October 3, 2022

サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団のワーグナー、シュトラウス、エルガー

ラトル ロンドン交響楽団●2日はミューザ川崎でサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団。すでにロンドンを離れバイエルン放送交響楽団に移ることが決まっているラトルの音楽監督として最後の来日。というか、「オーケストラの来日公演」そのものの貴重さが高まってる今、期待度はマックス。プログラムはワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死、シュトラウスのオーボエ協奏曲(ユリアーナ・コッホ)、エルガーの交響曲第2番。エルガーの第2番はなかなか聴けない。弦は通常配置。オーケストラの入場がアメリカのオーケストラと同様、分散入場で(そんな言葉ある?)、いつの間にか全員そろっている方式。このスタイルは好き。客入りは上々。
●たいへんすばらしい演奏で、同コンビの前回来日時以上の満足度。ロンドン交響楽団のサウンドは解像度が非常に高く、澄明で輪郭のくっきりしたサウンド。強奏時も見通しがよくクリア。ラトルのもと、ひとつにまとまって集中度も高い。LSOってこんなにも上質なオーケストラだったっけと思ったほど。最初の「トリスタンとイゾルデ」から名演。ドイツ的な重厚さとはまったく異なる、爽快なドライブ感に貫かれたドラマティックな演奏。ラトル自身が楽しんでいる様子。シュトラウスのオーボエ協奏曲では首席奏者のユリアーナ・コッホがソロを担う(ローター・コッホと縁があるのかどうか、わからず)。この曲、なぜか今年はたくさん演奏されている。オーボエの音色が甘くややスモーキーで、濃厚なテイスト。最初の長いソロを吹き終えたところで「ふー」と大きく深呼吸していたのが印象的。酸欠になりそうな曲だけど、出てくる音はなめらか。ソリスト・アンコールにブリテンの「オヴィディウスによる6つの変容」から第1曲「パン」。
●後半、エルガーの交響曲第2番はきびきびとした第1楽章で始まって明快。この曲、第1番の直線的なドラマとは違って、さまざまなエモーションが複雑に絡み合う。高貴さ、ノスタルジー、哀悼、歓喜、ユーモア、諦念……。来日前の記者会見でラトルが「エルガーがもしウィーンに生まれていたら、きっとマーラーになっていた」と話していたけど、この日のプログラムはワーグナーで始まってシュトラウスとエルガーに分岐する後期ロマン派プログラム。終楽章が終わった後、普通なら沈黙が訪れそうなところだがこの日はすぐに拍手が出たのはやや意外だった。アンコールの前にラトルから日本語を交えたメッセージ。「ブラボー、ミューザ」とホールの音響を称賛。以前からラトルはミューザ川崎の音響を絶賛しており、今回も満足そう。こちらのアンコールもお国ものでディーリアスのオペラ「フェニモアとゲルダ」から間奏曲。絶品。最後はラトルのソロカーテンコールでスタンディングオベーション。

September 30, 2022

ディズニープラスの「オビ=ワン・ケノービ」(デボラ・チョウ監督)

●ディズニープラスでオリジナルドラマシリーズ「オビ=ワン・ケノービ」全6話を観た。舞台設定は「スター・ウォーズ」エピソード3の10年後。つまり新三部作と旧三部作の間の時代を扱っている。新三部作のラストでオビ=ワン・ケノービ(ユアン・マクレガー)はアナキン・スカイウォーカー(ヘイデン・クリステンセン)と凄惨なバトルを演じ、勝利した。アナキンは帝国によりダース・ベイダーとして生まれ変わるが、オビ=ワンはまだその事実を知らない。生き残ったジェダイたちは帝国から追われる身となり、オビ=ワンはライトセーバーを封印し、一市民として身を隠しながら密かに少年ルーク・スカイウォーカーを見守っている。主人公はオビ=ワンだが、幼少期のプリンセス・レイアを巡る物語になっている。監督はデボラ・チョウ。
●という話なので、「マンダロリアン」とは違って、ストーリーはダイレクトに「スター・ウォーズ」本編に直結している。オビ=ワンもアナキンもちゃんと本編と同じ役者が演じているし(回想シーンでは若返っている)、オビ=ワンとダース・ベイダーの直接対決という熱いシーンも用意されているので、本物の「スター・ウォーズ」感があるのが吉。正直なところ、自分のなかではディズニーが作ったエピソード7~9の続三部作は「なかったこと」になっており(思い出すだけでもめまいがしそう)、こちらの「オビ=ワン・ケノービ」を正統な本編に格上げしたいくらいの気持ちだ。「スター・ウォーズ」に必要な明快さ、簡潔さがある。西部劇オマージュが散りばめられていたのもいい。「スター・ウォーズ」のエッセンスは神話+時代劇+西部劇だし。
●ただ、難点もあるんすよねー。話の進行に不自然なところがいくつかあって、少々乱暴なのでは、とは感じた。テレビシリーズだと思えばギリギリ許せるかな。「マンダロリアン」には一歩及ばない。結局のところ、「スター・ウォーズ」は本流のストーリーに近づくほど、すでに完成している作品に無理やりパーツを追加した魔改造感から逃れられなくなるのかも。

September 29, 2022

しゃっくりを止める方法

一杯の水
●先日、これから歯医者さんに行くっていうタイミングで、しゃっくりが始まったんすよ。困るじゃないすか、歯医者さんでしゃっくりは。なんとかしてすぐに止めたい。で、ネットで「しゃっくりを止める方法」で検索すると、「息を止めてがまんする」とか「水を飲む」とか「両耳に人差し指を突っ込む」とかいろいろ出てくるわけだけど、まあ、あんまり効果があった試しがない。でも、ひとつ、やったことがない方法が出てきて、それが「コップの水を反対側から飲む」。えー、ホントかね、と思いつつ試してみたら……なんと、たちまち止まったんすよ、しゃっくりが! わ、まさか本当に止まるとは。
●コップの水を手前からじゃなくて、反対側から飲もうとすると、かがみこんで不自然な体勢なって「ズズズッ」とすする感じになるんだけど、その姿勢がいいみたい。以後、しゃっくりで困ったときは使ってみたい。
●お知らせを。ONTOMOの新連載「心の主役を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング」第4回はベートーヴェン「フィデリオ」。キャラ視点によるオペラガイド。もうひとつ、大阪の住友生命いずみホールの音楽情報誌 「Jupiter」に、同ホールが新たに始めた「デジタルいずみチャンネル」の紹介記事を寄稿。ホール主催公演の映像をオンデマンドで配信するサービスで、住友生命いずみホールフレンズに入会すると好きなだけ視聴できる。

September 28, 2022

ニッポン代表vsエクアドル代表 キリンチャレンジカップ2022 デュッセルドルフ

●ワールドカップに向けて最後の準備となるデュッセルドルフで開催されたキリンチャレンジカップ、第2戦は対エクアドル代表。森保監督は今回も律義に前のアメリカ戦から選手全員を入れ替えてきた。もう監督の狙いは明らかだろう。毎回、親善試合が2試合あるたびに2チームを用意してきたのは、ワールドカップ本番でもそうするつもりだから。本番でニッポンはドイツ、コスタリカ、スペインと中三日で戦う。これをAチーム、Bチーム、Aチームで戦うのが森保監督の狙いのはず。ABAの三部形式ローテーション戦略だ。だから今回のアメリカは仮想ドイツ、エクアドルは仮想コスタリカとして選ばれた対戦相手だったのだろう。先発の座は11人ではなく、22人。おそらく森保監督はゴールキーパーもふたり使うはず、チームの士気を考えて。
●さて、そんなニッポンBチームのメンバーはGK:シュミット・ダニエル、DF:山根、谷口、伊藤洋輝、長友(→吉田)-MF:柴崎(→遠藤航)、田中碧-堂安(→伊東)、三笘(→相馬勇紀)-南野(→鎌田)-FW:古橋(→上田綺世)。布陣はアメリカ戦と同じ4-2-3-1で、トップ下に南野が入った。戦い方はAチームと同じ。ただ相手が違う。エクアドルはアメリカほど組織的で精力的なプレスをかけてこないが、個の技術では上。基本的にボールをつないで攻めるチームではあるが、アメリカと違って緩急のリズムがあって柔軟。前半はエクアドルが攻勢で、ニッポンが守勢に回る展開だったが、後半になると強度がやや落ちて、ニッポンのチャンスが増えた。ただ両キーパーとも好セーブが多く0対0のスコアレスドロー。ニッポンはシュミット・ダニエルがエネル・バレンシアのPKをストップするなど大活躍。正直なところ、これまでシュミットは代表での好セーブが少なく、セーブ力に疑問を感じていたのだが、これで一気に挽回した感がある。
●試合全体でボール支配率はほぼ五分、パス成功率は両者とも80%を超えていた。親善試合とは思えないしまったゲームだったが、試合内容ではエクアドルがやや勝っていたか。結果的に無失点だったものの、三笘のサイドの守備は気になる。中央も柴崎と田中碧のコンビだと、Aチームの遠藤と守田とはだいぶ差がある感じ。南野は本来中心選手のはずだが、モナコに移籍してから所属チームでも調子は上がらないようで、コンディションがもうひとつ。トップは途中出場の上田が健闘、強度の高さで機能していた。
●で、結論として森保監督のなかでABAの完全ローテーションは「行ける」となったのか「やっぱり厳しいね」となったのか、どうなんでしょね。この2試合を見ると、遠藤航など守りのキープレーヤーはローテーションさせられないんじゃないかと思ってしまうのだが。

September 27, 2022

アレクサンドラ・ドヴガン ピアノ・リサイタル

●26日は紀尾井ホールでアレクサンドラ・ドヴガンのピアノ・リサイタル。なんとまだ15歳ながらザルツブルク音楽祭やアムステルダム・コンセルトヘボウ、パリ・シャンゼリゼ劇場といった大舞台に立ち、ドゥダメル、コープマン、ピノックらとも共演する新星。ドヴガンはロシア出身で現在はスペイン在住。
●プログラムは前半がベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」とシューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」、後半がショパンで幻想曲へ短調、バラード第4番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ。「指が回る天才少女」的なイメージではまったくなく、成熟度の高い音楽を聴かせてくれる。細身にもかかわらず、打鍵は力強く、楽器を鳴らし切る。ダイナミクスの幅が広く、表現は彫りが深くて多彩。バラード第4番までかなり緊張度の高いピリピリした空気が流れていたが、作品の性格もあってか、最後のアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズではぐっとゆとりのある華やかな雰囲気に。この曲が白眉。続くアンコールも開放感のある流れになって、ラフマニノフの前奏曲第12番嬰ト短調op.32-12、クープランの「鳥のさえずり」、ショパンのマズルカ第13番イ短調op.17-4と続いた。
●ロシアの若い才能がこれからどうなるのか、先行きが見通せる状況ではないが、貴重な才能がこれからまっすぐ伸びてくれることを願う。

September 26, 2022

ニッポン代表vsアメリカ代表 キリンチャレンジカップ2022 デュッセルドルフ

●秋に変則開催されるワールドカップ・カタール大会に向けて、これが事実上最後の準備となるキリンチャレンジカップ2022。なにせ今回は大会直前の合宿期間が設けられず、どこの代表チームもリーグ戦を抜け出して「ぶっつけ本番」で臨む異例の大会。すべてはオイルマネーの力、なのか。
●で、アメリカ代表とエクアドル代表と戦うキリンチャレンジカップ2022、チケット発売のお知らせメールが事前に届いていたが、よく見れば開催地はデュッセルドルフ……。行けるわけないじゃないの。もっとも、どの国も主力は欧州でプレイしているのだから欧州で大会を開催したほうが選手の移動は楽。デュッセルドルフはもともと日本人コミュニティがあり、日本サッカー協会も欧州の拠点をこの地に置いている。スタンドには日本人の姿も多く、チャントが聞こえてくる。
●アメリカ代表はFIFAランク的には日本より上。チェルシーのクリスチャン・プリシッチやドルトムントのジョヴァンニ・レイナら欧州で注目される若い才能が多い(ただしプリシッチは負傷でメンバー外)。かつては同じサッカー新興国としてやや日本がリードしていた印象があったが、日本がぐんぐん伸びている間、それ以上にアメリカも伸びていて、さすがスポーツ大国。欧州でも南米でもない国がワールドカップで初優勝を果たすとしたら、それはアメリカ代表ではないか(カタール大会はアジア北中米勢にも優勝のチャンスがあると見ているのだが、それはまた別の話)。
●久々に対戦したが、アメリカ代表はニッポン代表とよく似ている。前線からのプレスが身上。チームに規律があって、前半から後半まで精力的で組織的なプレスをかけ続ける。このあたりの連動性は、ニッポンも悪くないけどアメリカが一枚上手。よくもまあ、そこまで忍耐強くかけ続けられるなと思うほど。ボールをゴールキーパーからつなぐのも同じ。結果的にどちらもディフェンスラインから一列前にボールを出して選手に前を向かせるまでのプロセスが「詰め将棋」風で、ここがうまくできると即チャンスになるし、ここで一手まちがえると即ピンチになる。そして、ミスが多かったのはアメリカのほう。それがそのままニッポン2対0アメリカという結果に出たゲームだったと思う。ニッポンはかなり厳しいプレスを受けていたにもかかわらず、少ないミスで乗り切った。見事な技術。こういうサッカーを見ていると、ディフェンの選手(キーパー含む)の足元の技術がいかに大切かを痛感する。技術の足りない選手がひとりでもいると、そこが綻びになる。
●ニッポンは4-2-3-1でトップ下を置く形。このトップ下のキープレーヤーに鎌田大地を抜擢。鎌田はフランクフルトでの活躍ぶりを見れば中心選手になっておかしくないのに、森保体制では序列が低かった。まさかこの段階で序列が変わったのか。左に久保建英、右に伊東純也。伊東は右でしか使えないが、久保は左でも使える。所属のレアルソシエダでは左でもプレイしているそう。前線には前田を抜擢。プレスの強度では前田が最強だろう。ただし、この布陣だとエースであるべき南野の居場所がない。フライブルクで復調した堂安もベンチ。
●セントラルミッドフィルダーは遠藤航と守田英正。ここはこのふたりで盤石のはず。守田はポルトガルの名門スポルティングに移籍して、中心選手の座をつかんでいる。ディフェンスラインは左が中山雄太、右が酒井宏樹、センターバックは吉田と冨安のコンビ。ただし後半は酒井が退き、冨安が右サイドバックに入り、伊藤洋輝がセンターに入った。本来なら板倉がセンターバックに入ると思うのだが、負傷で不在。板倉が本大会に間に合うなら、冨安は右で行ける。結果的に無失点で抑えられたのは収穫。
●GK:権田(→シュミット・ダニエル)-DF:酒井(→伊藤洋輝)、冨安、吉田、中山雄太-MF:遠藤、守田-伊東(→堂安)、久保(→三笘)-鎌田(→原口)-FW:前田大然(→町野)。ゴールは鎌田と三笘。三笘は自分の型に持ち込めれば無双。

September 22, 2022

「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」(ガブリエル・ガルシア=マルケス著/野谷文昭訳/河出文庫)

●ガルシア・マルケスの中短篇10篇を年代順に並べた新訳アンソロジー「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」を読む。大半の作品は過去に読んでいるはずだが、せっかく文庫で出たので買ってみた。そもそも何十年も前に読んだ作品が多く、中身はかなり忘れているわけで。最初の一篇が名高い「大佐に手紙は来ない」。この中篇を始め、初期作はどれもリアリズムにもとづき、ラテンアメリカのやるせない現実が描かれている。後味は苦い。それが後の作品になると「巨大な翼をもつひどく年老いた男」や「エレンディラ」のように、魔術的リアリズムや神話的な要素が目立ってくる。「百年の孤独」のガルシア・マルケスは後半にいるわけだが、中短篇に限って言えば前半のほうがより味わい深い。
●「大佐に手紙は来ない」で、なんの手紙を待っているかといえば、退役軍人への恩給の支給開始を知らせる手紙。老いた主人公はかつての革命の闘士。今は妻とともに体の不調を耐えながら極貧の暮らしを送っている。家にある売れるものはすっかり売ってしまい、残るは亡き息子が残した軍鶏のみ。軍鶏の餌にもらったトウモロコシを粥にして食べるほどの窮状だが、大佐は必ず恩給がもらえるはずと信じて、毎週金曜日になると郵便局に手紙を受け取りに行く。もちろん、大佐に手紙は来ない。大佐は一本筋を通した生き方をしてきたにちがいない。そして、とうに世の中から忘れ去れているのだ。
●とても短い話だけど「ついにその日が」も忘れがたい。歯医者小説の傑作。ある日、横柄な町長が親知らずを抜いてくれと訪ねてくる。よほどの痛みに耐えかねた様子。だが、この町長はかつて歯科医の同志20人の命を奪った仇敵。歯科医は「化膿しているから」といって麻酔をせずに歯を抜く。淡々とした筆致がよい。
●一本だけ選ぶなら「この町に泥棒はいない」。無謀でマッチョな若者が出来心から町のビリヤード場に盗みに入る。しかし金目のものはなく、ボール3個だけを盗む。犯人としてよそ者の黒人が捕まる。だって、この町に泥棒はいないから。主人公の転落が描かれているのだが、弱い者は弱さゆえに愚かさから逃れられず、強い者はそれを見逃さない。町に立ち込めるヒリヒリした空気が伝わってくる。

September 21, 2022

セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響の「ドイツ・レクイエム」

●20日はサントリーホールでセバスティアン・ヴァイグレ指揮読響。前半にダニエル・シュニーダー作曲の「聖ヨハネの黙示録」日本初演、後半にブラームスの「ドイツ・レクイエム」という宗教音楽プロ。ソプラノにファン・スミ、バリトンに大西宇宙、新国立劇場合唱団の声楽陣。
●前半のダニエル・シュニーダー、未知の曲なのでブラームスの前座くらいに思っていたら、ぜんぜんそうではなく30分あるがっつりした曲で、声楽陣も入る。前後半とも歌いっぱなしの新国立劇場合唱団がこの日の主役といってもいいくらい。シュニーダーはスイス生まれのアメリカで活動する作曲家で、「聖ヨハネの黙示録」(2000)はミルウォーキー交響楽団の委嘱作なのだとか。であれば、晦渋な現代曲ではなく、楽しい曲なんじゃないかなと予想していたら、期待通りのおもしろさで、ブラームスとはまったく対照的。さまざまなスタイルが渾然一体となっていて、無理やりたとえるならオルフ「カルミナ・ブラーナ」の聖俗をひっくり返してブリテンとジョン・ウィリアムズとハンス・ジマーを掛け合わせたみたいな感じ? 歌詞に「悪魔の数字は666」とか出てきて、一瞬「エクソシスト」かよ!と心のなかでツッコミを入れてしまったが、それを言うなら「オーメン」だ(ダミアン……)。最後はゆったりとした心地よい南国的なリズムに乗ってカリビアンな気分で終わる。
●後半の「ドイツ・レクイエム」はヴァイグレの本領発揮。合唱団は約60名程度、P席に市松模様の散開配置なので、響きの密度という点では難しさもあったと思うが、澄明な歌唱でこの作品ならではの鈍色のロマンティシズムを存分に伝えてくれた。独唱陣もきわめて高水準で、もっと出番が欲しいほど。この曲、レクイエムではあるけれど、自分にとってはかなり早くから好きになった曲なので、宗教曲ゆえの疎外感よりも懐かしさを伴って聴ける曲。この渋いカッコよさは微妙に中二病的ななにかを刺激する。フーガ成分高めだからなのか。第2曲は後の交響曲第1番第1楽章を先取りしていると感じる。全般に漂う「モテない」感にカッコよさの源泉があると思うのだが。曲が終わると完全な静寂が訪れ、長い長い余韻を味わった後に拍手。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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