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September 21, 2017

アーセナルvsロンドン交響楽団

エミレーツ・スタジアム●かつてイングランドのフットボール・スタジアムではフーリガンたちが猛威を振るっていた時代があった。でも、近年はスタジアム内での暴力事件のニュースをめったに聞かない。どうやってフーリガンを抑え込んだのか。いろいろ理由はあるのだろうが、よく指摘されるのは、観戦チケットの価格が容赦なく上がったからという話。じゃあ、今はいったいいくらなのか。
●プレミアリーグのアーセナル(ロンドン)を例に見てみよう。チケットは対戦相手の人気によって何種類かのカテゴリーに分けられる。たとえば11月、トッテナム戦は最上級のカテゴリーAに設定される。いちばん高価なUpper TierのCentre Upper Backで97ポンド、いちばん安価なLower TierのGoal Lowerで65.5ポンド。今はずいぶんポンドが安くなっていて151円/ポンドで換算すると、15,000円から10,000円といったところだ(千円未満四捨五入、以下同様)。えっ、そんなに? ずいぶん高い。サッカーの試合が最安席で1万円って。対戦相手を選べばもっと安くなるだろうか。ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦であれば一段下のカテゴリーBで観戦できる。たしかにぐっと安くなる。といっても、最高56.5ポンドから最低37.5ポンドなので、9,000円から6,000円程度。最高席はともかく、最低席が高い。Jリーグだったら2,000円台でも観戦できるよ?
●なるほど、これなら暴れたいだけのフーリガンは来ない。来るわけがない。ていうか、普通のファンだって大変だ。これ、たった1試合の価格なんすよ。しかも諸手数料なしの。そして、そんなチケットが大人気で簡単にはゲットできなかったりする。
●ちなみにロンドン交響楽団のチケットはどうなっているのか。サイモン・ラトルが指揮する9月のストラヴィンスキー/三大バレエの価格を見ると、55ポンドから15ポンド。8,000円から2,000円といったところだ(N響定期と似たようなもの)。最安席で比較するとアーセナルvsトッテナム戦の4分の1以下。リッチな人はスタジアムでサッカー観戦を楽しみ、庶民はオーケストラを聴く。あのフーリガンの荒くれ者どもは、いったいどこにいったのか。コンサートホールでストラヴィンスキーやブルックナーを聴いて、憂さを晴らしているのだろうか?

September 20, 2017

週末フットボール通信~ブンデスリーガのビデオ判定編

●香川vs大迫の日本人対決を期待しつつ週末のブンデスリーガ、ドルトムント対ケルンをDAZNのハイライトで見たら(香川は出場せず、大迫のみ先発)、1試合のなかで2度もビデオ判定からゴールが生まれる場面があった。前半アディショナルタイム、コーナーキックからの競り合いで、ケルンのキーパーがファンブルし、ドルトムントの選手がこれを押し込んでゴールするも、主審はファウルの笛を吹いてノーゴールと判定した。ところがビデオ・アシスタント・レフェリーによって映像が確認され、ゴールが認められることに。さらに後半にもビデオ判定でドルトムントにPKが与えられるシーンがあった。試合は5対0でドルトムントが圧勝。こういうのって、主審の気分はどうなんすかね。「ビデオ判定がなかったら誤審していた」って言われてるようなもので、なんだか凹みそう。
副審の旗●とはいえ、ビデオ判定の導入は英断だと思う。なにしろ、生身の人間の審判が一瞬ですべてを判断しなければいけないのに対し、映像を見る視聴者たちはいろんなアングルからくりかえしその場面をスロー再生できるという、恐ろしく非対称な状況にあったわけで、これまで審判vs視聴者の戦い(?)は圧倒的に後者が有利だった。この状態で審判が誤審を非難されるのはあまりに不条理というもの。で、どんな状況でビデオ判定が導入されるのかと思ったら、ブンデスリーガの日本語サイトにちゃんと導入基準が掲載されていた。基本はゴールシーン、レッドカード、PKにかかわるプレイと、カードを与える際の選手の取り違え防止が対象。
●ケルンは最初のビデオ判定を巡って激しく抗議をしていた。ビデオ判定そのものに異論があるわけではなく、ボールがゴールラインを割る前に主審が笛を吹いてしまったのでその時点で選手たちは動きを止めてしまった、それなのにビデオ判定後にゴールが認められるのはおかしいという理屈がある模様。今シーズンは実運用で問題点が洗い出されることになりそうだが、さっそく微妙なことになっている。これ、本当にうまくいくのだろうか。

September 19, 2017

バイエルン国立歌劇場2017日本公演 開幕記者会見

バイエルン国立歌劇場2017日本公演 開幕記者会見
●17日は東京文化会館の会議室でバイエルン国立歌劇場2017日本公演開幕記者会見。同劇場の音楽総監督であり、今回「タンホイザー」を指揮するキリル・ペトレンコをはじめ、タンホイザー役のクラウス・フロリアン・フォークト、エリーザベト役アンネッテ・ダッシュ、ヴェーヌス役エレーナ・パンクラトヴァ、ヴォルフラム役マティアス・ゲルネ、そして劇場総裁のニコラウス・バッハラーが登壇。三連休の中日の夕方、しかも台風の影響で天候も荒れ模様だったにもかかわらず、驚くほど大勢のメディア関係者・ジャーナリストが出席していた。豪華キャストがそろっていたが、取材陣の関心はもっぱらキリル・ペトレンコに集中。まあ、しょうがない。バイエルン国立歌劇場の音楽総監督であり、次期ベルリン・フィルの首席指揮者が、今回ようやく初来日を果たしたのだから。しかもメディアからの個別インタビューはすべて受けていない。「これは日本に限った話ではなく、欧州でもどこでもマエストロはインタビューは受けない」(バッハラー総裁)。もうこの会見以外でペトレンコの声を聴くチャンスはないといった状況。
●オーケストラ・コンサートを終えた直後の会見とあって疲れていたとは思うが、ペトレンコはにこやかな、しかしはにかんだような表情で登場。「初めて日本に来ることができてうれしく思う。日本に来て4日目になるが、とてもすばらしい国だと感じている。特に食事が本当においしい」といった挨拶から始まった。挨拶以外にペトレンコが語った言葉はそれほど多くはない。印象に残ったのは指揮に対するモットーとして挙げたこんな言葉。「私はどんなリハーサルでも公演でも、十分な準備をして真摯に立ち向かいたい。もっとも大事にしているのはリハーサル。リハーサルでオーケストラとひとつになることができれば、本番では指揮者がなにもせずに済むのがいい」。そのペトレンコのリハーサルについて、歌手からは「リハーサルにはだれのためにもならないリハーサルと、多くを学べるリハーサルがある。ペトレンコのリハーサルは後者。そしてそのリハーサルが本番につながる」(フォークト)、「これほど楽譜をよく読む指揮者はいない」(ゲルネ)。
●インタビューを好まないことについて、ペトレンコははこう語る。「いちばんの理由は、自分の仕事についてきるだけ語らないほうがよいと思うから。指揮者の仕事は指揮台で伝えるもの。それに、私の仕事には秘密があったほうがよいのです」

September 16, 2017

読響の新首席客演指揮者に山田和樹。ダブル首席客演指揮者体制に

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●14日は東京芸術劇場で読響の記者懇談会。事前の案内では、今年4月に首席客演指揮者に就任したコルネリウス・マイスターと、新たに関係が深まる山田和樹さんが登壇すると書かれていて、山田和樹さんにはどういうタイトルが付くんだろう?と思っていたら、なんと、2018年から首席客演指揮者に就任するのだとか。つまり首席客演指揮者がふたりになる! ダブル首席客演指揮者体制という意外な展開に。読響の津村浩事務局長とともに並んで登場。
●山田和樹さん「すでに日本フィルで正指揮者を務めているので、在京オーケストラのふたつのポストを兼務させていただくことになった。喜びとプレッシャーを感じている。学生の頃に読響のリハーサルをなんども見学させていただく機会があり、多くを学んだ。そのオーケストラの指揮台に立てることになったのは本当に光栄なこと。読響の特徴を一言でいえばパワフル。特に低弦の響きはヨーロッパでもなかなか聴けない」
●コルネリウス・マイスター「読響とは最初の共演でアルプス交響曲、今回はベートーヴェンの田園、そしてマーラーの交響曲第3番といったように自然をテーマにした曲を取り上げてきた。音楽の背後にある感情や自然、人間性をとらえることが大切。世の中に正確に演奏できるオーケストラはたくさんあるが、作品の本質にまで迫れるところは多くない。読響はそれが可能なオーケストラ」
●で、山田和樹指揮読響の2018年シーズンのプログラムだが、少し先の2019年1月に3つのプログラムが組まれている。名曲シリーズではサン=サーンスの「オルガン付き」(前半に演奏する)とレスピーギの「ローマの祭」他を組み合わせた「祝祭」プロ、土日マチネーではリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」にラヴェルを組み合わせた「色彩」プロ、定期演奏会では諸井三郎「交響的断章」と藤倉大のピアノ協奏曲第3番(日本初演)、ワーグナーの「パルジファル」第1幕への前奏曲、スクリャービンの交響曲第4番「法悦の詩」という「快楽」プロと、三者三様。「読響では2週間で集中的に3つのプログラムを組まなければならないので、企画力が鍛えられる」とおっしゃるのだが、これは楽しみ。

September 14, 2017

ソフィア・コッポラ演出の映画「椿姫」


●映画「ソフィア・コッポラの椿姫」が10月6日(金)よりTOHOシネマズ日本橋にて2週間限定で公開される。これはローマ歌劇場でのヴェルディ「椿姫」公演を映像化した純然たるオペラ映画。映画監督として知られるソフィア・コッポラが初めてオペラの演出に挑戦したことで話題を呼んだ公演で、来年2018年9月にはローマ歌劇場がこのプロダクションを携えて来日公演を行なう。ソフィア・コッポラは「ロスト・イン・トランスレーション」や「マリー・アントワネット」(これは見た)の監督・脚本・製作で大活躍中。父は映画「地獄の黙示録」他で知られるフランシス・フォード・コッポラ。父コッポラはオペラの演出はしていないと思うが(違ったらゴメン)、祖父のカーマイン・コッポラは作曲家であり、NBC交響楽団でフルート奏者も務めていたというから、ソフィアがオペラの演出を手がけても不思議はないだろう。ヴァレンティノの創業者であるヴァレンティノ・ガラヴァーニが衣装を、さらに映画「バットマン ビギンズ」や「ダークナイト」を手がけたネイサン・クロウリーが舞台美術を担当したということで話題性十分。
●で、キャストはヴィオレッタがフランチェスカ・ドット、アルフレードがアントニオ・ポーリ、ジェルモンがロベルト・フロンターリ。指揮はヤデル・ビニャミーニで日本では新国立劇場で「アンドレア・シェニエ」を指揮したり、ネトレプコのコンサートで共演したりしている人。事前に映像を見る機会を得たが、アントニオ・ポーリの甘い声が印象的。フランチェスカ・ドットは強い意志をみなぎらせたキツめのヴィオレッタ。主役ともいえるソフィア・コッポラの演出は、意外にもというべきだろうか、オーソドックスな正攻法による「椿姫」。ひょっとしてポップでガーリーなヴィオレッタとかあるのかなと思っていたら、格調高いテイストだった。初めて「椿姫」を見る人でも安心。
●「椿姫」って、アルフレードのぼんくらぶりがたまらない。あの経済観念のなさときたら。でも若いというか、幼いっていう描写なんすよね。こんなダメ男に限って、賭け事では大勝ちするところにリアリティを感じる。プロヴァンスのドサ健と呼びたい。

September 13, 2017

The Best of Applause

The Best of Applause●Apple Musicの機能を使って、The Best of Applause というプレイリストを作ってみた。情熱的な拍手、期待感に満ちた拍手、静寂からゆっくりと立ち昇る拍手、意外な展開を見せる拍手など、クラシック音楽ファンならだれもが夢中になってしまうような、そんな名拍手を集めた。クライバー、アバド、小澤、チェリビダッケ、ベネディッティ・ミケランジェリなど、偉大な巨匠たちに捧げられた、歴史的名拍手の数々がここに。これを聴けば、きっとあなたも今すぐ拍手をしたくなる!

Apple Music : The Best of Applause

September 12, 2017

N響スペシャル モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」(演奏会形式)

●11日は横浜みなとみらいホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮N響のモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」(演奏会形式)。これはすばらしかった。パーヴォ&N響の小気味よくメリハリの効いた緻密なモーツァルトに、みずみずしく清新な歌唱を聴かせる芸達者ぞろいのキャストたち。こんな演奏を聴いてしまうと、並の公演に足を運べなくなってしまう。ドン・ジョヴァンニにヴィート・プリアンテ、レポレッロにカイル・ケテルセン、ドンナ・エルヴィーラにローレン・フェイガン、ドンナ・アンナにジョージア・ジャーマン、ドン・オッターヴィオにベルナール・リヒター、騎士長にアレクサンドル・ツィムバリュク、ツェルリーナに三宅理恵、マゼットに久保和範。
●ステージ手前に長椅子を並べただけ、それに照明の演出が付くという、これだけ簡素な演出が付くだけで、こんなにも生き生きとした舞台になるとは(ステージ演出は佐藤美晴)。衣装、演技あり。演奏会形式という不足感はまったくなく、一方で音楽的な充実という点で得られるものは大。あと、カッコいいんすよ、ほとんどの歌手が。単にルックスということじゃなく、演技というか所作がスタイリッシュ。舞台はこうでなくては。そしてどの役柄にも現代人から見たときの真実味がある。レポレッロは卑屈なだけの従者じゃないし、ドンナ・エルヴィーラは「被害者の会」を結成しそうな小うるさい女ではない。それぞれに確かな自尊心を持ったキャラクターとして描かれている。あと、このドン・ジョヴァンニとこのレポレッロなら、服装をとりかえてまちがえられるのも納得。レポレッロが主人のカタログを帳面ではなく電子デバイスで管理するのは現代の演出としては当然だと思うが、スマホやタブレットではなくノートPCを使ってるあたりに、ワタシはぐっと来る。ドン・ジョヴァンニとレポレッロのスマホでの会話シーンとかもかなりおかしい。細かいけど、画面をタップしてからハンズフリー通話をするあたりとか。
●でも、なにがいちばんすごいかといえば、モーツァルトの音楽だ(そりゃそうだ)。「ドン・ジョヴァンニ」って恐ろしいほどの名曲だと改めて実感。奇跡。そして「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロ」「コジ・ファン・トゥッテ」「魔笛」、どれを聴いても共通して感じるのは、音楽は空前絶後の天才っぷりなのに、ストーリーは最初のヒキが強い割に、進むにつれてグダグダになって途中からどうでもよくなる。どう考えてももっと整理整頓できたと思うんすよ。ホントのところ、この脚本でいいと思ったのか、モーツァルトは。優秀な編集者に脚本に赤字を入れてもらいたい。あの場面とあの場面はカットして、代わりに別の展開を用意してほしいとか夢想する。でも、どうにもならないんすよね。天才の音楽が付いてしまっているから。

September 11, 2017

Bunkamura バッティストーニ指揮東フィルの「オテロ」演奏会形式

●8日はBunkamuraでバッティストーニ指揮東フィルのヴェルディ「オテロ」(演奏会形式)。ライゾマティクスリサーチによる映像演出が付くということで話題を呼んだ公演なのだが、いざ始まってみればバッティストーニ指揮東フィルのよく鳴る雄弁なオーケストラが主役だった感。歌手陣はフランチェスコ・アニーレのオテロ、エレーナ・モシュクのデズデーモナ、イヴァン・インヴェラルディのイアーゴ。モシュクは初のデズデーモナ役だというのだが、とてもそうとは思えない見事さ。カーテンコールでの一番人気はインヴェラルディのイアーゴか。可能な範囲でそれぞれ演技をしながらの歌唱だが、演技の濃淡はけっこうばらつきがあったと思う。安定の新国立劇場合唱団。
●「オテロ」については比較的最近、新国立劇場でマリオ・マルトーネ演出があったが、そのときにも書いたように、エミーリアが事件の真犯人ともいえるわけで、彼女がハンカチの行方をさっさとだれかに報告しておけば、こんなことにはならなかった。もう一回書く。

オテロ 「あのオレが贈ったハンカチをどこにやった!」
デズデーモナ 「あら、あのハンカチならイアーゴに無理やり奪われたってエミーリアが言ってましたよ」
オテロ 「へー、そうなんだ」

●ね。報告、連絡、相談。オペラには「ほう・れん・そう」で助かる命がたくさんある。
●それと毎度の「オペラは見たままに理解する」キャンペーン絶賛開催中なので、今回もそういう目で見た。演奏会形式だからそうなんだけど、アニーレのオテロは顔を黒く塗っていないし、オテロにしてはかなり老いている。そう、オテロはムーア人ではなく老人だった(とあえて理解する)。栄光をつかむのが遅すぎた英雄が、老いからくる弱さと戦うオペラとして見直すと、いくつか話の筋道がすっきりしてくる。たとえば昔贈ったハンカチに異様にまでに拘泥するあたりは、若さへの執着を表現しているんすよ!
●さて、いちばん気になっていたライゾマティクスリサーチの映像演出だが、白と黒を基調とした(オテロだから?)幾何学的な映像がホール内にプロジェクションマッピングされたもので、主に抽象的な絵柄で嵐だったり登場人物の心理だったりが表現されていた。想像していたよりはずっと控えめな表現で、もっと好き勝手にやってくれてもよかったのでは? でも、方法論としては興味深いし、共感できる。というのも彼らは制作過程で、「オテロ」の鑑賞者の反応をなんらかの方法で測定して数値化するとか、演奏中の指揮者の身体の動きなどをセンサーで情報化するみたいなアプローチを試みていたようなので。つまり通常の演出家のように、確固たる視点を持って作品に踏み込むといったものとぜんぜんちがうやり方から出発しているがゆえに、なにか新しい表現が生まれるのではないかという期待があった。なんというか、洗練されたスマートなアルゴリズムが、経験豊富なその道のベテランの知恵を軽々と凌駕していくような痛快さを見たかったわけだ。その意味では先端テクノロジーを駆使して出力した Hello world といった感もあって、その先をもっともっと突きつめたところに広大な沃野が広がっているんじゃないか、と思っている。千里の道も一歩から。

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