●文庫化されたナオミ・オルダーマン著「パワー」(河出文庫)を読む。おもしろい。amazonプライムで映像化されているそうだが、知らずに楽しんだ。書名の「パワー」とは、ある日を境に女性だけが持つことになった電気的な力のこと。あらゆる女性が電撃によって人を攻撃できるようになり、男女の力関係がすっかり逆転してしまうというストーリー。女性はその気になればいつでも暴力で男性を痛めつけることができる。そんな設定のもと、現在の男性優位社会が逆転した世界が描かれる。それまで男性が無自覚的に権力(パワー)を手にしてきたことがあらわになるわけだが、女性優位の社会なら世の中がフェアになるみたいなぬるい話ではなく、容赦のない男女逆転復讐ファンタジーがくりひろげられる。
●で、それだけだと、そんなに斬新なアイディアとはいえないかもしれないし、男性は一部の暴力描写にドン引きしてしまうわけだが(でもそれは現実世界で起きていることの裏返しでもある)、この「パワー」はパニック小説として秀逸で、あえてB級SFテイストを狙っているようなところがあるのが痛快。エンタテインメントとしての期待を裏切らない。あと、パニック小説の外枠の物語が設定されているのだが、これが秀逸で、かなり皮肉が効いている。
「パワー」(ナオミ・オルダーマン著/安原和見訳/河出文庫)
庄司紗矢香、モディリアーニ弦楽四重奏団、ベンジャミン・グローヴナー「フランスの風」
●25日はサントリーホールへ。ヴァイオリンの庄司紗矢香にモディリアーニ弦楽四重奏団、ピアノのベンジャミン・グローヴナーが加わった「フランスの風」と題された室内楽プログラム。かなりユニークなプログラムで、前半が武満徹「妖精の距離」、ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタ、ラヴェルの弦楽四重奏曲、後半がショーソンの「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」。このショーソンを演奏するために、ヴァイオリニスト、ピアニスト、弦楽四重奏が必要になる。なんというぜいたくプロ。珍しい曲だが(というか、珍しい曲だからこそ)客席はよく埋まっていた。
●なんかこのプログラムと出演者って、「ラ・フォル・ジュルネ」味がないっすか。実際、ワタシはショーソンの「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」を聴くのがこれで3度目だと思うのだが、過去2回は「ラ・フォル・ジュルネ」で聴いたし、そのときもモディリアーニ弦楽四重奏団が出演していたと思う(他の演奏者は違ってたけど)。売り出し中の頃は若手4人組扱いだったパリのモディリアーニ弦楽四重奏団も今や創設20年を迎えて成熟。
●最初、武満徹「妖精の距離」の演奏に先立って、武満が作曲にあたって着想を得た瀧口修造の同名詩を大竹直が朗読。これはありがたい。前半も庄司紗矢香の芯のある濃密な音色や繊細なモディリアーニ弦楽四重奏団を堪能したが、やはり後半のショーソンのインパクトが抜群。なんという陰鬱なロマンティシズム。最高だ。半ばワーグナー的な巨大な音楽世界を室内楽編成で実現してしまう編成の妙。ピアノ五重奏でもなく弦楽五重奏でもない不思議な編成だなと思っていたけど、こうして聴くとやっぱりこれはヴァイオリン・コンチェルトなんだなと納得。雄弁な表現力を持った独奏ヴァイオリニストを前提とする傑作なのだなと実感する。
連休フィーヴァー
●先々週の三連休で発熱して、数日間、寝込んだ。38度台後半の熱が出たものの、何日か高熱に耐えたら、すっと治った。コロナだったのか、インフルエンザだったのか(今、近隣の学校はインフルエンザで学級閉鎖が相次いでいる)、あるいはありきたりな夏風邪だったのか、どれもあり得ると思ったが、念のため、一週間すべての演奏会をあきらめ、外出予定もキャンセルした。なので、今週からようやく平常運転。
●そんなわけで、ライブではなにも聴いていないのだが、一昨日のロレンツォ・ヴィオッティ指揮東京交響楽団のサントリーホールでのライブが無料配信されているので、ありがたく視聴する。ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」という重量級ダブル・ヒーロー・プロ。これは本当にすばらしいと思った。特に後半の「英雄の生涯」は壮麗。なんという豊かなサウンドなのかと、配信で聴いても圧倒される。コンサートマスターのグレブ・ニキティンが渾身のソロ。
●今、ひそかに惹かれているのは宇都宮に新しくできたLRT。乗ってみたい。LRTって「トラム」とは違うの?
バッハ・コレギウム・ジャパンの新シーズン・ラインナップ記者発表
●21日、バッハ・コレギウム・ジャパンのオンライン記者発表に参加。Zoom使用。鈴木雅明、鈴木優人の両氏が登壇して、2024/25年シーズンのラインナップが発表された。合わせて2年にわたる新プロジェクト「コラールカンタータ300年記念」についても。
●まず全6回の定期演奏会は、例年通り受難節コンサートとして3月の最終週に「マタイ受難曲」で開幕。指揮は鈴木優人。エヴァンゲリストにベンヤミン・ブルンスが初登場。5月および2025年3月の公演は「コラールカンタータ300年」全10回シリーズの第1回と第5回(後述)。7月はBtoB「ブクステフーデからバッハへ」。ブクステフーデの名作「我らがイエスの四肢」がバッハと並んでとりあげられる。これは楽しみ。指揮は鈴木優人。9月は鈴木雅明指揮の「ロ短調ミサ」。2022年の欧州ツアーで絶賛された演目。10月はBtoB「バッハからメンデルスゾーン=バルトルディへ」と題され、メンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」がとりあげられる。鈴木雅明指揮。メンデルスゾーン・バルトルディの二重姓は後ろの部分が省略されがちだけど、バルトルディはキリスト教徒の証ということで。このバルトルディがBだから、BtoB。
●2024年は「賛美歌制定の年」からちょうど500年、さらにバッハがコラールカンタータを作曲してから300年ということで、新プロジェクトとして始められるのが「コラールカンタータ300年」。全40曲のコラールカンタータを2年間かけて演奏する。少し入り組んでいるのだが、全10回シリーズの第1回と第5回が前述のように定期演奏会に組み込まれていて、残りの8回は調布音楽祭でもおなじみ、調布市文化会館たづくり くすのきホールで開催される。
●もうひとつ、特別公演として2024年12月に鈴木雅明指揮のベートーヴェン「第九」。その際、生誕200年を迎えるブルックナーの詩編第112篇および第114篇が合わせて演奏される。BCJの記者発表でブルックナーの名前を聞くとは。でも納得。バッハ、ブクステフーデ、メンデルスゾーン・バルトルディに加えて、ベートーヴェン、ブルックナーと「B尽くし」の記者発表だった。メンデルスゾーンがBという裏技感が吉。
勝てないマリノス、インチョン相手に2対4で敗れる
●ここ最近のマリノスは本当に弱い。タガが外れたように負け続けている(一応、J1では優勝争いをしているはずなのだが)。けちの付き始めは8月26日の横浜FC戦で、1対4で敗れてしまった。残留争いをしている相手に大敗するとは。しかしダービーマッチではこういったことはままあるもの。そう言い聞かせたが、9月2日の柏戦でも完敗し、9月6日のルヴァン・カップ準々決勝第1戦は札幌に敗れ、10日の第2戦で取り返したものの、9月15日の鳥栖戦は1対1の引分け。そして、9月19日のACLグループステージのインチョン(仁川)戦は2対4の大敗だ。びっくりするほどよく負ける。しかも割と派手に負ける(そういう戦術ではあるのだが)。おのずとこの欄でマリノスの話題も減る。
●ちなみにこのインチョン戦、相手は堅守速攻を徹底しており、こちらは完全にその罠にかかった形。がっつり守って、カウンターになるとスピードのある外国人ストライカーが仕留めるスタイル。相手の戦い方は事前の分析でわかっていたそう。であれば、もう少しうまい守備ができそうなものだが、リーグ戦から中三日ということもあって、キーパー以外全とっかえで臨んでいる。個の力に差があったのかもしれない。
●シーズン開幕時に、今季のマリノスは選手層が薄くなったので優勝争いは難しいだろうと書いた記憶があるんだけど、実はシーズンの途中でもさらに選手が抜けてますます選手層が薄くなっている。もちろん補強もしているのだが、柱になるような選手は見当たらず……。逆にいえば、これだけ選手が減ってしまっても、まだリーグ2位に踏みとどまっているわけで、そこはケヴィン・マスカット監督の手腕でもあり、「マリノスのサッカー」が根付いているということでもある。
●つまり、今のマリノスはよく負ける、でも立派だ。それが結論だ。思い切り讃えたい。
東京オペラシティ アートギャラリー「野又穫 Continuum 想像の語彙」展
●まもなく終了してしまうのだが(~9/24)、東京オペラシティコンサートホールで演奏会があったついでに、同アートギャラリーの「野又穫 Continuum 想像の語彙」展へ。野又穫(1955~ )の初期作から最新作まで、90点近くが広々とした空間に展示されている。
●作風はほぼ一貫していて、さまざまな超現実的な建造物が描かれている。建造物に多く見られるモチーフは階段、旗、螺旋、球体、植物。一見、機能性がありそうなもの、たとえば階段や窓などが、よく見るとなんの機能も果たしていなかったりする。そういった機能性の喪失も超現実的な感覚をもたらす理由のひとつだろう。どの作品にも静けさがある。そして、ときに楽園のようでもあり、ときにディストピアのようにも見える。
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●宣伝を。ONTOMOの連載「おとぎの国のクラシック」、今回は「シェエラザード」がテーマ。ご笑覧ください。
池辺晋一郎 80歳バースデー・コンサート
●15日は東京オペラシティで「池辺晋一郎 80歳バースデー・コンサート」。広上淳一の指揮、オーケストラ・アンサンブル金沢、東京混声合唱団、北村朋幹のピアノ、古瀬まきをのソプラノ、中鉢聡のテノールという豪華出演者陣による三部構成で、新旧の多岐にわたる作品を並べて作曲家の足跡をたどる。第1部は無伴奏合唱による「相聞」Ⅰ~Ⅲ(1970、2005)。第2部はオペラで「死神」(1971/1978)から「死神のアリア」、「高野聖」(2011)から「夫婦滝」「白桃の花」、第3部はオーケストラ作品で、ピアノ協奏曲Ⅰ(1967)、シンフォニーⅪ「影を深くする忘却」(2023)世界初演(東京オペラシティ文化財団とオーケストラ・アンサンブル金沢の共同委嘱)。
●第1部から第3部まで、それぞれに旧作と近作/新作が配置されているという構成で、たっぷり。特に第3部は56年ぶりの再演という東京芸大卒業作品のピアノ協奏曲と、世界初演の交響曲が並べられて振り幅マックス。爆発的なエネルギーにあふれる協奏曲、深い余韻を残す交響曲の対比も鮮やか。協奏曲の後、北村朋幹がアンコールとして、池辺晋一郎「雲の散歩」こどものためのピアノ曲集より「メエエと啼かない ひつじ雲」を演奏。情感豊か。第2部のオペラ「高野聖」抜粋も聴きごたえあり。このオペラは以前に全曲上演に接しているので、抜粋といえども全体像の印象がある分、一段と楽しめた。妖しさと純愛の世界。山奥の妖女のもとを若い坊主が訪れるのはバルトーク「青ひげ公の城」の男女逆転版のよう。そのときも同役を歌っていた中鉢聡の日本語歌唱が聴きとりやすい。
●演奏後、全員で「ハッピーバースデートゥーユー」を歌うサプライズがあり、舞台袖から大きな誕生日ケーキが運ばれてきた。舞台上と客席の両方から池辺さんを慕う気持ちが伝わってきて、温かい雰囲気で終演。
国際音楽祭NIPPON 2024 オンライン記者会見
●11日に国際音楽祭NIPPON 2024 オンライン記者会見に参加。ヴァイオリニストの諏訪内晶子が芸術監督を務める音楽祭で、2024年1月11日から東京、横浜、名古屋、大船渡で開催される。今回のテーマはウィーン。東京では二日間にかけてサッシャ・ゲッツェル指揮国際音楽祭NIPPONフェスティヴァル・オーケストラとの共演で、諏訪内晶子独奏によりモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全5曲が演奏される。会場は東京オペラシティ。写真はプログラム監修の沼野雄司さんとのトークセッション。和やかな雰囲気でプログラムについて語り合うところ。
●室内楽では新旧のウィーンの音楽を集めるということで、紀尾井ホールで「Akiko Plays CLASSIC with Friends ~ウィーン1800~」と「Akiko Plays MODERN with Friends ~ウィーン1900~」の2公演が開催。前者のCLASSICはポール・メイエらとのモーツァルトのクラリネット五重奏曲や、シューベルト「ます」他。後者のMODERNはエフゲニ・ボジャノフのピアノ他でコルンゴルトのピアノ三重奏曲、シェーンベルクの「清められた夜」他。加えて委嘱作品として、新ウィーン楽派に影響を受けた作曲家という安良岡章夫の新曲も。安良岡章夫は諏訪内晶子の高校時代の担任の先生でもあったとか。室内楽はベンジャミン・シュミット(ヴァイオリン)、鈴木康浩(ヴィオラ)、イェンス=ペーター・マインツ(チェロ)ら、メンバーがとても豪華。そのほか、シューマンの室内楽マラソンコンサート、マスタークラスやアウトリーチ活動など。この音楽祭は諏訪内晶子が指導する唯一の機会だそう。
●会見の使用ツールはZOOMウェビナー。リモートだと参加しやすいのはまちがいなし。体感的には出席率が2倍以上になる。