●28日は調布国際音楽祭で調布市グリーンホールへ。「鉄道×音楽 Take the“KEIO”Train!」と題されたまったくユニークなコンサート。筋金入りの鉄道ファンとして知られる上野耕平のサクソフォン、鈴木優人のピアノ、トークゲストの市川紗椰による熱い鉄道トークに、廣津留すみれのヴァイオリンと森下唯のピアノが加わる。演奏曲はすべて鉄道由来の曲ばかり。ブルートレインのチャイムに用いられたハイケンスのセレナーデ、上野耕平の特殊奏法が炸裂する「電車でGO!」サクソフォンによるモーター音演奏(運転席からの映像付き)、森下唯のアルカン「鉄道」(最強の鉄道名曲だ)、多梅稚~山中惇史編「鉄道唱歌-900番台」、サクソフォンとピアノによるドヴォルザークの「新世界より」第2楽章などなど。鉄道ファンはもとより、鉄道ファンでなくても大笑いしてしまうような熱のあるトーク。調布駅が地上駅だった頃の話題など、地元トークも満載。
●驚きは黛敏郎作曲の0系新幹線車内メロディ(黛敏郎チャイム)。車内メロディとしていったん使われたが苦情が多くて短期間の使用に終わったという、モダンなチャイム。これを実用した国鉄はすごい。おしまいは挾間美帆編のTake the "KEIO" Trainで華やかに。「A列車で行こう」 Take the 'A' Train ならぬ「京王電鉄で行こう」。さらにアンコール代わりに客席もいっしょに歌う「線路は続くよどこまでも」。もちろん帰宅は京王線で。
調布国際音楽祭「鉄道×音楽 Take the“KEIO”Train!」
METライブビューイング リヒャルト・シュトラウス「サロメ」(クラウス・グート演出)
●27日、久々に東劇でMETライブビューイング。クラウス・グート新演出によるリヒャルト・シュトラウス「サロメ」。指揮はヤニック・ネゼ=セガン、サロメにエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー、ヨカナーンにペーター・マッテイ、ヘロデ王にゲルハルド・ジーゲル、ヘロディアスにミシェル・デ・ヤング、ナラボートにピョートル・ブシェフスキ。やはり題名役のヴァン・デン・ヒーヴァーが圧巻。歌だけでもすごいのに演技も強烈で、サロメに憑依している。狂気、妖しさに加えて少女性も感じる。
●クラウス・グートの演出が怖い。作品の倒錯性が格段に高まっている。可動式の上下2段のステージが組まれ、上のヘロデ王の宮廷はゴシック調の邸宅になっていて、下はヨカナーンが囚われる地下牢。サロメは自ら地下牢に出向いてヨカナーンと対面する。サロメには幼い少女時代から現在へと至るまでの分身がいて、その分身がときどきあちこちに佇んでいる。「7つのヴェールの踊り」ではその分身たちが勢ぞろいして、7人が順に踊り、サロメの成長の足跡を描く。分身はサロメの心象風景を表現する。
●サロメが大きな立像を倒して壊すシーンがあるのだが、あれは毎上演ごとに壊しているのだろうか。すごいな、メット。
●狂気のサロメに対し、狼狽するヘロデ王。そのコミカルなテイストが救い。
●休憩なしの2時間弱の作品で、エロスとバイオレンスがテーマになっていると思えば、こんなに映画館向けのオペラもない。ネゼ=セガン指揮のオーケストラは陰惨なストーリーとはうらはらに輝かしく鮮烈。ぞくぞくする。
●METライブビューイング、2時間弱の短時間オペラということもあり、珍しく午前11時からの回が設定されていたのでそちらへ。午前中から「サロメ」はどうかと思わなくもないが、客席はけっこうにぎわっていた。夜の回よりも盛況なのでは。
最近のアルバムから~フルトヴェングラーの交響曲とビーバーのヴァイオリン・ソナタ集
●最近、気になったレコーディングの話題を。まずはネーメ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団によるフルトヴェングラーの交響曲第2番(Chandos)。これ、ジャケが強いんすよ。だって、フルトヴェングラーが指揮してるし。でもフルトヴェングラーは作曲家であって、指揮はネーメ・ヤルヴィだ。レコーディングタイトル数世界チャンピオン(推定)の指揮者、パパ・ヤルヴィ。録音は2024年。堂々たる大曲で聴きごたえがある。今こそ、作曲家フルトヴェングラーが再評価されるべきときが来たのかもしれない。
●フルトヴェングラーの交響曲第2番は全4楽章で73分ほど。とくに第1楽章と第4楽章がともに23分台という長さで、外枠はかなりブルックナー的。完全に後期ロマン派スタイルで書かれており、ブルックナー以外にはワーグナー、ブラームス、フランク、リヒャルト・シュトラウスといった作曲家たちを連想させる。書法は充実している一方、キャッチーな主題がほとんど出てこないあたりに作曲者の含羞を感じる。
●もう一枚はボヤン・チチッチとイリュリア・コンソート(と読めばいいの?)のビーバーの1681年ヴァイオリン・ソナタ全集(Delphian)。なにを言いたいか、このジャケットを見れば一目瞭然だろう。ビーバーのジャケにビーバー。「おいおい、動物のビーバーは英語でbeaverだぜ~」と言われるかもしれないが、驚くべきことに、ドイツ語ではBiberなのだ。演奏は見事だ。歯切れのよいヴァイオリンに齧歯類的な敏捷性が感じられると言えよう。
NAGAREYAMA国際室内楽音楽祭2025 開催記者会見
●遡って18日はスターツおおたかの森ホールでNAGAREYAMA国際室内楽音楽祭2025開催記者会見。リモートで参加(リモート、ありがたし!)。この音楽祭については昨年の記者会見の様子もご紹介したが、千葉県流山市在住のピアニスト、パスカル・ドゥヴァイヨンと村田理夏子夫妻が音楽監督を務める室内楽のフェスティバル。流山は子育て世代に人気のエリアで、よく人口増加率の高さが話題になる。会場のスターツおおたかの森ホールは2019年4月に開館した500席規模のホール。音響設計監修は永田音響設計。
●会見の冒頭で、まずはパスカル・ドゥヴァイヨンと村田理夏子による2台ピアノで、デュカスの「魔法使いの弟子」が演奏された。こういうことができるのはホールでの会見の強み。音楽祭の開催期間は11月1日(土)から3日(月・祝)まで。パスカル・ドゥヴァイヨンと村田理夏子の両音楽監督によるピアノ、フィリップ・グラファンのヴァイオリン、ハルトムート・ローデのヴィオラ、趙静のチェロ、工藤重典のフルート、チャールズ・ナイディックのクラリネット、吉野直子のハープ、加羽沢美濃のナビゲーターの出演者陣。多彩な編成による4公演が開催される。たとえば、最終日の公演のプログラムは、ロッシーニのフルート四重奏曲第3番、ツェムリンスキーのクラリネット三重奏曲、マルティヌーの室内音楽第1番、ラヴェルのラ・ヴァルスと意欲的。一方で、土地柄にふさわしくファミリー・コンサートも開かれる。
●パスカル・ドゥヴァイヨン「流山で音楽祭を開催できることは、住民としてとても幸せなこと。この規模の都市にこれだけのホールがあることは驚き。まずは地元の人々に興味を持ってほしい。そして、流山を千葉の文化の首都のようにしたい。プログラムはできるだけ多様性に富んだものにしようと考えた。音楽祭の醍醐味はいろいろなメンバーでいろいろな編成を組めるところ。ほとんど演奏されない曲もある。先にテーマを定めていたわけではないが、できあがってみたら好奇心と多様性がテーマになっていた」
●スターツおおたかの森ホールは、つくばエクスプレス/東武アーバンパークライン流山おおたかの森駅北口直結という好立地。お近くの方、沿線の方はぜひ。
セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響のドヴォルザーク他
●24日はサントリーホールでセバスティアン・ヴァイグレ指揮読響。プログラムは、スメタナのオペラ「売られた花嫁」序曲、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(アウグスティン・ハーデリヒ)、ドヴォルザークの交響曲第7番。ヴァイグレ得意のスラヴ音楽プロ。造形はすっきり端正だけど、田園情緒はしっかり味わえる。「売られた花嫁」序曲はスピード感ともっさり感が完璧に融合した奇跡の名曲だと思うが、田舎のあぜ道を全力疾走するみたいな楽しさがよく出ていた。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ではアウグスティン・ハーデリヒが恐ろしくうまい。颯爽として鮮やか。大喝采の客席にこたえて、アンコールにフォレスター~ハーデリヒ編の「ワイルド・フィドラーズ・ラグ」。こちらも鮮烈。
●ドヴォルザークの交響曲第7番には作品にふさわしい大らかさと温かみ。第2楽章のひなびた味わいが白眉か。終楽章は力強く盛り上がって爽快。カーテンコールの後、拍手はいったん収まりかけたのだが、粘り強い拍手が続いてヴァイグレのソロカーテンコールに。ヴァイグレは満足げに喝采にこたえていた。
ラハフ・シャニ指揮ロッテルダム・フィルのブラームス他
●23日はミューザ川崎でラハフ・シャニ指揮ロッテルダム・フィル。かなり久しぶりに聴くオーケストラ。たまたまだが、週末にN響を指揮したタルモ・ペルトコスキが首席客演指揮者を務める楽団でもある。首席指揮者ラハフ・シャニが、ワーヘナールの序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番(ブルース・リウ)、ブラームスの交響曲第4番というバラエティに富んだプログラムを披露。1曲目、ワーヘナールはオランダの作曲家ということで「お国もの」。「シラノ・ド・ベルジュラック」は序曲と呼ぶには規模が大きく、実質的には交響詩か。この珍しい作品を聴けたことが大きな収穫。作風はワーグナー、リヒャルト・シュトラウスの延長上にあり、かなりのところ交響詩「ドン・ファン」が下敷きになっている。剣豪シラノの恋物語という題材からして似ている。演奏のクオリティは上々で、引きしまったサウンドで、すっかり手の内に入っている様子。弦楽器は対向配置、金管は全員横一列で並ぶ配置だった。
●プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番では、ショパン・コンクールの覇者ブルース・リウが登場。明るく、軽快なタッチのプロコフィエフ。ピアノはファツィオリ。プロコフィエフ特有のグロテスクさやアイロニーの要素は控えめで、スマートで華麗。ソリスト・アンコールがあるだろうと思っていたら、譜面台と椅子が運ばれてきて、なんとラハフ・シャニと連弾でブラームスのハンガリー舞曲第5番。そういえばシャニもピアニストだったか。譜面台にタブレットが置かれるのはもう珍しくない光景。プロコフィエフとはムードが一転して不思議な選曲だとも思ったが、後半がブラームスだからありなのか。
●ブラームスの交響曲第4番ではオーケストラの響きがずいぶん変わって、鉛色の空を思わせるような落ち着いたサウンド。すっきり見通しよく整えるのではなく、柔らかめの厚く重い響きで陰影を描く。木管楽器厚め、ふっくら。第3楽章は白熱。アンコールはメンデルスゾーンの無言歌集からシャニが編曲を手がけた「ヴェネツィアの舟歌」、さらに「紡ぎ歌」。シャニの多才ぶりが伝わる。
タルモ・ペルトコスキ指揮NHK交響楽団のマーラー「巨人」
●コンサートラッシュが続く。毎年この時期はそうなる。20日はNHKホールでタルモ・ペルトコスキ指揮NHK交響楽団。2000年(!)フィンランド生まれの噂の新星が、いきなりN響定期に登場。プログラムはコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲(ダニエル・ロザコヴィッチ)とマーラーの交響曲第1番「巨人」。神童コルンゴルトの才に驚嘆したマーラーのエピソードを思い出させるプログラム。で、この演奏会については別の場所で原稿を書くことになっているので、ここでは簡単に書くけど、かつて聴いたことのないおもしろいマーラーだった。こんなに主張の強い若手指揮者はなかなかいない。初共演で、二日間のリハーサルでどこまでやりたいことが形になったのかはわからないけど、ぜひまた聴いてみたい。たまたま同じフィンランドの若手マケラと同時期の来日になったわけだけど、マケラが予想通りのすごさなら、ペルトコスキは予想がつかないすごさ。
●で、この日は金曜夜の公演だったわけだけど、翌日の土曜昼の公演はNHKホールが完売。聴けなかったけど先日のメナ指揮&アヴデーエワは両日完売だった。体感的には客席に若い人がじわじわと増えてきているような気がする。
クラウス・マケラ指揮パリ管弦楽団のサン=サーンス&ベルリオーズ
●18日はミューザ川崎でクラウス・マケラ指揮パリ管弦楽団。全席完売の人気ぶり。プログラムはサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」とベルリオーズの「幻想交響曲」。豪華ダブルメインプログラムでもあり、フランスの交響曲の伝統をたどるプログラムでもあり。オーケストラの十八番が並んだ。
●サン=サーンスのオルガンはリュシル・ドラ。マケラが作り出す音楽は鮮明でシャープ。俊敏で、キレがあり、明瞭、エネルギッシュ。解像度が高く見通しのよいサウンドを引き出す。基本、ためない、ひっぱらない。もっさり感ゼロのスマート・サン=サーンス。スペクタクルに過度に傾かない。後半の「幻想交響曲」はさらに強力で、管楽器セクションの名人芸をたっぷりと堪能。とくにファゴットの豊かな音色。ふわふわの絨毯が敷かれたかのよう。弦楽器もきめ細かく、輝かしい。第4楽章で一段ギアが上がったようで、かつて聴いたことのないほど細部まで彫琢された「断頭台への行進」。曲のイメージが変わる。お祭り騒ぎ的だと思っていたら、もっと奥行きのある音楽だったという。怒涛の勢いで第5楽章へ。轟音でも音色が壮麗なのがすごい。ミューザの空間はこの響きをしっかり受け止めて、澄んだ音色で満たしてくれる。
●会場は大喝采で、多数のブラボーが飛び交い、アンコールにビゼー「カルメン」前奏曲。楽員退出後も拍手が止まず、マケラのソロ・カーテンコールに。
●コンサートマスターの名前がわからなかったのだが、識者の方によればアンドレア・オビソ Andrea Obiso という人らしい。ときに腰を浮かせながら全身でリードする姿は、N響および国立カナダナショナル管弦楽団での川崎洋介に重なる。