
●(承前)まだ続く、ハーマン・メルヴィルの「白鯨」の話題。この大作のなかで妙に印象に残るのが、捕鯨船内での食事のシーン。第34章「船長室の食卓」では、船内のヒエラルキーが食事を通して描かれる。正午になると船長室にエイハブ船長、一等航海士スターバック、二等航海士スタッブ、三等航海士フラスクが集まって食事をとる。厳粛な雰囲気で、船長が肉を切り、航海士たちが黙って皿を差し出して受け取る。
それからうやうやしく肉にナイフをいれ、ナイフが皿にこすれて音をたてたりしようものなら、一瞬びくりとする。肉をかむときにも音をたてないように注意し、のみこむときにもそれなりの用心をする。船長室で行われる食事は、ドイツ皇帝が七人の選挙侯と粛々と食事をするのがならいのフランクフルトで行われる戴冠式の晩餐会にいくらか似て、絶対的な沈黙のうちに行われる。
●このなかでいちばん下っ端のフラスクは、塩漬け牛の脛肉や鶏の足先をあてがわれるが、バターには手を出さない。バターは貴重品なのだ。とはいえ、これは船でいちばん偉い人たちの最高ランクの食事。彼らに続いて、二番手グループがやってくる。3人の銛打ちだ。彼らは自由奔放に大騒ぎをしながら食べ、旺盛な食欲を満たす。給仕は大忙しだ。
●たぶん、船長室で給仕を伴って食事をとれるのはここまでだろう。下級船員たちははるかに質素なものを、テーブルなどないような場所で食べていたはず。メルヴィルは実際に捕鯨船に乗った経験があるわけだが、その立場は末端船員で小説内のイシュメールの立場に近い。下記参考サイトの記述によれば、船には塩漬け肉、乾パン、乾燥豆、米などの保存食が積まれていたが、食べ物にはイヤな虫がついていたり、腐敗したりと大変だったようだ。なにせ3年間、常温で保存するのだ。そう考えると、鯨肉のステーキをありがたがる者がいても不思議ではない。フレッシュな肉を食べることができるのだから。











