのタイプ。とても回しやすい。「子供や初心者の練習用」と謳われているので、競技用ほどチューニングはされていないのだろうが、一般人はこれで十分。
●あと、プラスチックにもともと彩色されているのも吉。これがシールを貼るタイプだと、使っているうちにシールが剥がれて汚くなる。
●昔、このルービックキューブが日本中に大ブームを起こした頃、近所の駄菓子屋のガチャガチャで「ルービックキューブの攻略法」を記した紙が売られるようになり、子どもたちはこれに飛びついた。あれはだれが作った攻略法だったのだろう。近年になって、その攻略法が中国語に翻訳されてネット上に出回っているのを見かけた。それを見た日本人が「中国ではこんなふうに揃えているんだ」みたいなことを書いていたのだが、それは昭和の日本の攻略法だと教えてあげたくなった。

March 12, 2026

ブログをモダン化する その6 落穂拾い

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●(承前)先日の「AIの仕組み」で、「AIとは、ある語に対して統計的にもっともつながる確率の高い語を続けて文章等を生成することで、実質的に思考した結果と変わらないアウトプットを実現する発明だ」といったような話を書いた。AIは学習データによってはまったく役に立たないこともあれば、恐ろしく役に立つこともある。これまでに「ブログをモダン化する」シリーズに書いたように、このサイトはAIのおかげで各種コードを書き替えて、生まれ変わることができた。今風のメタタグを各ページに出力し、トップページやAbout this Siteのページを現代の書法で完全に書き換え、XMLのサイトマップを自動生成するためのテンプレートをCMSに備えた。HTTPS化に際して.htacessファイルも用意してもらった。ついでに、ふだん使いの秀丸エディタのマクロやら、遊びで使うブラウザ用ブロック崩しのプログラムまで書いてもらった。どれもAIの助けがなかったら実現しなかった。
●ほかの改善点としては、ブログの書式をXHTMLからHTML5に更新した。XHTMLはすでに廃れた書式だが、ブログ誕生時には最新の書き方だった。モダンブラウザでも問題なく解釈されるのでそのままにしていたが、昨年末くらいから新しい記事はHTML5で出力することに。こういうのは自力では面倒でやる気にならない労働だが、AIが伴走してくれると楽しい作業に変わるから不思議。
●あとはブログの新規記事を作成するときに、一定条件を満たすとCMSがエラーを吐き出す現象があったのだが、これもAIと相談して原因を推定し、エラーを回避するためのプラグインを書いてもらった。面倒でずっと後回しにしていた問題を、AIの協力で解決できてすっきり。
●と、ここまで書いた記事を読ませて、これに添えるイラストを描いてほしいとAIにリクエストしたのが上の絵。「あ、これAIの絵柄だな」って一瞬でわかるようになってきた。文章もそうで、よくネット上で「これAIの文体だ」ってわかるものを見かける。人もどんどん「AI臭」に敏感になってくるので、ただAIに描いて/書いてもらったものは、すぐ飽きられるはず。

March 11, 2026

鈴木優人指揮読響のベートーヴェン(成田達輝)、モーツァルト

鈴木優人 読響
●10日はサントリーホールで鈴木優人指揮読響。弦は対向配置、10型、コントラバス4台が後方に横一列に並ぶスタイル。プログラムはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(成田達輝)、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。前半、目をひく衣装で登場した成田達輝のソロが、かつて聴いたことのない異次元のベートーヴェンで、すさまじいインパクト。第1楽章、提示部からオーケストラに気迫がみなぎっていて、かなり彫りの深い音楽だったが、ソロが入って納得。慈しむような最弱音から輝かしい最強音まで駆使して、ベートーヴェンと自在に戯れるかのようなソロ。隅々まで表現意欲にあふれ、ときには瞑想するかのようでもあり、ときにはヴァイオリンが白煙を上げそうなほど激烈。ずっとなにかが起きている。カデンツァは未知の世界。途中で主題を朗々と歌いながら弾いたのにはびっくり。ヴァイオリンでさらに一声部を増やす方法として、そんな奥の手があったとは!(以前、コパチンスカヤがリゲティだったかで歌ったことがあったとは思う)。すべてにおいて最高水準の演奏を聴かせてもらったという実感で、もうしばらくはこの曲を聴かなくていいかも。演奏が終わると、感極まってソリストと指揮者が熱く抱擁、客席も大喝采。オーケストラもソリストの音楽にしっかりと寄り添って、ひとつになった。なかなかこういった協奏曲は聴けない。アンコールに成田が「一曲、書いてきました」と言って、「ニコロ・アマデウス・ヴァン・ベートーヴェン」なる題の曲を披露。モーツァルトの「ジュピター音型」やピアノ・ソナタ ニ長調K576の冒頭、ベートーヴェンの「エリーゼのために」など、断片的な名曲がパガニーニ流に超絶技巧で彩られる。
●前半の印象があまりに強すぎたが、後半の「ジュピター」もすばらしかった。機敏で生命力にあふれ、透明感があり、管楽器の動きがよく聞こえる。前半の熱気が後半にも受け継がれていた。開演前は少し短めのプログラムかなと思ったが、終わってみればいつもの時間。
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●本日は3月11日。2011年から15年経った。自分のブログの2011年3月のページを読み返して、あれこれを思い出す。

March 10, 2026

金川真弓 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会2日目

彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
●「勝手にバッハ週間」第3弾、8日は久々に埼京線に乗って、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールへ。金川真弓の無伴奏ヴァイオリン・リサイタルで、二日間にわたるバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会の二日目。前半に無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調、後半に無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調。これまで協奏曲や室内楽でなんどか聴いてきた大活躍中の俊英だが、リサイタルは初めて。しかも無伴奏。ヴァイオリニストが舞台にたった独りで立つのは、協奏曲とはまた違った重圧があるのだろうなと想像するが、集中度の高い堂々たるソロ。現代的な美意識にもとづいて磨き上げられたアポロン的バッハといった様相で、構築性や舞踊性とみずみずしい情感が絶妙なバランスで混じり合う。
●この3曲、ソナタ、ソナタ、パルティータという並びだと、頭のほうが重いプログラムになる。ソナタは教会ソナタで、それぞれ第2楽章に恐るべきフーガがあるわけだが、この両フーガが圧巻。とくに最初の第3番のフーガは、いきなりの大クライマックスが訪れた感があり、進むにつれて白熱する様子に息を呑む。対して、おしまいのパルティータは舞曲の連なりでもあり、明るい曲調もあって、肩の力を抜いて楽しむ。
●バッハって、構築性の塊のようなパズルっぽいフーガに人間的な熱いドラマがある一方で、本来身体性を伴う舞曲のほうに幾何学的な美みたいなものがあって、おもしろいなとよく思う。
●アンコールに先月100歳を迎えたジェルジ・クルターグの「サイン、ゲームとメッセージ」より「J. S. B. へのオマージュ」。納得の選曲。クルターグはエリオット・カーター(1908~2012)に続いて、自らの生誕100年に立ち会う作曲家になった。

March 9, 2026

鈴木優人指揮読響のバッハ~メンデルスゾーン「マタイ受難曲」

鈴木優人 読響 マタイ受難曲
●5日はサントリーホールへ。前日のTOPPANホールのベルリン古楽アカデミーに続いて、「勝手にバッハ週間」第2弾として鈴木優人指揮読響によるバッハ「マタイ受難曲」メンデルスゾーン版。この日も変化球なのだ。かのメンデルスゾーンによる復活蘇演にもとづく版で、カットがあったり(正味2時間強)、オーケストレーションが時代に応じて改められていたりする。合唱はバッハ・コレギウム・ジャパン、テノール(福音史家)にザッカリー・ワイルダー、バス(イエス)にドミニク・ヴェルナー、ソプラノに森麻季、カウンターテナーにクリント・ファン・デア・リンデ。前半だけ登場の児童合唱は東京少年少女合唱隊。オーケストラと合唱は左右二群にわかれて配置され、中央に児童合唱が入る。コンサートマスターは日下紗矢子で、胸のすくようなソロ。字幕あり。
●「19世紀のバッハ」という意味ではこれも一種のピリオド・スタイルなのか。メンデルスゾーン版を聴く貴重な機会を得られたということもさることながら、この日の収穫は激しいパッション(文字通り)に貫かれた魂のバッハを聴けたこと。後半はたいへんな気迫で、オペラの演奏会形式を聴いているかのよう。もともと「マタイ」にはそういう要素もあるとは思うが、とてもドラマティック。思わず会衆といっしょになって「バラバ!」と叫びそうになる(ウソ)。優人さんが2020年から務めていた読響の「クリエイティヴ・パートナー」の今月で任期満了。コロナ禍をはさみながら、契約延長を経ての6年間。有終の美を飾った……と言っても、まだ今月の公演が残ってる。優人さんのソロカーテンコールあり。
●よく思うんだけど、作曲当時のスタイルを尊重する考え方が広まる一方、一般的なオーケストラのレパートリーからバッハやバロック音楽がほとんど消えているのが少し寂しい。HIPはHIPで大切にして、それとは別にメンデルスゾーン的な考え方で(あるいはマーラーがベートーヴェンを編曲したように)、21世紀のオーケストラが演奏しやすく、大ホールの聴衆にも喜ばれるように編曲されたバッハやヘンデル、ヴィヴァルディ、コレッリ、テレマンがあってもいいんじゃないかと感じることがある。あえて歴史的情報ゼロで再創造したパワード・バロック、オルタナティヴ・バロック、みたいな。今、シューリヒトがバイエルン放送交響楽団を指揮したヘンデルのコンチェルト・グロッソを聴くと、一周回って胸キュンなんですけど。

March 6, 2026

ベルリン古楽アカデミー Bach's Universe I Pure Bach

TOPPANホール ベルリン古楽アカデミー
●4日はTOPPANホールでベルリン古楽アカデミー(AKAMUS)。コンサートマスターは平崎真弓、オーボエはクセニア・レフラー、チェンバロはラファエル・アルパーマン。バッハを巡る2夜にわたる公演で、その第1夜 Pure Bach を聴く。オール・バッハ・プログラムで有名曲がたくさん並ぶ……と思いきや、異稿とか復元作品多めで、微妙に知ってる世界と違うパラレルワールド感あり。
●プログラムは管弦楽組曲第2番イ短調(ソロ・ヴァイオリン付き第1稿)、オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調BWV1055R(ただし第2楽章が「復活祭オラトリオ」のアダージョ)、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調、オーボエ協奏曲ト短調 BWV1056R、チェンバロと2本のリコーダーのための協奏曲ヘ長調(ブランデンブルク協奏曲第4番からの作曲者自身による編曲)、2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調。全体として、真摯で峻厳で、推進力に満ちたバッハ。しばしば舞踊性も感じる。躍動感あふれる平崎真弓のヴァイオリンがアンサンブルを牽引する。オーボエの音色がたまらない。甘さだけではなくワイルドな酸味もあってパンチが効いている。あと、演奏が始まってようやく気がついたけど、2本のリコーダーのソリストは、ファゴットのクラウディウス・カンプとオーボエのレフラーなのだった。濃密な演奏を堪能し、最後にアンコールとしてエア、いわゆる「G線上のアリア」。
●バッハの協奏曲、どれも最高の作品なのに、数が限られていることだけが惜しい。ヴィヴァルディみたいに600曲書いてくれとは言わないけど、せめて100曲くらい残してくれていればなあ。
●オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調BWV1055R、これはチェンバロ協奏曲第4番イ長調として親しんでいるわけだけど、ほかの独奏チェンバロのための協奏曲と同様、別の楽器からの編曲だったと考えられており、原曲はきっとオーボエ・ダモーレ協奏曲だろうということで復元バージョンもけっこう演奏されている。まあ、でもそう言われても、第1楽章の晴れやかな曲想なんてチェンバロにぴったりで、くすんだ音色のオーボエ・ダモーレが原曲なんてこと、あるかな?って、感覚的には思ってしまうのだが。終楽章もスピード感があって、颯爽としてはじける感じだし……。で、それはともかくとして、この日は第2楽章がなじみのあるものとは違っていて、「復活祭オラトリオ」の序盤のアダージョをもとにした楽章になっていた。なぜそういうことになるのか、ワタシは知らないんだけど、解説を読んでブルース・ヘインズも同様のやり方で録音していると知ったので、該当の音源を以下に貼り付けておこう。と、思ったら音源がSpotifyに見つからなかった! Naxosで NATURALLY BACH をアルバム検索すると出てきます。

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制作者

飯尾洋一(Yoichi Iio)

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