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March 13, 2026

ルービックキューブを新調する

●最近、ルービックキューブを新調した。スピードを競うようなガチ勢ではないので、なんとなく考え事をするようにくるくると回すことが多く、鉛筆回しとかタバコの代用品みたいなところがあるのだが、この世界もずいぶんと進化していて現代のキューブはとてもスムースに回転する。マグネットを使うタイプと使わないタイプがあって、今回選んだMonster Go MG356 はマグネットありのタイプ。とても回しやすい。「子供や初心者の練習用」と謳われているので、競技用ほどチューニングはされていないのだろうが、一般人はこれで十分。
●あと、プラスチックにもともと彩色されているのも吉。これがシールを貼るタイプだと、使っているうちにシールが剥がれて汚くなる。
●昔、このルービックキューブが日本中に大ブームを起こした頃、近所の駄菓子屋のガチャガチャで「ルービックキューブの攻略法」を記した紙が売られるようになり、子どもたちはこれに飛びついた。あれはだれが作った攻略法だったのだろう。近年になって、その攻略法が中国語に翻訳されてネット上に出回っているのを見かけた。それを見た日本人が「中国ではこんなふうに揃えているんだ」みたいなことを書いていたのだが、それは昭和の日本の攻略法だと教えてあげたくなった。

March 12, 2026

ブログをモダン化する その6 落穂拾い

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●(承前)先日の「AIの仕組み」で、「AIとは、ある語に対して統計的にもっともつながる確率の高い語を続けて文章等を生成することで、実質的に思考した結果と変わらないアウトプットを実現する発明だ」といったような話を書いた。AIは学習データによってはまったく役に立たないこともあれば、恐ろしく役に立つこともある。これまでに「ブログをモダン化する」シリーズに書いたように、このサイトはAIのおかげで各種コードを書き替えて、生まれ変わることができた。今風のメタタグを各ページに出力し、トップページやAbout this Siteのページを現代の書法で完全に書き換え、XMLのサイトマップを自動生成するためのテンプレートをCMSに備えた。HTTPS化に際して.htacessファイルも用意してもらった。ついでに、ふだん使いの秀丸エディタのマクロやら、遊びで使うブラウザ用ブロック崩しのプログラムまで書いてもらった。どれもAIの助けがなかったら実現しなかった。
●ほかの改善点としては、ブログの書式をXHTMLからHTML5に更新した。XHTMLはすでに廃れた書式だが、ブログ誕生時には最新の書き方だった。モダンブラウザでも問題なく解釈されるのでそのままにしていたが、昨年末くらいから新しい記事はHTML5で出力することに。こういうのは自力では面倒でやる気にならない労働だが、AIが伴走してくれると楽しい作業に変わるから不思議。
●あとはブログの新規記事を作成するときに、一定条件を満たすとCMSがエラーを吐き出す現象があったのだが、これもAIと相談して原因を推定し、エラーを回避するためのプラグインを書いてもらった。面倒でずっと後回しにしていた問題を、AIの協力で解決できてすっきり。
●と、ここまで書いた記事を読ませて、これに添えるイラストを描いてほしいとAIにリクエストしたのが上の絵。「あ、これAIの絵柄だな」って一瞬でわかるようになってきた。文章もそうで、よくネット上で「これAIの文体だ」ってわかるものを見かける。人もどんどん「AI臭」に敏感になってくるので、ただAIに描いて/書いてもらったものは、すぐ飽きられるはず。

March 11, 2026

鈴木優人指揮読響のベートーヴェン(成田達輝)、モーツァルト

鈴木優人 読響
●10日はサントリーホールで鈴木優人指揮読響。弦は対向配置、10型、コントラバス4台が後方に横一列に並ぶスタイル。プログラムはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(成田達輝)、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。前半、目をひく衣装で登場した成田達輝のソロが、かつて聴いたことのない異次元のベートーヴェンで、すさまじいインパクト。第1楽章、提示部からオーケストラに気迫がみなぎっていて、かなり彫りの深い音楽だったが、ソロが入って納得。慈しむような最弱音から輝かしい最強音まで駆使して、ベートーヴェンと自在に戯れるかのようなソロ。隅々まで表現意欲にあふれ、ときには瞑想するかのようでもあり、ときにはヴァイオリンが白煙を上げそうなほど激烈。ずっとなにかが起きている。カデンツァは未知の世界。途中で主題を朗々と歌いながら弾いたのにはびっくり。ヴァイオリンでさらに一声部を増やす方法として、そんな奥の手があったとは!(以前、コパチンスカヤがリゲティだったかで歌ったことがあったとは思う)。すべてにおいて最高水準の演奏を聴かせてもらったという実感で、もうしばらくはこの曲を聴かなくていいかも。演奏が終わると、感極まってソリストと指揮者が熱く抱擁、客席も大喝采。オーケストラもソリストの音楽にしっかりと寄り添って、ひとつになった。なかなかこういった協奏曲は聴けない。アンコールに成田が「一曲、書いてきました」と言って、「ニコロ・アマデウス・ヴァン・ベートーヴェン」なる題の曲を披露。モーツァルトの「ジュピター音型」やピアノ・ソナタ ニ長調K576の冒頭、ベートーヴェンの「エリーゼのために」など、断片的な名曲がパガニーニ流に超絶技巧で彩られる。
●前半の印象があまりに強すぎたが、後半の「ジュピター」もすばらしかった。機敏で生命力にあふれ、透明感があり、管楽器の動きがよく聞こえる。前半の熱気が後半にも受け継がれていた。開演前は少し短めのプログラムかなと思ったが、終わってみればいつもの時間。
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●本日は3月11日。2011年から15年経った。自分のブログの2011年3月のページを読み返して、あれこれを思い出す。

March 10, 2026

金川真弓 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会2日目

彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
●「勝手にバッハ週間」第3弾、8日は久々に埼京線に乗って、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールへ。金川真弓の無伴奏ヴァイオリン・リサイタルで、二日間にわたるバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会の二日目。前半に無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調、後半に無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調。これまで協奏曲や室内楽でなんどか聴いてきた大活躍中の俊英だが、リサイタルは初めて。しかも無伴奏。ヴァイオリニストが舞台にたった独りで立つのは、協奏曲とはまた違った重圧があるのだろうなと想像するが、集中度の高い堂々たるソロ。現代的な美意識にもとづいて磨き上げられたアポロン的バッハといった様相で、構築性や舞踊性とみずみずしい情感が絶妙なバランスで混じり合う。
●この3曲、ソナタ、ソナタ、パルティータという並びだと、頭のほうが重いプログラムになる。ソナタは教会ソナタで、それぞれ第2楽章に恐るべきフーガがあるわけだが、この両フーガが圧巻。とくに最初の第3番のフーガは、いきなりの大クライマックスが訪れた感があり、進むにつれて白熱する様子に息を呑む。対して、おしまいのパルティータは舞曲の連なりでもあり、明るい曲調もあって、肩の力を抜いて楽しむ。
●バッハって、構築性の塊のようなパズルっぽいフーガに人間的な熱いドラマがある一方で、本来身体性を伴う舞曲のほうに幾何学的な美みたいなものがあって、おもしろいなとよく思う。
●アンコールに先月100歳を迎えたジェルジ・クルターグの「サイン、ゲームとメッセージ」より「J. S. B. へのオマージュ」。納得の選曲。クルターグはエリオット・カーター(1908~2012)に続いて、自らの生誕100年に立ち会う作曲家になった。

March 9, 2026

鈴木優人指揮読響のバッハ~メンデルスゾーン「マタイ受難曲」

鈴木優人 読響 マタイ受難曲
●5日はサントリーホールへ。前日のTOPPANホールのベルリン古楽アカデミーに続いて、「勝手にバッハ週間」第2弾として鈴木優人指揮読響によるバッハ「マタイ受難曲」メンデルスゾーン版。この日も変化球なのだ。かのメンデルスゾーンによる復活蘇演にもとづく版で、カットがあったり(正味2時間強)、オーケストレーションが時代に応じて改められていたりする。合唱はバッハ・コレギウム・ジャパン、テノール(福音史家)にザッカリー・ワイルダー、バス(イエス)にドミニク・ヴェルナー、ソプラノに森麻季、カウンターテナーにクリント・ファン・デア・リンデ。前半だけ登場の児童合唱は東京少年少女合唱隊。オーケストラと合唱は左右二群にわかれて配置され、中央に児童合唱が入る。コンサートマスターは日下紗矢子で、胸のすくようなソロ。字幕あり。
●「19世紀のバッハ」という意味ではこれも一種のピリオド・スタイルなのか。メンデルスゾーン版を聴く貴重な機会を得られたということもさることながら、この日の収穫は激しいパッション(文字通り)に貫かれた魂のバッハを聴けたこと。後半はたいへんな気迫で、オペラの演奏会形式を聴いているかのよう。もともと「マタイ」にはそういう要素もあるとは思うが、とてもドラマティック。思わず会衆といっしょになって「バラバ!」と叫びそうになる(ウソ)。優人さんが2020年から務めていた読響の「クリエイティヴ・パートナー」の今月で任期満了。コロナ禍をはさみながら、契約延長を経ての6年間。有終の美を飾った……と言っても、まだ今月の公演が残ってる。優人さんのソロカーテンコールあり。
●よく思うんだけど、作曲当時のスタイルを尊重する考え方が広まる一方、一般的なオーケストラのレパートリーからバッハやバロック音楽がほとんど消えているのが少し寂しい。HIPはHIPで大切にして、それとは別にメンデルスゾーン的な考え方で(あるいはマーラーがベートーヴェンを編曲したように)、21世紀のオーケストラが演奏しやすく、大ホールの聴衆にも喜ばれるように編曲されたバッハやヘンデル、ヴィヴァルディ、コレッリ、テレマンがあってもいいんじゃないかと感じることがある。あえて歴史的情報ゼロで再創造したパワード・バロック、オルタナティヴ・バロック、みたいな。今、シューリヒトがバイエルン放送交響楽団を指揮したヘンデルのコンチェルト・グロッソを聴くと、一周回って胸キュンなんですけど。

March 6, 2026

ベルリン古楽アカデミー Bach's Universe I Pure Bach

TOPPANホール ベルリン古楽アカデミー
●4日はTOPPANホールでベルリン古楽アカデミー(AKAMUS)。コンサートマスターは平崎真弓、オーボエはクセニア・レフラー、チェンバロはラファエル・アルパーマン。バッハを巡る2夜にわたる公演で、その第1夜 Pure Bach を聴く。オール・バッハ・プログラムで有名曲がたくさん並ぶ……と思いきや、異稿とか復元作品多めで、微妙に知ってる世界と違うパラレルワールド感あり。
●プログラムは管弦楽組曲第2番イ短調(ソロ・ヴァイオリン付き第1稿)、オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調BWV1055R(ただし第2楽章が「復活祭オラトリオ」のアダージョ)、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調、オーボエ協奏曲ト短調 BWV1056R、チェンバロと2本のリコーダーのための協奏曲ヘ長調(ブランデンブルク協奏曲第4番からの作曲者自身による編曲)、2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調。全体として、真摯で峻厳で、推進力に満ちたバッハ。しばしば舞踊性も感じる。躍動感あふれる平崎真弓のヴァイオリンがアンサンブルを牽引する。オーボエの音色がたまらない。甘さだけではなくワイルドな酸味もあってパンチが効いている。あと、演奏が始まってようやく気がついたけど、2本のリコーダーのソリストは、ファゴットのクラウディウス・カンプとオーボエのレフラーなのだった。濃密な演奏を堪能し、最後にアンコールとしてエア、いわゆる「G線上のアリア」。
●バッハの協奏曲、どれも最高の作品なのに、数が限られていることだけが惜しい。ヴィヴァルディみたいに600曲書いてくれとは言わないけど、せめて100曲くらい残してくれていればなあ。
●オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調BWV1055R、これはチェンバロ協奏曲第4番イ長調として親しんでいるわけだけど、ほかの独奏チェンバロのための協奏曲と同様、別の楽器からの編曲だったと考えられており、原曲はきっとオーボエ・ダモーレ協奏曲だろうということで復元バージョンもけっこう演奏されている。まあ、でもそう言われても、第1楽章の晴れやかな曲想なんてチェンバロにぴったりで、くすんだ音色のオーボエ・ダモーレが原曲なんてこと、あるかな?って、感覚的には思ってしまうのだが。終楽章もスピード感があって、颯爽としてはじける感じだし……。で、それはともかくとして、この日は第2楽章がなじみのあるものとは違っていて、「復活祭オラトリオ」の序盤のアダージョをもとにした楽章になっていた。なぜそういうことになるのか、ワタシは知らないんだけど、解説を読んでブルース・ヘインズも同様のやり方で録音していると知ったので、該当の音源を以下に貼り付けておこう。と、思ったら音源がSpotifyに見つからなかった! Naxosで NATURALLY BACH をアルバム検索すると出てきます。

March 5, 2026

東京文化会館 2026年度主催事業ラインアップ記者発表会

東京文化会館 野平一郎音楽監督
●4日午後は東京文化会館の2026年度主催事業ラインアップ記者発表会へ。5月より文化会館は工事休館に入るわけだが、主催事業は都内各所で継続して開かれるということで、その概要について野平一郎音楽監督(写真)らが登壇して語ってくれた。代替となる会場は多岐にわたっていて、たとえば8月の東京音楽コンクールの本選および優勝者&最高位入賞者コンサートは東京芸術劇場、第2次予選はすみだトリフォニーホール小ホールで開かれる。プラチナ・シリーズやシャイニング・シリーズは浜離宮朝日ホールやサントリーホール ブルーローズへ。
●で、目玉公演ともいうべき野平一郎プロデュース「フェスティヴァル・ランタンポレル」は27年2月24日から3月1日に浜離宮朝日ホールで開催される。3年目を迎える同音楽祭は、現代音楽を限られた専門的な聴衆だけのものにするのではなく、幅広い聴衆に足を運んでもらうことを目的としている。少し先の話になるわけだが、チェコの作曲家オンドレイ・アダメクが来日する。今、大活躍中の人みたい。たしかベルリン・フィルの委嘱作がDCHで紹介されていたと思う。本人のビデオメッセージが流され、かつて京都にもしばらく滞在していたことがあるそうで、演奏される作品のなかには Imademo(今でも)という日本語由来の曲名があった。アダメクとドヴォルザークを組合わせたプログラムなどが用意される。また、現代音楽と無声音楽のコラボレーション「IRCAMシネマ」では、パーカッションのイサオ・ナカムラが出演。
●休館中の音楽資料室の話はどれくらい知られているだろうか。この4月より休室となり、夏以降に移転して再開する。移転先は青海フロンティアビル。
●今回の大規模改修工事に伴う長期休館だが、いつから休館するかははっきりしているが、どんな資料を見てもいつから再開するのか、明確に書かれていない。東京都のサイトには休館期間が令和8年5月7日~令和10年度中(予定)と記されている。再開日について質疑応答で尋ねてみたところ、工事の入札がこれからなのでまだ確定していないという話だった。

March 4, 2026

国立新美術館「テート美術館 YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」

テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート
●久々に国立新美術館へ。現在「テート美術館 YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」展が開催中。80年代後半から00年代初頭にかけての英国のアートに焦点を当てる。YBAは「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」の意。大まかなキーワードを挙げるなら、人種差別、格差、エイズ、同性愛、ジェンダー、IRA、サッチャー政権あたりか。閉塞的な空気を打ち破ろうとするような作品が並ぶ。なにせキービジュアルが上のような感じだったので、平日昼間でも年配層はほとんど見かけず、高感度な雰囲気の若者たちでいっぱい。本当に美術展というのは展示の中身で客層がガラッと入れ替わる。
クリス・オフィリ「ユニオン・ブラック」
●上からぶらさげられているのは、クリス・オフィリの「ユニオン・ブラック」(2003)。英国旗の3色、白青赤を、アフリカ系の人々の解放と自由を掲げる汎アフリカ主義運動で用いられる緑赤黒に置き換えている。説明を見ずとも、アフリカが感じられるのでは。

リサ・ミルロイ「フィンズベリー・スクエア」
●これは妙な静けさがあって気になった。リサ・ミルロイの「フィンズベリー・スクエア」(1995)。新築のオフィスということなんだけど、人の気配、生物の気配がなく、「真新しい廃墟」みたいな印象を受ける。ぱっと見、きれいだけど、ゾワッとするタイプの絵。

コーネリア・パーカー「コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ」
●コーネリア・パーカーの「コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ」(1991)。これは説明を読まなきゃわからないと思う。IRAによる爆破事件が続いた時期、作者は英国陸軍に庭の物置小屋を爆破してもらい、その残骸を拾い上げて天井から吊るし、中央に電球を配置して、爆発の瞬間を再構成した。大作。

●いちばんおもしろいと思ったのは、上の映像作品、マーク・ウォリンジャーの「王国への入り口」(2000)。これは本当におかしい。映像はロンドン・シティ空港の到着ゲートから出てくる人々をとらえている。で、これに付けた音楽がアレグリの「ミゼレーレ」。笑。空港が礼拝堂のような厳かな雰囲気で満たされ、ゲートから出てくる人たちひとりひとりが特別な思いを秘めているように見えてくる。いや、実際にそうなのかもしれないのだが。なんの変哲もない場面が、入国の儀式として再定義され、すべてが意味深長。この映像を眺めるだけでもおもしろいけど、実際の展示は格段にドラマティック。秀逸なアイディア。
●90年代っていうとアート全体の文脈で見ればモダンってことだろうけど、30年前っていう意味ではレトロでもある。全体としてどっちだって言われたら、レトロかな。古めかしい雰囲気を感じるものもあれば、もちろん切っ先の鋭さを今も失っていない作品もある。

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制作者

飯尾洋一(Yoichi Iio)

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