●26日は東京芸術劇場でエドワード・ガードナー指揮読響。ディーリアスのオペラ「村のロミオとジュリエット」から「楽園への道」(ビーチャム編)、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(パヴェル・コレスニコフ)、ブラームスの交響曲第1番というプログラム。ディーリアス「村のロミオとジュリエット」の「楽園への道」を聴ける機会は貴重。このオペラ、録音で全曲を聴くと、ほとんどワーグナー。タイトルから予想されるように、許されざる恋に苦しむ若いふたりが現世に別れを告げるというストーリーで、物語的にも音楽的にもジェネリック「トリスタンとイゾルデ」と言いたくなるほど。ただ、あとから付け加えた「楽園への道」の部分はワーグナー風味がいくぶん薄まって、ディーリアス特有の憂愁と甘美が前面に出ている。まちがいなく傑作。エドワード・ガードナーと読響の演奏は、官能性は控えめで、透明感と抒情性が勝る。
●チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番で独奏を務めたパヴェル・コレスニコフは初めて聴く人。大柄でキャラの立った人。第1楽章冒頭をアルペジオで弾いていた。これは初期稿を参照しているということなのかな。力強く始まると思っていたら、かわいい感じで始まってびっくり。しかしその後は強靭かつダイナミックで、クライマックスに向けての追い込みはスリリング。ソリスト・アンコールにショパンのワルツ第19番イ短調。こちらはしっとり。後半のブラームスの交響曲第1番は端正。オーソドックスな造形で、重くならずに前へ前へと進む。少しあっさりしすぎかなと思いきや、じわじわと白熱して、これぞブラームスというしっかりした聴きごたえを残す。オーボエ、ヴァイオリンのソロも沁みる。
エドワード・ガードナー指揮読響のディーリアス、チャイコフスキー、ブラームス
グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックのストラヴィンスキー

●24日はサントリーホールでグスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック。LAフィルを聴くのは6年ぶり。プログラムはジョン・アダムズのショート・シンフォニー「狂乱」(Frenzy)日本初演、ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲(1919年版)、ストラヴィンスキー「春の祭典」。弦楽器は16型で対向配置、コントラバスは9台。ステージ上がびっしり埋まる大編成。
●ジョン・アダムズのショート・シンフォニー「狂乱」は24年3月にサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団により初演された新作。約20分。大編成を生かした明るくカラフルなオーケストレーションで、反復的な楽想が漸次的に変容されていくという期待通りの作風。心地よく、祝祭的。ストラヴィンスキーの「火の鳥」「春の祭典」ではともにオーケストラの個の力量の高さ、とくに管楽器、打楽器の高性能ぶりを感じる。長年のコンビを組んできたドゥダメルも来年に退任するということもあってか、キレッレキの鮮烈さよりはむしろ肩の力が抜けた成熟味が勝っていたかも。「春の祭典」第2部のアッチェレランドはスリリング。全体の造形はオーソドックス、音のキャラクターは明るい。
●アンコールはなし。場内の力強い拍手が続いて、しばらく待った後にドゥダメルのソロ・カーテンコールに。ドゥダメルがLAフィルの音楽監督に就任したのは2009年。やり切ったという感じでは。次期音楽監督はだれになるのか、まだわからない。
Gramophone Awards 2025 大賞はラファエル・ピションのバッハ ロ短調ミサ
●昨日、ショパン・コンクールの話題をとりあげて思い出したが、そういえばGramophone Awards 2025が発表されたのだった。Recording of the Yearに選ばれたのは合唱部門受賞のラファエル・ピション指揮ピグマリオンによるバッハ ロ短調ミサ曲(Harmonia Mundi)。なんというか、「大賞」感のあるチョイスで収まりのよい感じ。賞の一覧は公式サイトを見てもいいが、一覧性の高いのはPresto Musicのほうか。ラインナップを見ていろいろと思うところはあるだろうが、ともあれレコーディングを対象にした賞が健在なのはうれしいところ。ストリーミングの時代になっても、新録音がリリースされているということなので。
●Gramophone Awardsは賞にスポンサーが付いているのがすごいなと思う。ウィグモア・ホール、クラシックFMなどのロゴが並ぶ。賞の性格上、レコード会社をスポンサーにするわけにはいかない。日本だったらどういうところがスポンサーになりうるのかな……と少し考えてしまった。
●室内楽部門の受賞は、クリスチャン・ツィメルマン、マリア・ノーヴァク、カタージナ・ブドニク=ガラズカ、岡本侑也によるブラームスのピアノ四重奏曲第2番&第3番(DG)。これがグラミー賞だったら日本人が受賞したとニュースになるところだが、Gramophone Awardsではそうはならない。クラシック音楽界ではこちらのほうがずっと注目度が高いはずだが、まあ、しかたがない。
エリック・ルー、ショパン・コンクールの勝者
●今回、さすがだなーと思ったのは、ショパン・コンクールの優勝を見越したように、9月24日にワーナー・クラシックスからエリック・ルーの旧譜が再リリースされていたこと。ショパンの「24の前奏曲」とシューベルトのピアノ・ソナタ第14番&第20番の2タイトル。ショパンのほうは2019年の録音。エリック・ルーみたいなすでに実績のある人が優勝すると「新しいスターの誕生だ!」みたいな興奮が生まれにくいと思っていたが、その反面、こうしてすでにメジャーレーベルからレコーディングがリリースされているので、今後の公演で即座に会場売りが可能になる。前回のブルース・リウもその前のチョ・ソンジンも優勝後にドイツ・グラモフォンと契約を結んだが、エリック・ルーのように優勝した時点ですでにメジャーレーベルと契約していた人は過去にいるのだろうか。
●今回、コンクールの参加者に占めるアジア系の割合がますます高まって、1位エリック・ルー、2位ケヴィン・チェン、3位ワン・ジートンまで全員中国系だという指摘がある。それはそうなんだろうけど別の見方もあると思う。今回の1位はアメリカ人、2位はカナダ人。前回の1位もカナダ人。ショパン・コンクール史上、かつてないほど北米勢が席巻している。前々回だって1位はチョ・ソンジンで韓国だけど、2位はカナダのリシャール=アムラン、3位はアメリカのケイト・リウだった。ここから北米旋風が吹き続けている。
●「審査委員長のギャリック・オールソンが自身が上位3位に入ると考えていた出場者がひとりも本選に残らなかったとしょげていた」(朝日新聞)という話がおもしろいと思った。当の審査委員長でさえこうなのだから、いったいだれに結果が予測できるだろうか。
●17人も審査員がいれば、公平性を重んじるほど結果が最大公約数に向かうとは思う。つまり「だれが推しているのか」という主語が薄まる。もしギャリック・オールソンひとりが審査員だったら、その本選に残らなかった3人が1位、2位、3位になる。「だれが推しているのか」の主語はギャリック・オールソン。シンプルだ。
●動画はほんの少ししか見ていないが、クラオタが「この人、聴きたい」と思う気持ちだけで奏者に投票したら、1位はマレーシアのヴィンセント・オンになるのでは。
東京都美術館 ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢

●作品さえ鑑賞できればいいというガチ勢ではないので、混雑していそうな展覧会は避けてきた。ぎゅうぎゅうの人が横並びになって進むベルトコンベア鑑賞はぜんぜん楽しくない。となると、ゴッホとかモネは諦めるしかないわけだ。全時間帯で混雑必至。なので、東京都美術館のゴッホ展は見送るしかないな~、と思っていたのだが。

●おそらく美術展でいちばん空くのは金曜日の夜間開館。そこで、この夜間開館の時間帯を狙って行ってみた。金曜夜は演奏会の率も高いのだが、なんとか機会を作って訪れてみたところ、これならぎりぎりセーフかなという程度の混み具合。正解だったと思う。いや、夜間開館でもこんなに人がいるのかと驚くべきかもしれないが……。上は「画家としての自画像」。すごい色彩感。撮影はすべて禁止なので、これは拾い物。著作権はもちろん切れている。

●こちらは「耕された畑(畝)」。畝がウネウネとうねっているだけではなく、青空もウネウネとうねっている。すごい迫力。

●こちらは「農家」。すべてがウネウネとうねっている。これも好き。この展覧会、「家族がつないだ画家の夢」と副題にあるように家族がテーマになっていて、展示にストーリー性があるのが吉。ゴッホの弟テオの妻ヨーの活躍ぶりがすごい。ゴッホの作品は30点強で、関連する他の画家の作品もけっこう多いのだが、そこも含めて楽しめる。
ショパン・コンクールの第1位はアメリカのエリック・ルー
●21日、朝起きたらショパン・コンクールの結果が出ているかなーと思ったら、まだ審査が続いていたみたいで(前回もそうだった)、日本時間9時半過ぎにようやく結果が流れてきた。第1位はエリック・ルー(アメリカ)。27歳。2015年の同コンクールで17歳で第4位に入賞し、2018年にリーズ国際ピアノ・コンクールで優勝。ワーナークラシックスへの録音もあり、すでに実績のある人が勝者になったという印象。協奏曲は第2番、ピアノはファツィオリを選択。
●第2位はカナダのケヴィン・チェン(カナダ)、第3位は中国のZitong WANG。カタカナ表記はどうなるんだろう。第4位に日本の桑原志織と中国の16歳Tianyao LYU。
●大量に動画が配信されていて、ほとんど見ていないのだが、ファイナルの演奏を少しだけ聴いたマレーシアのヴィンセント・オン(Vincent Ong)の動画も貼り付けておきたい。第5位を受賞。
Jリーグは残り4試合、マリノスの残留争いと、流行のキックオフ戦術
●さて、世間はショパン・コンクールの話題で持ちきりだが、ここでわれらがJリーグのことも振り返っておきたい。今季、残り4試合。降格ライン上をさまようマリノスは浦和レッズ相手にまさかの4対0で完勝。同じ勝点で並んでいた横浜FCは引き分けたので、これで勝点2差で17位。ギリギリ残留できる順位だが、横浜FCはすこぶる好調であり、まったく予想がつかない。マリノスか横浜FCのどちらかが残り、どちらかが降格する可能性が高い。
●ちなみにマリノスだが4点獲ったといっても、とっくにアタッキングフットボールは捨てている。今はボールを持たない、パスを回さない、手数をかけないサッカーが基本。この試合のボール保持率はわずか38%。パスは237本で往時の半分以下、しかもパス成功率は59.9%しかない。これもかつては80%くらいだった。ゴールキーパー(朴一圭)はディフェンスにパスをつながず、大きく蹴る。
●サッカーはこれがいちばん効率がいい。今はもう夢を追っている場合ではないので、こうするしかない。一般論として、ボールをつなぐ攻撃的なサッカーよりも、安全第一のサッカーのほうが勝点を得やすい。だが、前者は楽しく、後者は退屈だ。この大いなる矛盾にサッカーの核心があると思う。
●で、この試合、マリノスはキックオフ時にボールを大きく蹴って、故意に敵陣深くのタッチラインを割るようにしていた。キックオフで自分たちがボールを持って攻撃するよりも、わざわざ相手ボールのスローインにしたほうが有利だ、と考えているのだ。最近の欧州で流行しているキックオフ戦術を取り入れたようだ。
●これがなぜ有利なのか。おそらく、緻密な分析を基にした統計的な裏付けがあるのだと思う。相手の布陣が完全に整った状態では、自分たちがボールを持ってもまず得点にはつながらないのに対して、敵陣深くであれば相手のスローインからボールを奪ってチャンスになる可能性が少しはある、ということなのか。以前、オシムが「自分たちのスローインではピッチ内は常に数的不利になる」と指摘していたのを思い出す。
●これほど退屈なキックオフはないと思うが、このキックオフ戦術はどんどん広がると思う。
チョン・ミョンフン指揮東京フィルのバーンスタイン、ガーシュウィン、プロコフィエフ

●16日はサントリーホールでチョン・ミョンフン指揮東京フィル。10月28日からのヨーロッパ・ツアー(7か国8公演)に持っていくプログラムのひとつで、バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」より「シンフォニック・ダンス」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(小曽根真)、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」より。「ウエスト・サイド・ストーリー」は「ロメオとジュリエット」の翻案なので、ダブル「ロメジュリ」プログラム。コンサートマスターの席に近藤薫、隣に三浦章宏、後ろに依田真宣が座って、楽団の3人のコンサートマスターがそろい踏みという全力布陣。気合十分で、持ち前の明るく華麗なサウンドが炸裂。すこぶるパワフルで、サントリーホールが飽和するほどの音圧を浴びた。
●バーンスタインの「シンフォニック・ダンス」では指パッチンあり、「マンボ!」の発声ありでハイテンション。ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」は冒頭のクラリネットのグリッサンドがかつて聴いたことがないほどソリスティックで、たっぷり。ぞくぞくする。この曲で小曽根真がソロを弾くのを聴くのは何度目だろうか。毎回そうだが、即興マシマシのロングバージョン。初めて聴く曲のように向き合う。アンコールは自作のAsian Dreamで、しっとりと。後半のプロコフィエフはいろいろな抜粋がありうる作品だが、「モンタギュー家とキャピュレット家」でスタートして、「ジュリエットの墓の前のロメオ」「ジュリエットの死」で終わる全10曲、約45分。こちらも力感みなぎる演奏で、造形は端正、熱量は高い。バーンスタインとの組み合わせの妙も楽しめた。
●カーテンコールの写真を撮っていたら、予想外のアンコールあり。「シンフォニック・ダンス」の「マンボ」を本編よりもさらにはじけて。アンコールもツアー仕様なのか。客席は大喝采。ツアーの大成功を祈りつつ拍手。
