ドミノ・ピザ
January 16, 2018

きちんとスマホ対応、レスポンシブデザインでモバイルフレンドリー続編

css_code.jpg●年末年始の間に当ブログを突貫工事でようやくスマホ対応させた。いわゆるレスポンシブデザインとやらでグーグル先生の診断サイトで「モバイルフレンドリー」のお墨付きをもらえてほっとしたのであるが、そうはいってもあれは応急処置。その場しのぎの対応だったので、もう一度cssファイルを見直して、今回ようやく納得のいく形で調整することができた。これで狙った通りのデザインで読めているはず。たぶん。きっと……。ほうら、小さな画面でもこんなに読みやすく!
●なにを直したか、例によってほとんどの方は関心がないと思うが、未来の自分のために書き残しておこう。まず先日の突貫工事では、この画面の横幅をピクセル数で絶対指定してしまっていた。これだと機種によって両サイドの余白がまちまちで、見た目が美しくない。そこで、これを相対指定に書き換えた。っていうか、どう考えても最初からそうすべきだったのに、なぜ思いつかなかったんだろ。たとえばこんな感じ。

@media screen and (max-width: 460px) {
#container-inner {
width: 96%;
}
}

で、このときにまちがえやすいのだが、96%というのは親要素に対する割合であって、画面全体に対するものではない。だから外枠を96%に指定して、その内側ぴったりに文章を入れる箱を置くなら、箱の横幅は100%と指定すべきなんである(未来の自分、なにを言ってるか、わかるかな?)。最初はうっかりまちがえて余白だらけになってしまったぜー。
●続いて、写真等の画像について。このブログで現状使っている写真は最大で横幅411ピクセルとしている。これはいかにも石器時代のブログの仕様だが、今はそこは置いておく。で、平均的なスマホの画面だと写真が全部入りきらず、右側だけが切れてしまう。年末年始の突貫工事では「ま、それくらい平気だろ」と思っていたのだが、んなわけないんである。この問題にはきちんと対処する方法があって、imgタグに対して「横幅が収まりきらないときのみ縮小する」と指定すればいい。以下のようにすると、きれいに写真が収まった。

@media screen and (max-width: 460px) {
img {
max-width: 100%;
height: auto;
}
}

●あとは細かいところだが、スマホとミニタブレットの境目を460pxで判定することに微調整。それとスマホでは画面最上部のバナー広告を非表示にした。どうせだれもバナーなんて見てない。バナー要素adに対してこうすればOK。

@media screen and (max-width: 460px){
.ad {display:none}
}

●なお、巷にあふれる多種多様なスマホから、どう見えているかというクロスデバイスチェック(って言うの?)については、Chromeに標準装備されている「デベロッパーツール」を使った。最初からメニューにGalaxy S5とかiPhone Xとかいろんな機種がセットされていて、それぞれの機種からどう見えるかをチェックすることができる。なんて便利なの。今頃になってスマホ対応など周回遅れもいいところだが、それでもやったほうがいいに決まっている。

January 15, 2018

広上淳一指揮N響&五嶋龍のバーンスタイン生誕100年プロ

●12日、NHKホールで広上淳一指揮NHK交響楽団へ。ソリストの五嶋龍がN響と初共演。「バーンスタイン生誕100年」と銘打たれた公演で、プログラムはバーンスタインの「スラヴァ!(政治的序曲)」、バーンスタインのセレナード(プラトンの「饗宴」による)、ショスタコーヴィチの交響曲第5番という「政治的な」プログラム。冒頭「スラヴァ!」の曲名はバーンスタインの盟友ロストロポーヴィチの愛称であると同時に、ムソルグスキーのオペラ「ボリス・ゴドゥノフ」で戴冠する皇帝ボリスへの民衆の喝采の言葉。そしておしまいのショスタコーヴィチの交響曲第5番では輝かしい体制賛美が装われるという、ねじれた円環のようになっている。パロディ的な行進で始まって、パロディ的な行進で終わる。
●と言っても、純粋に聴いて楽しいプログラム。「スラヴァ!」で演説の録音が紛れ込むのもレトロ調で可笑しい。白眉はバーンスタインのセレナード。五嶋龍が明快で歯切れのよいソロを披露。バーンスタインのセレナードといえば、かつてお姉さんの五嶋みどりが作曲者と共演した際の「タングルウッドの奇跡」がよく知られている。もっとも、ニューヨークに生まれ住むヴァイオリニストがバーンスタインの曲を弾くことになんの不思議もない。龍さんは「題名のない音楽会」で司会を務めていた間は番組企画に応じてクラシックからアニソンまでずいぶんといろんな曲を弾いてくれたわけだが、納得の曲目で満を持してのN響定期デビュー。ベテランの多い聴衆も大喝采でソリストを讃えていた。

January 12, 2018

新国立劇場2018/2019シーズンランナップ説明会&記者懇談会

nntt2018newseason.jpg
●11日、新国立劇場2018/2019シーズンランナップ説明会&記者懇談会が開催。オペラ、舞踊、演劇全ジャンルについての説明会がCリハーサル室で1時間半にわたって行われ(全ジャンルだとプレス側がこんなに大勢になるんだという大盛況ぶり)、その後各ジャンルごとに分かれて芸術監督を囲んでの記者懇談会へという流れ。写真は左より小川絵梨子次期演劇芸術監督、大野和士次期オペラ芸術監督、大原永子舞踊芸術監督。普段は縁がない演劇やバレエのお話も聞けたのが吉。
●で、オペラ。大野新体制への期待が猛烈に高まった。新シーズンのラインナップをぱっと見た感じだとそこまで大きく変わった感は伝わらないかもしれないが、それは過半がレパートリー公演になるというオペラ劇場の必然があるわけで、説明会を聞くと、これまでの不満が一気に解消されるんじゃないかというくらいに期待を持てた。
●大野監督が掲げた主な目標は5つ。まずはレパートリーの拡充。年間3公演だった新演出を4公演に増やす。そして、新国立劇場の公演が世界初演出になるプロダクションを制作し、現在まさに世界のオペラ界を席巻しているような旬の演出家を起用する。また、これまでにも20世紀のすぐれた作品を上演してきてはいるが(ヤナーチェクとかブリテンとかコルンゴルトとか)、海外の劇場からのレンタルの関係で一回限りの上演で元の劇場に帰ってしまうことが多かった。それを上演権を買う形にして、くりかえし再演できるようにしたい、という話。これは大歓迎。近年の演目でいえばヤナーチェク「イェヌーファ」みたいな圧倒的な舞台がそれっきりというのはもったいなさすぎたので。
●2番目は日本人作曲家委嘱作品シリーズの開始。1シーズンおきに日本人作曲家に新作オペラを委嘱する。で、その制作過程では、従来になかったような作曲家と台本作家、演出家、芸術監督の間での協議を重ねる。そして海外の劇場で上演されるような日本のオペラが生まれてくることを目指す。特に大野さんは新作オペラで作曲家と台本作家が意見を戦わせるようなプロセスが必須と見ているようで、モーツァルトとダ・ポンテ、ヴェルディとピアーヴェ、シュトラウスとホフマンスタールのような共同作業を実現したいそう。まずは最初のシーズンで西村朗作曲、石川淳原作の新作「紫苑物語」が初演されるのだが、すでに作曲家と大野監督、台本の佐々木幹郎、さらには演出の笈田ヨシ(!)とで喧々諤々の議論が重ねられているのだとか。
●3番目は、ダブルビル(2本立て)新制作と、バロック・オペラの新制作を1年おきに行うこと。1年目のダブルビルはプッチーニの「ジャンニ・スキッキ」とツェムリンスキーの「フィレンツェの悲劇」。フィレンツェという街をキーワードにふたつの作品が並べられている。これは楽しみっすよね。ダブルビルのいいところは演目の多様性が実現するところ。定番の組合せも悪くはないけど、こういった新鮮な組合せを期待したいもの。以前、METライブビューイングでチャイコフスキー「イオランタ」&バルトーク「青ひげ公の城」のダブル・ビルという斬新なアイディアが披露されていたのを思い出す。組合せ次第で古典作品に新しいコンテクストが生まれるのがダブルビルの魅力。それからバロック・オペラについては大劇場で上演し、ピットには東フィルや東響が入るそう。バロック・アンサンブルを招く手もありそうなものだが、大野さんのイメージではモダン楽器のオーケストラがガット弦を用いたり、バロック・ティンパニを用いたりするような形で、アイヴァー・ボルトン指揮でバイエルン国立歌劇場が上演していたようなバロック・オペラのスタイルが念頭にある模様。
●4番目は旬の演出家と歌手をリアルタイムで届けたいということ。新シーズン最初の「魔笛」はウィリアム・ケントリッジ、「紫苑物語」は笈田ヨシ、「トゥーランドット」はスペインの演出家集団「フーラ・デルス・バウス」の芸術監督アレックス・オリエといったように。歌手については国際的な歌手に加えて、重要な役にも優秀な日本人歌手を起用したいとも。
●5番目は積極的な他劇場とのコラボレーション。海外の歌劇場との共同制作を通して、日本初のオペラ新演出が世界に広まるという新時代を切り開きたい、と。
●以上、5つの目標が掲げられていたのだが、全体としていえば、これらがレパートリーの多様化につながることがいちばんうれしい。定番の名作も劇場には必須だけど、やはり税金を注ぎこむ国立の劇場であるからには、なにかを「開拓する」という機能を担ってほしいもの。
●余談。大野さんはずっと前に、オペラの台本を書いてほしいとカズオ・イシグロに手紙を書いたことがあるのだとか。丁重なお断りの返事が返ってきたそうだけど、惜しいなー。せめて既存作品をオペラ化することはできないものだろうか。日本の劇場がやるなら「わたしたちが孤児だったころ」でどうだろう。

January 11, 2018

Jリーグの2018年シーズン監督人事を横目で見る

football_training_ball.jpg
●サッカーファンにとって、シーズンオフがいちばんワクワクできる時期。気になる監督人事から。
●北海道コンサドーレ札幌の新監督にミハイロ・ペトロヴィッチ就任。広島、浦和と日本で長く活動する名将だけに、浦和を解任された時点でJのクラブから誘いがあることは予想されたが、札幌とは。代表選手が何人もいるようなクラブではなく、J1定着を目指すクラブでどれだけできるか。このチャレンジは興味深い。
●ヴィッセル神戸の監督は昨シーズン途中に暫定監督に就任した吉田孝行が続投。吉田孝行といえば選手時代に、消滅した横浜フリューゲルスや、マリノス、大分、神戸で活躍。おもしろいのはヘッドコーチとしてゲルト・エンゲルスが呼ばれたというニュース。ゲルト・エンゲルスって、吉田孝行がフリューゲルスでプレイしていた頃の監督ではないの。クラブ消滅を目前にして「だれでもいい、助けてくれ!」と日本語で叫んだスピーチはJリーグ史に残る印象深い場面。その後、浦和などJリーグの監督を務めていたが、日本を離れた後はモザンビーク代表の監督を務めていたのだとか。しかし代表監督まで経験している人がアシスタントになるのって、どうなんだろう。元教え子を立派に育て上げるための最適の人選といえる一方、なにかあったらすぐにこの人を監督に昇格させればいいという「次の一手」も見え隠れしているような気もしてなんだか落ち着かない。
●J1初昇格を果たしたV・ファーレン長崎はもちろん高木琢也監督が続投。新戦力として、徳永悠平、徳重健太、中村北斗の国見高出身トリオを獲得したというニュースが流れてきて、「おっ!」と思った。高木琢也監督も国見高校出身。というか、もともとV・ファーレン長崎というクラブ自体が国見高校関係者が設立にかかわっていて、小嶺忠敏が初代社長を務めていたはず。クラブチームがユースチームなど下部組織を設立して選手を育成する仕組みを持つJリーグにあって、逆に高校の部活サッカーからJリーグクラブが生まれ、国見出身者たちがクラブに集まっている現状がおもしろい。逆襲の部活サッカー。

January 10, 2018

写真集 Moving Music / Die Berliner Philharmoniker & Sir Simon Rattle(モニカ・リッタースハウス/Alexander Verlag Berlin)

●うーむ、これは立派な写真集だ。ズシリと重い1650gの Moving Music / Die Berliner Philharmoniker & Sir Simon Rattle。つまりベルリン・フィルの写真集なんである。スゴくないすか。歌手の写真でもなく、指揮者の写真集でも(ほぼ)なく、オーケストラの写真集。写真家はモニカ・リッタースハウスという人で、昨年のラトル&ベルリン・フィル記者会見にも随行していて、壇上から紹介されていた。10年以上にわたって、本番からツアー、舞台裏に至るまで、さまざまな場面でベルリン・フィルのメンバーを撮影している。アジアも含めて世界各地を訪れるベルリン・フィルの姿がここに。もちろん、ラトルも撮影されているし、ほんの少しだけ客演指揮者も写っているが、主役はオーケストラ。ワタシの感覚としては、これはかなり作家性の感じられる写真集で、一枚一枚の写真がとても雄弁で、かつ美しくデザインされている。写真から漂うテーマは、プロフェッショナリズム、チームワーク、神秘性、ユーモア、スター性、孤独、そして喜びといったところだろうか。こんなによくできているんだから、表紙と背表紙に写真家の名前を入れてくれればよかったのに(扉には入っている)。
●今のベルリン・フィルを見ていると、歌手がスターの時代、ソリストがスターの時代、指揮者がスターの時代に続いて、オーケストラがスターの時代が来つつあるという気配をうっすらと感じる。その場合、個のプレーヤー(コンサートマスターや首席奏者)ではなく、オーケストラそのものがスターになるはずという確信を、この写真集は抱かせる。
●たとえば、今日からベルリン・フィルとウィーン・フィルのメンバーが全員総とっかえしたとして、昨日までベルリン・フィルのファンだった人はどっちのファンになるか。え、そんなのウィーン・フィルのファンになるに決まってるって? いやいやいや、そうとも限らないんでは。つまり、マリノスとFC東京の選手が全員総とっかえしたとしても、ワタシはマリノスのファンであり続けることは確実なんすよ。プレーヤーの継続性より、クラブのアイデンティティのほうが優先される領域なので。

January 9, 2018

ミステリ批評家ハロルド・ショーンバーグ

●ハロルド・C・ショーンバーグといえばニューヨーク・タイムズで長年活躍した高名な音楽評論家。日本でも「ピアノ音楽の巨匠たち」をはじめ著書が翻訳されているが、著書を読まずとも名前をどこかで目にしているクラシック音楽ファンは多いはず。が、この人が同時に覆面ミステリ批評家としても活動していたことを知っているだろうか。ワタシは偶然知ったのだが、ニューゲイト・キャレンダーの筆名で同じニューヨーク・タイムズのミステリ書評を担当していたというんである。
●どうやってそれを知ったかというと、 ドナルド・E・ウェストレイク著の「踊る黄金像」(木村仁良訳/早川書房)の訳者あとがきにそう書いてあるのを見つけたから。こんな記述だ。

ホセとエドワルドとペドロが飛行機に乗っているとき、「台詞にSの音がないのに、非難の歯擦音を出すのは人間にとって不可能だが、エドワルドはその不可能を実行」する。Sなしの歯擦音を出す(ヒス)は不可能だとしつこく主張しているのは、「ニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴュー」のミステリ書評子ニューゲイト・キャレンダーである。キャレンダーはいちおう覆面書評子だが、その正体は音楽評論家のハロルド・シェンバーグなのだ。ミステリ小説の中で音楽や音楽家の話が出てくると、ミステリのことなどはそっちのけで、音楽関係の間違いをアラ捜しする……
(ええい、率直に言ってしまおう)キラワレ者である。

●と、こんな感じで書かれていて、ミステリ批評家としての芸風もなんとなく伝わってくる。Wikipedia英語版でのハロルド・シェンバーグの項によれば、20年以上もニューゲイト・キャレンダー名義でミステリ書評をしていたというのだから、この分野でも十分に実績豊富といっていい。ニューゲイト・キャレンダーという筆名もなんだかいわくありげ。チェス・プレイヤーとしても大した腕前だったというから、ずいぶんとなんでもできる人である。

January 5, 2018

映画「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」

●ようやく映画館で観た、「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」。同シリーズのエピソード8。監督は前作のJ・J・エイブラムスとは変わってライアン・ジョンソンに。ちなみにエピソード9ではJ・J・エイブラムスが再登場するそう。それにしても先日の「ブレードランナー2049」も長かったが、これも2時間30分超の大作。せめて延々続く予告編を免除するとか、トイレ休憩を入れてほしくなる。だいたい課金モデルなのにCMをたくさん見なきゃいけないのはどういうことか(って、これは前にも言ったか)。以下、ネタバレ若干ありで。
●で、今回の「最後のジェダイ」。ひとつひとつのシーンはよくできているし、従来のマッチョな物語が女性やマイノリティが活躍する多様性のある物語に生まれ変わっているのは大歓迎、映像表現や細かなプロットから旧作へのリスペクトが感じられるのも吉。しかし、もっと驚くような、ダイナミックな展開が欲しかったとも思う。前作「フォースの覚醒」は過去作品のリメイク的なところもあったが、新たな三部作の一作目でもあるし、主要登場人物が刷新されていることで救いがあった。となれば今作には「起承転結」の「転」を期待したいところ。ところがむしろ新キャラクターより旧キャラクターのほうが目立っている。そして主人公レイの両親はだれなのかという点や、敵の大ボスであるスノークがあんなことであんなになってしまうとか、広げたと思われた風呂敷が早々と畳まれている。
●いちばん気になったのは自己犠牲のシーンの多さ。外伝的な位置づけの「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」はワーグナーのオペラ以上に「みんな死ぬ」という話でどうかと思ったが、エピソード4の前史であるという点で耐えた。でも正史のほうでもこんなに自己犠牲が続くようでは、レジスタンスが細っていくのも無理はない。そもそも彼らの側の正義ってなんだったのよ。狂信的なカルト集団とどう違うのか。
●それからフォース。従来設定と辻褄が合わないくらい応用力のある力になっている。特にレイアが九死に一生を得る場面が理解できない。あと、大詰めのルーク。カイロ・レンとの対決シーンは大変カッコいいのだが、その種明かし部分でワタシゃ思わず吹き出したよっ! あれってどうなの。そんなフォースってあり? あの是非について、だれかと語り合いたい。
●自分が期待していたのは、カイロ・レンがライトサイドに目覚めてジェダイとなる一方で、レイがダークサイドに落ちて敵の大ボスになるくらいの落ち着かない展開だったかも。あと、全般に「家族の物語」ではなくなってきた分、このシリーズにあった神話性が薄れている。
●ルークとレイの掛け合いでユーモラスな場面があったのはとてもいい。あの場面って、いかにも父と娘って感じなのに、それなのに、それなのに……。

January 4, 2018

「屍人荘の殺人」(今村昌弘著/東京創元社)

●デビュー作で「このミステリーがすごい!2018年版」第1位、「週刊文春」ミステリーベスト第1位、「2018本格ミステリ・ベスト10」第1位の三冠を達成してしまった「屍人荘の殺人」(今村昌弘著/東京創元社)。あまりの評判のよさにつられて読んだが、これはもう驚愕の一冊。大学ミステリ研の登場人物たちが、「雪山の山荘」ならぬ夏合宿のペンションで外界から閉ざされた環境に置かれ、そこで密室殺人が起きる。文体や人物描写もまったくジャンル小説的で、古典的な本格ミステリのパロディのように始まるのだが、途中で世界が一変してしまう。登場人物のひとりにまるでワタシ自身のような人が出てきて、これは自分のために書かれたミステリとしか思えなかった。
●で、うっかりamazonのカスタマーレビューを読むとぜんぶネタバレを書いている困った人がいるので、版元の紹介文を読んで買うと決めたらさっさと買うのが吉。自分は本格ミステリ・ファンではないので、トリックに関してはいくらよくできていても「んなことするヤツがいるかよ」と突っ込まずにはいられないのだが(エレベーターのあれとか)、それでもまったく問題なく楽しめた。ミステリ側からだけではなく、別のジャンルの側から眺めたときにもクラシカルなテイストがあって、読みたかったのはこれだ!と快哉を叫びたくなる。爽快。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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