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August 4, 2026

「刑事の境界線」(宮島明道)

●評判のよさにつられて、なにも知らないまま読んでみたら、おもしろくてびっくり。「刑事の境界線」(宮島明道著/宝島社文庫)は著者デビュー作となる警察小説。小金井の警察署が舞台になっていて、近隣の実在の地名がたくさん出てくるという意味では多摩小説でもある。主人公はふたりいて、章ごとに視点が変わる。ひとりは30代前半のまっすぐに職務に向き合う女性刑事。もうひとりは裏社会とつながっている悪徳警官なのだが、この人にはこの人の正義があって、むしろ共感できる人物として描かれる。成長する人と転落する人という組合せに妙味がある。ふたりが抱える事件が別個に進んでいくのだが、同じ警察署に勤めているのに、なかなか両者が出会わなくて、なるほど、こういう手があるのかと感心。
●多摩地域なんだけど吉祥寺でも立川でもなくて、小金井とか国分寺が舞台になっていて、そのあたりのローカル感とストーリーの規模が見合っているのが吉。読後感もよい。

August 3, 2026

フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2026 ヴァイグレ指揮読響

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●31日はミューザ川崎へ。フェスタサマーミューザでセバスティアン・ヴァイグレ指揮読響。プログラムはベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(鈴木愛美)とワーグナー(デ・フリーヘル編)の「ニュルンベルクのマイスタージンガー~オーケストラル・トリビュート」。開演前にコンサートマスターの日下紗矢子のトークあり。十八番が並んだ鉄板のプログラム。前半の鈴木愛美は前にもこの曲を弾いていたと思うが、けれんみがなく明快で端正なベートーヴェン。以前に聴いたときよりも落ち着きがあって、自信を深めている様子。オーケストラも歯切れよく、くっきりとした響き。ソリスト・アンコールにシューベルトの「楽興の時」第3番。
●後半のワーグナーはデ・フリーヘル編のオーケストラによるハイライト集といった趣。この編曲を聴くのは初めてだと思う。長大なオペラなのでどうやったって一部しか抽出できないわけだけど、そうは言っても50分強ほどあるので、聴きごたえは十分。「マイスタージンガー」の世界を味わうことができる。というか、前奏曲自体が完璧なハイライトになっているわけだが。第3幕の比重が多め。いちばん楽しい第2幕終場のドタバタ騒ぎが出てこないのが残念だが、入れるとバランスが悪すぎるか。前半から一転して、オーケストラはぐっと奥行きの感じられるサウンドで壮麗。ヴァイグレ得意のワーグナーだけに、すっかり手の内に入っているといった様子で、最後は大いに盛り上げて終わる。客席は大喝采で、ヴァイグレのソロ・カーテンコールに。

July 31, 2026

国立新美術館「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」

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●国立新美術館で開催中の「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」へ。これ、なんだ?と思ったけど、予想外に楽しめた。パリの国立ピカソ美術館所蔵のピカソの作品をもとに、デザイナーのポール・スミスが会場のレイアウトを考案するという企画。なんというか、一方通行のコラボレーションみたいな感じなのだが、それぞれに意匠を凝らしたカラフルな各セクションを巡るのが体験として新鮮。上はピカソ「腕を重ねて座る女」(1937)。これは一例に過ぎないんだけど、絵画の内部と展示室の壁をオレンジのストライプで軽く結びつけてある。

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●これは壁一面を埋め尽くす雑誌のVOGUEを背景に、ピカソが雑誌のVOGUEに落書き風に描き込んだものを展示している。ユーモラスでリズミカル。

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●こちらはピカソの「ギター」(1920)。コラージュ的な作品の背景に花柄系の壁紙を貼る。微妙に漂う昭和の台所感。

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●ちょうど昨日の「カルメン」の話題のあとにぴったりだが、ピカソがたびたびテーマにした闘牛のセクションから、「コリーダ:闘牛士の死」(1933)。セクション全体の壁はこの色で、牛ならずとも興奮してくる。フーッ。同じコーナーに版画連作「ラ・タウロマキア(闘牛術)」のための挿画が展示してあったけど、同じものを高崎市美術館でも見たと思う。

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●これはおもしろいアイディアで、ピカソのトレードマークのボーダーシャツを山ほど天井から吊るしてある。自分も着てみようかな!(ウソ)

July 30, 2026

チョン・ミョンフン指揮東京フィルのビゼー「カルメン」演奏会形式

チョン・ミョンフン 東京フィル 「カルメン」
●29日は東京オペラシティでチョン・ミョンフン指揮東京フィル。ビゼーのオペラ「カルメン」が演奏会形式で上演された(6年前にも同演目あり)。演奏会形式とはいえ可能な限り演技を入れる方式で、オペラシティの舞台の手前の空間(あまり広くはないわけだけど)を目一杯使う。ホセがカルメンを刺す場面はちゃんとカルメンが倒れるまで演じ切るスタイル。間奏曲では南風野香スペイン舞踊団によるフラメンコまで登場して、サービス満点。東京フィルのコンサートマスターは、新たに首席客演コンサートマスターを務める岡本誠司。これは強力。オーケストラは雄弁でダイナミック。起伏に富んだ表現で、「カルメン」としてはかなり重めのサウンド。冒頭の前奏曲から速めのテンポだったが、抒情的な部分はたっぷりと。第4幕冒頭の闘牛場の場面は快速テンポで畳みかけて鳥肌もの。
●歌手陣がとても豪華。カルメン役はステファニー・ドゥストラック。以前、新国立劇場のアレックス・オリエ演出の「カルメン」でも題名役を歌っていた。そのときは独自性の強い演出の印象が強かったけど、こんなに奔放に歌う人だったっけと軽く驚く。あれはもう5年前か。あくの強いカルメンらしいカルメン。ドン・ホセ役がマシュー・ポレンザーニ。うぉ、METライブビューイングでなんども見てるあの人の実物だ!と思ってしまった。さすがの歌唱で、のびやかな美声でありながらパワフル、余裕も感じさせる。ホセにしては成熟していて伍長というより将軍だし、ミカエラの許婚というよりはお父さんに見えてしまうが、圧倒的な声の魅力ですべてを超越する。演奏会形式の限られた条件でも、ホセの人間像をしっかり伝えるのは驚異的で、個人的にホセのハイライトというべき「ラッパが鳴ったから帰らなきゃいけないんですけど~」の場面の情けなさがたまらない。ああ、ホセ! わかるよ、ホセ!
●エスカミーリョ役のアンドリー・キマチは役柄にふさわしく堂々として、声も立派。ミカエラ役はスラーフカ・ザーメチニーコヴァー。清澄でひたむき。常々、オペラ界きっての邪悪な女はミカエラだと信じているのだが、その思いは変わらない。新国立劇場合唱団は歌に加えて、演技でも舞台を盛り上げる。事実上、演出があるわけだけど、ノリとしてはかなりストレートで、ど真ん中の「カルメン」。世田谷ジュニア合唱団はこの日のMVPかもしれない。泣けるほど尊い。
●今回の上演は19時開演ということもあってか、セリフ以外にも随所にカットがあって、第1幕のおしまいの場面をすっ飛ばして第2幕につなげるなど、いろんな工夫が凝らされていた。全般にテンポも速めに感じたけど、それでも終演は21時45分くらい。かなり遅い。ビゼーの音楽はすべて天才の手による貴重な宝物だけど、オペラにはシンフォニーと違ってプロダクションごとに事情に応じた上演形態を採用するフレキシビリティがあるはずなので、自分はさらにカットする方法はないものかとつい考えてしまった。21時半までに終われればオペラの可搬性が高まるのにな、と。あと、21時半を過ぎても舞台上に子供がいるのは、夏休み中とはいえ、気持ちが落ち着かない光景ではある。
●よく言われるように、メリメの原作にはミカエラという登場人物は存在しない。このキャラクターはオペラ化にあたっての偉大な発明だ。原作とオペラは別物でかまわないのだが、ドン・ホセがなぜ「ドン」かと言えば、本来は由緒正しいバスク人の下級貴族の家に生まれているのだが、暴力沙汰をきっかけに故郷を捨てることになった。オペラ内で危篤の母親が息子を許したいと言っているのはそういう背景を反映しているのだろう。都会に出てきたホセは原作中でこんなふうに身の上を語る。「そのころ私は若かったので、たえず故郷のことばかり思いつづけていたものでした。そして空色のスカートも、肩まで垂れるおさげ髪も持たない美しい娘なぞというものが、世の中にあろうとは思えなかったものでした」。カルメンみたいな女の存在は想定外だったわけだが、バスクでは当たり前の女性像、すなわち空色のスカートをはいて肩まで垂れるおさげ髪を持った美しい娘を、オペラのキャラクターとして実体化させたのがミカエラ。だから多くの演出ではミカエラは空色のスカートとおさげ髪の娘として描かれる。そこでだ(以上は長い前置きなのだが)、第1幕のミカエラの最初の出番、モラレスとの絡みをカットするというのはどうか。ここをカットしても話はつながるし、なによりいいのは、「実はミカエラはホセの空想上の存在である」という解釈が採用できる。原作上で想像上の存在だったキャラクターが、オペラ内でも想像上の存在だったとみなせれば、メタフィクション風味があっておもしろいのでは。が、そのためにはホセの不在の場面でミカエラが他者と会話するこのシーンは都合が悪いんだよなー、だからカットする。という考え方。ダメかな? あ、ダメ? やっぱりね……。

July 29, 2026

デイヴィッド・ロバートソン指揮PMFオーケストラの東京公演

●27日はサントリーホールでデイヴィッド・ロバートソン指揮PMFオーケストラ。札幌で開催されたパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)の締めくくりとなる東京公演。今年の指揮者はデイヴィッド・ロバートソンということで、らしいプログラム。めったに聴けないストラヴィンスキーの管楽器のためのシンフォニーズ(1947年版)で始まって、吉本梨乃の独奏によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、プロコフィエフの交響曲第5番という盛りだくさんのプログラム。かつてアンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督を務めたデイヴィッド・ロバートソンも、すっかり老教授風になり、若者たちの指導はお手の物か。一曲目のストラヴィンスキーから立派な演奏。
●ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は吉本梨乃のソロが鮮烈。思い切りよく、きわめてエモーショナル、技巧は鮮やか。よく鳴って、輝かしい。ロマンティックなスタイルではあるけど、突き抜けている。またすごい若手が出てきたという印象。アンコールにパガニーニの「ヴェニスの謝肉祭」。キレッキレのテクニック。後半、プロコフィエフの交響曲第5番は若い力が爆発。勢いあまって、というところもあるけど、強靭なプロコフィエフの音楽に込められたアイロニーもしっかり伝えつつ、スリリングな運動性を表現。戦争交響曲でもありマシーンの音楽でもあるが、最後の着地点はけたたましい笑い。コントの幕切れみたいだなといつも思う。苦悩から哄笑へ。

July 28, 2026

ヴェネツィア音楽祭 「ヴェネツィア、響きの凱旋」 チパンゴ・コンソート

●26日は六本木ルーテル教会でヴェネツィア音楽祭 「ヴェネツィア、響きの凱旋」。ヴェネツィア音楽祭はチパンゴ・コンソート主催で2日間にわたって開かれる音楽祭で、今回が第1回。ヴィヴァルディを中心とする作品をとりあげる。バロック・ヴァイオリンの杉田せつ子、イル・ジャルディーノ・アルモニコの創立メンバーであるマリア・クリスティーナ・ヴァーシ、三輪真樹、廣海史帆、バロック・ヴィオラの森田芳子、バロック・チェロの西山健一、チェンバロの及川れいねによるアンサンブル。教会の小ぢんまりとした空間で、名手たちの精彩に富んだ演奏を間近で聴くという、すこぶるぜいたくな体験。鮮烈にして優雅。ヴィヴァルディ、レグレンツィ、カステッロ、ガルッピ、ロカテッリの作品が生命力に満ちあふれた演奏でよみがえる。
●この日は「ヴェネツィア、響きの凱旋」と題され、2部構成。各曲の演奏の前に杉田さんの朗読が入り、曲にまつわるさまざまなテキスト、たとえば献辞や手紙などが読まれるというスタイル。これがとても効果的だった。作曲者が生きていた時代にタイムスリップする感覚がある。以下、長いけど曲を並べると、前半にカステッロの「現代的な手法によるソナタ・コンチェルタータ」第2巻より第16番、レグレンツィの「ラ・チェトラ」ソナタ集第4巻よりソナタ第3番、ヴィヴァルディの「調和の霊感」より第4番、第1番、30分の休憩をはさんで、後半にレグレンツィの「2、3、5、6声のソナタ集」第3巻より5声のソナタ「ラ・スクアルツォーナ」、ガルッピの「4声のコンチェルト」第1番、ヴィヴァルディの「四季」より「夏」第3楽章、ロカテッリの「12の合奏協奏曲」より協奏曲第5番、ヴィヴァルディの「調和の霊感」より第9番。この曲は演奏前に大島真寿美の小説「ピエタ」からの一節が読まれた。
●当日はイタリア伝統焼菓子が配られ、30分の休憩では上階の一室でひとくちワインまたはピーチティーがふるまわれた。すばらしいホスピタリティ。
●六本木ルーテル教会、初めて行く場所なのでどこかと思って調べたら、六本木ヒルズの一角にあって、こんなところに教会があったのかとびっくり。このあたりはテレ朝だけがピンポイントでよく行く場所で、周辺のことがわかっていない。どこからどこまでが六本木ヒルズなのか。

July 27, 2026

フェスタサマーミューザ開幕!ロレンツォ・ヴィオッティ指揮東京交響楽団

ロレンツォ・ヴィオッティ 東京交響楽団
●今年もフェスタサマーミューザKAWASAKIが開幕。25日はミューザ川崎へ。ロレンツォ・ヴィオッティ指揮東京交響楽団によるオープニングコンサート。チケットはもちろん完売。サマーミューザのオープニングといえば、これまではノット&東響の出番だったが、今年は新音楽監督ヴィオッティが登板。三澤慶「音楽のまちのファンファーレ」もヴィオッティが指揮(ホール内での演奏)。輝かしくパワフル。プログラムはドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」、リムスキー=コルサコフの「スペイン奇想曲」と交響組曲「シェエラザード」。サマーコンサートらしく爽快で楽しい名曲集。ヴィオッティの意向でソロがふんだんに盛り込まれた曲がそろっており、名手たちの腕自慢の様相も。この日、大活躍のコンサートマスターは小川ニキティングレブ。
●「牧神の午後への前奏曲」は弱音による質朴としたフルートのソロで開始。「スペイン奇想曲」はきらびやかで色彩感豊かな極上のエンタテインメント。「シェエラザード」も豊麗で雄弁。白眉は第3楽章「若い王子と王女」かな。たっぷりと歌い、儚くも詩情豊か。ていねいに磨きあげたサウンドで作品本来の魅力をまっすぐ伝える快演。客席の反応も上々で、今回も指揮者のソロ・カーテンコールあり。東響は前任者が毎回のように「先入観を揺さぶり、作品の意味を問い直す」冒険を楽しませてくれたが、これからは作品の核心に迫り、高みを目指すような演奏が増えていくのだろう。新たな黄金コンビとして、着実に成果を積み上げていくにちがいない。
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●ワールドカップの決勝から一週間が経った。えっ、まだ一週間しか経ってないの?という感じ。だが、米代表バログン出場停止猶予事件は忘れていない。

July 24, 2026

ワールドカップ2026北中米大会をふりかえる

ワールドカップ2026 トロフィーリフト
●さて、忘れないうちにワールドカップ2026北中米大会をふりかえっておきたい。この大会に対する気持ちは複雑だ。大会のハイライトは準決勝でスペインがフランスを下した試合。技術と戦術がフィジカルモンスターたちを打ち破った。スペインが2度目の優勝を果たしたのはすばらしい。ただ、大会全体の後味はかなり苦い。決勝戦でのアルゼンチンの態度があまりに悪く、グッドルーザーからほど遠かった。昔からそういうガラのチームだけど、メッシまで主審を欺こうとしていたのは残念すぎる。で、優勝セレモニーでのスペイン代表のトロフィーリフトに、あろうことかトランプが割り込んでくるというトンチンカンな事態に。スペイン代表の前を徘徊し、インファンティーノにフレームから外れるように促されたのに無視して、最終的に横に立って、しっかりカメラのフレームに収まってしまった。どうするのこれ。と思ったら、後で見た写真ではトランプの姿が消えていて、AI、役に立ってるぞ!と感激したのだった。
●ずっと不要な試合だと思っている3位決定戦が、とんでもない乱打戦になって、イングランド 6-4 フランス。前半でイングランドが4ゴールを奪ったのに、後半、追いつかれそうになった。そりゃ10ゴールも入ればおもしろいにはちがいないけど、まるでエキシビションマッチのような大味な試合。
●アメリカ代表のバログンのレッドカード猶予事件はどうなるのか。でたらめだと思った。あと、決勝戦でアメリカ国歌が歌われたのも違和感あり。まるでアメリカの国内大会みたい。
●参加チームが32から48に増えた。FIFAは大成功だったと言っているが、観る側からすれば試合が多すぎるし、大会が長い。32に戻してほしい。でも、たぶん64になりそう。
●ハイドレーション・ブレークは事実上のクォーター制。その分、アディショナルタイムが増え、試合がますます長くなった。中継ではCMがたっぷり。不評を買って当然だろう。ただ、クォーター制には試合が見やすくなる、戦術的な工夫がしやすくなるなど、いい面もあると思っている。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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